某小説家風異世界ハズレスキル
「いいかい、アラファトくん」
自称・世界の真理を百分率でしか語れない少女、シキ・キズナは、だぼだぼのローブの袖から、骨張った指先を突き出して僕の鼻先を指した。
「神様って奴の倫理観はね、いつだってバグを起こしているのさ。あるいは、最初からデバッグする気すらなかったロクデナシ。彼らが気まぐれに配る『スキル』なんて代物は、その最たるものだ。一振りで山を割るだの、一瞥で神をも殺すだの、そんなものはスキルとは呼ばない。ただの暴力だ。ただの出力過剰だ。美しくないし、何より面白みがない」
「はあ」
僕は生返事をしながら、自分のステータスプレートを見つめる。
そこには僕がこの異世界に転生した際、神から授かったとされる固有スキル(ユニークスキル)が、極めて無慈悲に、しかし決定的に刻まれていた。
――【誤字脱字】。
効果は至ってシンプル。自分が書いた文章に「誤字」または「脱字」があった場合、その部分の文字の色が徐々に薄くなり数時間後物理的に消滅する。ただそれだけ。
鑑定士には「手紙も書けない無能」「ハズレの中のハズレ、大ハズレの特等賞」と罵られ、冒険者ギルドからは文字通り門前払いを食らった、僕の誇るべき死にスキルだ。
「だけどね」と、シキは不敵に、それこそ口角が耳まで裂けそうな笑みを浮かべて言った。
「言葉の定義なんてものは、解釈次第でどうとでも転ぶ。叙情トリックの小説を読んだことがないのかい? 言葉は武器だ、なんて使い古された比喩じゃない。言葉は世界そのものを規定するコード(暗号)なんだよ。いいかい、お前さんがさっき言った『最強の魔王』という言葉」
彼女は僕が羊皮紙に書き留めていた魔王の討伐計画書を指さす。そこには僕の悪筆のせいで、致命的な『誤字』があった。
「お前さんは『魔王』と書くべきところを、うっかり『間男』と書き間違えている。さあ、消える前に誤字に強く魔力を込めスキルを発動してごらん」
「……【誤字脱字】」
僕が呟いた瞬間、世界が一瞬だけ明滅した。
はるか遠く、世界の終焉の地に君臨していたはずの、全知全能にして絶対無敵の【魔王】。その存在を定義する『世界の記述』から、神の与えた設定が書き換わる。
ズウゥゥン、と大地が揺れた。
遥か彼方から、何かがのたうつような奇妙な音が響いてくる。
「何が起きたんだ?」
「決まっているじゃないか。お前さんが『魔王』を『間男』に書き間違えたせいで、世界最強の王は、今この瞬間に寝取られ男か奥様に成敗されたのさ。存在のゲシュタルト崩壊だ。最強の概念を、お前さんはその致命的な『書き間違い』ひとつで、文字通り間男にまで貶めてみせたんだよ」
シキは楽しそうに、パチパチと拍手を鳴らす。
「神が与えた『ハズレ』とは、つまり『世界のルールからハズれている』という意味さ。正解の枠組みに収まらないからこそ、ハズレは最強を凌駕する。
おめでとう、お前さんは世界を言葉遊びで滅ぼせる、史上最低最悪のバグ技になったわけだ。さあ、次はどんな誤変換で世界に悪戯を仕掛け、ひっくり返そうか?」
「そんな便利すぎるチートなんてあるわけないだろ!? どうせ何かロクでもない弱点のあるスキルなんだろ?」
「おやおや随分察しがいいねアラファトくん」とシキの目が糸のように細くなる。「そのスキルは使った者と使われた者の存在力の強度によって、どちらに発動するか決まるんだ。 たまたま魔王の存在力の方が弱くて助かったねアラファトくん」
シキはそう愉快そうに笑った。
「どうして僕の方が魔王より存在力が強いんだよ!」
「それはね、青タヌキに出てくる劣等生の存在力や運命力が優等生よりも強いみたいなサムシングさ」
意味はわからないが、なんだか物凄くバカにされた気がする。
「それでねもし、アラファトくんに発動したらボクはここで無理矢理初めてを迎え、婚約者を裏切ってしまい尼寺行きに。間男と呼ばれるプレッシャーに負けたアラファトくんが責任を取って……尼寺行きを引き止めハッピーエンドってとこさ」
そう言うとシキは頬を赤らめた。
僕は冷や汗を流しながら、どこがハッピーエンドだよと心の中で叫び、二度と手紙は書かないと、固く誓ったのだった。




