ヌヴェル27 蝉しぐれ
幼馴染の桜が家出をしたから探してくれと小母さんに頼まれた幸太は、通学に利用する乗り換え駅の橋上駅舎に来ていた。
橋上から見下ろす入り組んだ線路。四方八方に拡がるカオスなレール上を行きかう電車を見るのが、幸太の趣味であり、いつしか桜も同じ趣味を持つようになっていた。
ただ、桜がマスゲームのような電車の動きを見る時は、決まって悩み事を抱えているときだった。だから、ここに来ているのだろうと思いやってきた。
「もしもし・・・、さくら?」
携帯電話は、九回の呼び出しで繋がった。
「・・・」
が、応答がない。
「今、どこにいるの?」
夏の昼下がり。駅の傍らの公園から聞こえる蝉の声が喧しい。桜との電話からも蝉の声が漏れ聞こえてくる。
そのとき構内に響き渡るような悲鳴が聞こえた。
それと同時に、蝉の声が鳴りやんだ。
構内に拡がる静寂。
悲鳴は、桜の携帯からも聞こえたような気がした。エコーがかかったように。
そういえば、携帯越しに聴こえていた蝉の声も途絶えた。
そこにある永遠と思えるような静寂。
<六番線だ。人が飛び込んだらしい。>
静寂を破って聞こえる人の声。そして一斉に鳴き始めた蝉。携帯からも蝉の声が聴こえる。
たむろする群衆をかき分けて幸太は六番線に向かった。
そんなはずはないという気持ちといたたまらない気持ちが波打って襲ってきた。
六番線ホームに桜はいた。
携帯電話を持った手をだらりと下げて、人群を呆然と見つめていた。小刻みに震えながら。
幸太は桜の頬を叩いた。
先程の感情とは異なる、愛おしさが根底にあるような感情で。
二人は、橋上駅舎にいる。
こんなに長く電車が行きかわないことなどなかった時間、二人は傾き始めた西日を受けて鈍く光っているレールを見ていた。
桜がぽつぽつと語る心の声音が聴こえる。
飛び込んだ人は、電車の下に潜り込むような状態で助かったらしい。
「じっちゃんが言ってたよ。生まれたからには生き続けなきゃならないんだよ。人間はって」
幸太は呟いた。
そのとき、一際喧しくなった蝉しぐれの中で、桜は静かに頷いた。




