花火
ワイワイ、ガヤガヤ―――
外が騒がしいな。
俺はそう呟きながら、部屋の窓を開ける。それまでじめじめしていた空気は、外の騒がしい音や眩しい光と入れ替わった。
「あぁ、そうか。今日だったのか・・・。」
俺は、ふとカレンダーに目をやる。だが、それは6月で止まっていた。しかし、めくる気はさらさら起らなかった。
俺の家の近くの神社では、毎年7月中頃に祭りが催される。俺はその祭りに、彼女と毎年足を運んだ。
「去年は楽しかったなぁ。」
窓枠に腰をかけながら、俺はビールを一口煽った。
「桜、よく似合ってるよ。その浴衣。お前がよく映える。」
俺は、微笑みながらそう言った。
「ちょっとぉ。やめてよ~、恥ずかしいから、そういうのぉ。」
桜はほんのり顔を赤らめながら返した。
「ほんとのことを言っただけだよ。」
俺は悪戯気にそう言うと、彼女は少し俯き、更に赤らんだ顔を俺から見えないようにした。
「ほんと可愛いよなぁ、桜って。いじめがいがあるわ~。」
「もう!怒るよぉ!」
「はははっ。ごめんごめん。」
俺がそう詫びを入れると、彼女は、「まったくもう」と言って頬を膨らました。それを横から見ていた俺は、次は心の中で、「やっぱり可愛いなぁ」と呟いた。
「さてと、何処へ行こうか。」
俺は、もう少しその顔を見ていたかったが、彼女の機嫌が悪くならないうちに話題を変えようと思った。
「そうねぇ。先ずはタコ焼きかな。焼きそばも捨てがたいわねぇ。あ、あとトウモロコシも。」
「食べ物ばっかだな。」
俺は思わずつっこんでしまった。
「なによぉ。別にいいじゃない。祭りで食べるのと他で食べるのは全然違うのよっ。」
「いや、それは分かってるが。他にもあるだろう。まぁ、お前らしいがな。」
桜はどっちかっていうと、花より団子派なのだ。俺は花派だけどな。
「それじゃ、行きましょ。良い匂いがし過ぎて待ちきれないわ。さぁ、早く。」
桜が俺の袖を引っ張って、無理やり前に進む。
「お、おい。そんなにしたら危ないぞ。」
「じゃあ急いでよ。」
全く自分勝手な奴だと思うが、俺はそういうところも好きなのだから困る。
「はいよ。」
俺は答えて、桜のペースに合わせて急いだ。桜は先ず、焼きそばの屋台へと向かった。そして、二人並んで座れる場所を見つけてそこに腰かけた。どうやら、悩んだ末に最初はこれに決めたようだ。何処で悩んでたんだよ、とつっこみそうになったが、耐えた。そんなことを言ったら、また面倒なことになるからな。俺は桜の方へと顔を向けた。桜は、それはそれは幸せそうに焼きそばを頬張っていた。
「可愛いなぁ。」
俺はぼそりと、思わず呟いた。
「ふぇ?ふぁひ?」
桜は、焼きそばを口に含んだままだったので、上手く言えていなかった。どうやら、え?何?と言ったようだ。俺は、慣れているので大体は分かるようになっていた。分からない時もたまにあるが。すると、桜は「はい。あ~ん。」と言って、焼きそばを俺の口の前に運んできた。どうやら、俺が桜のことをじっと見ていたので、焼きそばがほしいのではないかと勘違いをしたようだ。これは思ってもいないことだった。俺は、「有難う神様。」と心の中で感謝し、大きく口を開けて、焼きそばを食べ・・・ようとしたが、桜は俺た食べる前に箸を引き、なんと、自ら食べたのだ。
「な、なにぃ~!?お、俺の感動を返せ~。」
俺は涙目で桜に訴えた。「ふふふっ。」と悪戯気に微笑む桜。
「さっきの仕返しよ。」
俺のことを横眼で見ながら、桜は焼きそばをパクパクと食べ平らげる。
「全く。俺に少しでも分けてあげようって気はないのかねぇ。まぁ、桜を見てるだけで俺はお腹一杯なんだがな。」
俺は小さく呟く。桜は聞こえたのか聞こえてないのか、「次、たこ焼き行くよ。」と言って立ち上がる。
「桜、もうそろそろ時間なんじゃないか?」
俺は携帯で時間を確認しながら、桜に呼び掛けた。すると桜も俺と同じ動作をして答えた。
「そうねぇ。じゃあ、たこ焼きを買ってから特等席に移動しましょうか。」
「相変わらず食い意地だけは張ってるなぁ。」
思わず口に出てしまったが、運良く桜には聞こえていないようだった。
俺たちはたこ焼き12個入りを買い、特等席もとい俺の家へ向かった。
「お邪魔しま~す。」
「どうぞどうぞ。汚いところですが。」
と言っても、ちゃんと今日の昼に掃除してるんだけどね。俺は口に出さず心の中で言う。俺は桜を特等席の窓際まで案内し、座らせて、その窓を開けた。
「それじゃあ、ビール持ってくるからちょっと待っててね~。」
「は~い。くつろいでま~す。」
桜は床に寝ころび、伸びをしながら答える。俺はリビングへと足を運び、冷蔵庫の中から缶ビールを二本取り出し、さっきの部屋へと戻る。すると、桜は俺の気配にきずいたのか、寝転がった大勢のまま、顔だけを俺の方に向けると同時に。
―――ヒュゥゥゥゥ、バァァァンッ
花火が一発上がった。
「あ、花火。もう始まったよ。綺麗だね~。」
桜は窓枠に腰をかけ、花火を見上げる。花火は何発も上がり、綺麗な光の花を咲かせる。その光に照らされて、桜の横顔がより一層可愛く、いや、可憐に見える。俺はその横顔に見とれ、一生忘れることはないだろう。と心の中に永久保存する。俺は桜に近づき、「桜。」と呼びかける。そして振り向いた彼女に、すかさずキスをする。どれくらい経っただろうか。俺にとっては長かったけれど、もしかしたら3秒もたってないかもしれない。俺は桜から唇を離し囁きかける。
「桜。大好きだよ。」
「私も、大好きだよ。」
俺たちはもう一度、口づけを交わした。
ビールを煽っていた俺の頬に、一筋の涙が流れ落ちた。その涙は、夜空に咲き誇る何輪もの花によって色を変える。
「なぁ、桜。」
俺は何処となく語りかける。
『ん?なぁに?』
「大好きだよ。」
『私も、大好きだよ。』
桜の声が聞こえたような気がする。けれど、それはきっと気のせい。だって、桜は6月に交通事故で亡くなったのだから…。話によると、桜は轢かれそうだった子供をかばって事故にあったそうだ。
俺の心には、ぽっかりと大きな穴が開いた。これはいつか埋まるのだろうか。埋まるとしても、ずっと先のことだろう。何せ、俺の大好きな桜が死んでしまったんだから。もし、桜が今の俺を見ていたなら、きっと怒るだろうな。「もっとシャキッとしろ!だらしないぞ!」って。でも、その桜はもうこの世にはいない。桜が死んで、一つ分かったことがある。人の命は、生きているうちは眩く光っているが、それはあまりにも一瞬で、呆気無く散ってしまう。まるで、夏の夜空に浮かび上がる、綺麗で儚い一輪の花のように…。