春仕事
春の初めは寝惚けたように淡い水色だった空が、はっきり目を覚ました風に鮮やかになりゆくこの頃、休日に連れ合いや子と離れ、車で3時間弱を掛けて、父母が生まれ育った町の片隅へ赴く。
頭上へ木立が撓垂れ掛かる荒れた林道を抜けると、さっと視界が開けて眩しい野原に着く。
果てを小山の腕に広々と抱かれた野原は、父母の生家を含む数戸の家の跡地である。
名残は疾うに朽ち去って、今は黄金の陽の中を、悠々と羽虫が飛び交い、丈高い草むらが戦いでいる。
この日の為の古着に着替え、首にタオルを巻き、帽子を被る。マスク、ゴーグルに手袋を着け、長靴を履いて腰に鎌を提げる。
豪快な風が吹くに応じ、ずわぁと随所がざわめいて、枯れた草切れや木っ端、土埃が乾いた空気に舞う、陽春の野原へ分け入る。
*
鼻先まで波打つ草の海を、両腕で掻き分けて泳ぐ。数分で草波が割れて、小山の麓の崖へ出る。
崖下はまるで浜辺。草が無くぽかりと開けていて、大人3人が両腕を広げ並んだ位の幅一面に、人形の植物が群れている。
枝や葉が無い1本の棒で、見た目は寧ろ園芸支柱に近い。概ね1~2mの、伸びやかに直立する茎は、親指と人差し指で、円を作った程の太さをしている。
土を纏った白っぽい根元から、腰めいた節を過ぎ、腕に見える筋の凹凸を経て、頭部を思わせる先端の膨らみへ及ぶ。
膨らみは掌くらいの寸法で、実や芽の様相をしている。正面に、萼の重なりか、はたまた蕾の花脈か、硬く締まった表面に、それぞれ人の顔を見て取れる。
ある顔はご満悦に微笑み、ある顔はひょいと眉を上げて誰かと話している風情。
目元をきゅっと弓形に、唇を引き結んで吹き出すのを堪えていたり、天を仰ぎ、大口で快哉していたり、いずれも決まって楽し気に、さわさわ風に揺られている。
町の発展から取り残され、不便になり、皆よそへ移ったが、とても良い所だったので、死後に戻って仕舞うと言う。
煌めく琥珀や蜂蜜に似た麗しい春の日差しの下、爽やかな風に吹かれて往時の住民らが繁茂する。
内に亡き父母やおじおばや祖父母、写真でしか知らぬ曽祖父母なぞが居り、彼らは特に丈が低く、径も膨らみも小振り且つ色がまろやかで良く撓む。
屈んで腰の鎌を抜き、根元数センチ上へ刃を当て、斜め下から引いて遣ると、いとも軽やかな感触が返る。
譬えるなら湿気った浜の砂。
しゃくり、ほろほろと解れる。
顔は銘々楽し気なまま、春の旺盛な伸長を次々鎌で断たれ積み上がる。
まだ茎の柔らかい間、出来れば毎年、遅くとも*年を越す前に、こうして刈って遣ると良いと聞く。
さもなくば膨らみが熟して、重みに深々頭を垂れる。
地のすれすれまで屈曲する。
すると枝の腕が生えて、額と両手を地面に突き、地中から根の足を抜いて、暮らし始めて仕舞うらしい。
良い所なので、親族を連れて。
この場所に根差す物だから、決して根に触れてはいけない。
気が済めば生えて来なくなるので、それまで気長に刈って供養する。
手間を掛けるが呉々もよろしく頼むと託されている。
自分はこの場所の外の生まれで、父母らから続く付き合いもなく、余所の宅の事情は分からない。
浜辺の端の奥の方で、重たげに腰を折り、あるいは伏せ、這い出す寸前の影を後目に、黙々と己が親族を刈る。
幾つかの影は身を伸ばして、浜辺から草の海原へ繰り出そうとしている。
そうした影は随分そだち、幅も厚みもかなりある。
すわ人が居ると見間違え一瞬びっくりする程だ。
刈る音と葉擦れの波音だけに深々と取り巻かれて暫し、年の功の手際で春仕事を終え、脇目を振らず立ち上がる。
収穫をしっかり抱えて帰る。
己の生きた証たる子孫の血肉になってこそ、懐古の念も和らいで浮かばれ易くなるとの事。
取り分け塩でゆく天麩羅が、しゃくり、ほろほろと解れる淡く儚い食感で、連れ合いも子も好んでいる。
終.




