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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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短編ホラー

春仕事

作者: 壱原 一
掲載日:2026/04/04

春の初めは寝惚けたように淡い水色だった空が、はっきり目を覚ました風に鮮やかになりゆくこの頃、休日に連れ合いや子と離れ、車で3時間弱を掛けて、父母が生まれ育った町の片隅へ赴《おもむ》く。


頭上へ木立が撓垂《しなだ》れ掛かる荒れた林道を抜けると、さっと視界が開けて眩しい野原に着く。


果てを小山の腕《かいな》に広々と抱かれた野原は、父母の生家を含む数戸の家の跡地である。


名残は疾《と》うに朽ち去って、今は黄金の陽の中を、悠々(ゆうゆう)と羽虫が飛び交い、丈高い草むらが戦《そよ》いでいる。


この日の為の古着に着替え、首にタオルを巻き、帽子を被る。マスク、ゴーグルに手袋を着け、長靴を履いて腰に鎌を提《さ》げる。


豪快な風が吹くに応じ、ずわぁと随所がざわめいて、枯れた草切れや木《こ》っ端《ぱ》、土埃が乾いた空気に舞う、陽春《ようしゅん》の野原へ分け入る。


*


鼻先まで波打つ草の海を、両腕で掻き分けて泳ぐ。数分で草波が割れて、小山の麓の崖へ出る。


崖下はまるで浜辺。草が無くぽかりと開けていて、大人3人が両腕を広げ並んだ位の幅一面に、人形《ひとがた》の植物が群れている。


枝や葉が無い1本の棒で、見た目は寧《むし》ろ園芸支柱に近い。概ね1~2mの、伸びやかに直立する茎は、親指と人差し指で、円を作った程の太さをしている。


土を纏《まと》った白っぽい根元から、腰めいた節《ふし》を過ぎ、腕に見える筋《すじ》の凹凸を経て、頭部を思わせる先端の膨らみへ及ぶ。


膨らみは掌《てのひら》くらいの寸法で、実や芽の様相をしている。正面に、萼《がく》の重なりか、はたまた蕾《つぼみ》の花脈《かみゃく》か、硬く締まった表面に、それぞれ人の顔を見て取れる。


ある顔はご満悦に微笑み、ある顔はひょいと眉を上げて誰かと話している風情。


目元をきゅっと弓形《ゆみなり》に、唇を引き結んで吹き出すのを堪《こら》えていたり、天を仰ぎ、大口で快哉《かいさい》していたり、いずれも決まって楽し気に、さわさわ風に揺られている。


町の発展から取り残され、不便になり、皆よそへ移ったが、とても良い所だったので、死後に戻って仕舞うと言う。


煌《きら》めく琥珀や蜂蜜に似た麗しい春の日差しの下、爽やかな風に吹かれて往時の住民らが繁茂《はんも》する。


内に亡き父母やおじおばや祖父母、写真でしか知らぬ曽祖父母なぞが居《お》り、彼らは特に丈が低く、径《けい》も膨らみも小振り且《か》つ色がまろやかで良く撓《たわ》む。


屈んで腰の鎌を抜き、根元数センチ上へ刃を当て、斜め下から引いて遣《や》ると、いとも軽やかな感触が返る。


譬《たと》えるなら湿気った浜の砂。


しゃくり、ほろほろと解《ほぐ》れる。


顔は銘々(めいめい)楽し気なまま、春の旺盛な伸長《しんちょう》を次々鎌で断たれ積み上がる。


まだ茎の柔らかい間、出来れば毎年、遅くとも*年を越す前に、こうして刈って遣ると良いと聞く。


さもなくば膨らみが熟して、重みに深々頭(こうべ)を垂れる。


地のすれすれまで屈曲《くっきょく》する。


すると枝の腕が生えて、額と両手を地面に突き、地中から根の足を抜いて、暮らし始めて仕舞うらしい。


良い所なので、親族を連れて。


この場所に根差す物だから、決して根に触れてはいけない。


気が済めば生えて来なくなるので、それまで気長に刈って供養する。


手間を掛けるが呉々(くれぐれ)もよろしく頼むと託《たく》されている。


自分はこの場所の外の生まれで、父母らから続く付き合いもなく、余所《よそ》の宅の事情は分からない。


浜辺の端の奥の方で、重たげに腰を折り、あるいは伏せ、這い出す寸前の影を後目《しりめ》に、黙々と己が親族を刈る。


幾つかの影は身を伸ばして、浜辺から草の海原へ繰り出そうとしている。


そうした影は随分そだち、幅も厚みもかなりある。


すわ人が居ると見間違え一瞬びっくりする程だ。


刈る音と葉擦れの波音だけに深々(しんしん)と取り巻かれて暫《しば》し、年の功の手際で春仕事を終え、脇目を振らず立ち上がる。


収穫をしっかり抱えて帰る。


己の生きた証たる子孫の血肉になってこそ、懐古の念も和《やわ》らいで浮かばれ易《やす》くなるとの事。


取り分け塩でゆく天麩羅《てんぷら》が、しゃくり、ほろほろと解れる淡く儚《はかな》い食感で、連れ合いも子も好んでいる。



終.

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