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プロメテウスの炯眼-2

 ギルバートとその師、カラミア・コキノが住むプロテアという国では、国家としての発足と魔術の体系化とが切っても切り離せない関係にある。プロテアの歴史とは人類と魔法の歴史であり――というのは戦時中に多くみられた主張であるが、それはあながち嘘でもなく、統計上、確かにプロテアには魔術の才のある人間が近隣諸国よりも高頻度で生まれてくる、らしい。

 らしい、と、学校の教師も、件の才能あふれる師自身も言うので、実際のところどうなのかがギルバートには分からない。色んなことを知りたい、という曖昧な文句の中には、いいようにも悪いようにも使われ得る数字も含まれていた。

 

 地区大会といっても、その規模は決して小さいわけではない。なにせギルバートの故郷と同じような片田舎も甚だしい山奥から、才能ある若人が何十人、実り多い年度では百人を超す人数ではるばるやってくるのである。

 各地区の大会で五位以内に入賞した選手たちが地方大会に出場でき、その地方大会で三位以内に入ると国内大会への出場資格が与えられる。国内大会に直接出るためにカラミアなどが通った、魔術試験の中でも最難関と謳われる芸術部門の最高位に合格するという茨の道も存在するが、その道を選択する人間は五年に一人いるかいないかというところだった。

 魔術大国であるプロテアの大会だけがそうなのか、それとも諸外国でも似たような仕組みなのか、教わろうにも肝心のカラミアは国内の――それも最大規模の――大会に関してしか知識の蓄えがないので、これもギルバートには分からない。

 分からないことだらけだ、と悶々と考える少年の横で、その師匠は顔色を悪くしながら周囲を見回していた。久方ぶりの人里が地域一の人口を誇る街だからか、人酔いと緊張がひどいらしい。

「大丈夫ですか、師匠? もう少しで着くはずですよ」

「ああ、うん……いや、目を付けられないか心配で」

 カラミアの特徴的な髪の色を隠すためとはいえ、目深く被った鍔の広い帽子は少しばかり怪しい雰囲気を醸し出していた。二人で相談して決めたことだったが、普段着ることのない服とすることのない化粧への戸惑いは、山を下りて数時間が経っても消えないようだった。

 大会に出る本人よりも、その師の方が落ち着きを欠いている。側から見るとどう考えてもおかしいだろうな、と苦笑いしつつ、ギルバートは街頭の立て看板を指差した。

「ほら、ここを曲がってまっすぐ行くと、もう――」

 会場ですよ、と口が動いたのに、声が出なかった。得体の知れない違和感が背後から迫ってきている予感がした。カラミアが首を傾げるのを目の端で捉えた直後、ギルバートは勢いよく振り返った。

 まるで獣に背後を取られたときのように、うなじの産毛がぞわりと逆立っていた。命を、なんの悪意もなく、狙われているような。

 けれど時と場所を考えるに、相手は確かに人間だった。それも、魔術の使える。

 奇妙なことに、自分の命を標的にしている魔術の根源らしき位置からは、魔力も殺意も一切感じなかった。そこにはただ、ギルバートと同年代か少し年上に見える、どちらかというと青年と呼べるような雰囲気の男がいるだけだった。しかもその男は、ギルバートたちの方には意識どころか視線すら向けていなかった。

「どうした、ギル?」

 カラミアにはその殺意が感じ取れなかったらしい。それも妙な話だった。体調が万全でなく、気が散っているであろうことを加味しても。

「いえ、別に。行きましょう、師匠」

 気のせいであるとは絶対に言えなかったが、騒ぎを起こすわけにもいかなかった。言い終わるやいなや、少年は立て看板の方に向き直ろうとした。

 自分の目の焦点が青年から外れる直前、数秒前の違和感をはるかに上回る悪寒がギルバートの背筋を走った。

 青年が自分を見ている、と、もう顔を背けたというのに、なぜか分かった。背中に、もしくは首のうしろに刺さる視線が、おもむろに師の方へ上がったのも、なぜだか感知できた。

「だ、大丈夫ですか、師匠」

「うん。どうした、ギル」

 少年の額にじわりと滲んだ脂汗が、カラミアにも見えたのだろう。彼女はちらと背後を見やると、ギルバートを庇うように肩に手を置いて力を込め、歩き出すように促した。

「一本向こうの通りらしい。着いたら一服しよう、時間ならある」

 振り返った師匠に自分と同じものは見えたのだろうか、という疑問はすぐに散った。時間ならあるとは言うものの、実際は選手の集合時刻まで一時間を切っていることに気付いたからだ。


 結局、ギルバートの体調不良はものの数分で回復した。あの青年の視界から外れたからであろうとは容易に思い当たったが、それをカラミアに説明する気は起きなかった。

 自分よりもさらに余裕のない人間を相手にしたせいか、師の方はすっかり落ち着いたようだった。会場となる建物の外壁に寄りかかってからは、相変わらず人目は気にしているものの、居心地悪そうな雰囲気はいくらか減っている。

「よくなったならいい。順番が最後から二番目とはいえ遅刻扱いはまずいから、行けるなら行こう」

 はい、と元気よく返事をしたのは、自分を鼓舞するためでもあった。

 観客用の門とは反対側にある関係者用の出入り口に向かうと、そこに立っていた警備員は身分証に書かれた地名が読めなかったようで、確認のために上司であろう大人たちがわらわらとやってきた。人酔いから脱したばかりだというにひどい仕打ちだった。

 その長い確認作業で疲弊したのはギルバートだけではなかったらしく、カラミアの身分は大して確認されなかった。そんなことで警備員をやっていていいのかと師の顔に書いてあったが、わざわざ馬鹿を見ている暇もなかったので、二人はなにも言わずに廊下へ入った。

 地区大会の会場だからと言うべきか、その建物は少年の記憶の中にある国内大会の競技場よりも(少なくとも外観は)二回りほど小さかった。その割に中の入り組み具合は変わらない気がするなあ、と少年が苦笑を漏らしていると、過半数の選手の集合を報せる放送が、狭く長い廊下の壁に反響した。

 競技を始める用意が整ったため、間もなく一人目から順に、選手たちが呼び出される合図である。

 会場入り口の掲示板には五十を超える数の名前が書いてあった。一人あたり準備時間が一分と競技時間が三分とすると、ギルバートが呼び出されるまで三時間はかかる計算だったが、ここ数年は毎年三分の一ほどがそもそも会場に現れないとの噂だった。

 緊張状態では二時間程度、あっという間に過ぎるものである。持ってきた一張羅に着替える時間も加味すると、迷子になっている余裕はなかった。少年の歩調が、息切れしない程度の早歩きから、小走りになる。

 控え室の並ぶ廊下へ繋がる重そうな扉は、一体どういう構造になっているのかやたらと曲がり角の多い廊下の先に、ぽつりと立っていた。

「……師匠のときもこんな感じでした?」

 振り返ると、師は数歩先で立ち止まったまま、ぼんやりと天井を見ていた。その視線を辿っても、そこには人の顔にでも見えそうなシミがあるだけだった。

「師匠?」

 返事のなり損ないのような声を出してから、カラミアはギルバートの方へ顔を向けた。そして、呼びかけには視線ですら応えないまま、少年の背後の扉を認めて肩をすくめた。

 どこか、なにかに安心したような面持ちだった。

 困惑したままのギルバートの横を、師は帽子を脱ぎながら通り過ぎる。行き止まりの無機質な扉を片手で押し開けると、彼女は「それじゃ、頑張って」とだけ声をかけた。

「が……頑張ります」

 そう言ってから、そういえば控え室までの道は一本道だったことを思い出して、少年は閉じゆく扉越しに声を張り上げた。

「ちゃんと関係者席から見てくださいね! 行き方は分かりますか?」

 返事はなかった。

 とはいえ、相手は大の大人である。迷子になったとして、入り口の警備員に訊ねれば済む話だった。あまり仕事にやる気のない彼らでも、道案内くらい快く引き受けてくれなければ困る。

 控え室の廊下の方へ向き直ると、ギルバートはつい、「うわあ」と間の抜けた声を出した。

 またしても長い廊下が伸びていた。今度は明かりが一つ残らず消えている。

「間に合うのかなこれ……」

 呟いた声が異様に反響するものだから、少年はハッと目を見開いた。彼の中の第六感とも言える部分が、もしやと叫んでいた。

 少年は静かに目を瞑り、瞼の裏の暗闇に浮かぶ道に沿って歩き始めた。偶然か必然か、壁にぶつかる気配はしなかった。

読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字などあれば遠慮なく教えてください。

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