プロローグ
注意:人が死にます!
戦勝祝いも兼ねて開催され、三日に渡って国中を熱狂させた大会は、いよいよ決勝戦を迎えていた。
三日三晩止まない声援を送っている人々。この機会にしか売りに出ない飲食物が目当ての人々。若き日の自由な世界を求めてやってくる老人、憧れを両目に宿して跳んでは跳ねる子供、好成績と引き換えに生での観戦という要求を飲んでしまったばかりに心労の絶えない親。
誰も彼もが注目する決勝戦は、席代が高騰の一途を辿っているにも関わらず、空席が出ることは絶対になかった。
賭博を取り締まる任を負って客席に常駐しているはずの保安隊員でさえ、大半はただ自費で席が買えないから志願してその任に就いているようなものである。毎年それが理由で謹慎処分になっている隊員が数十という単位でいるのだが、上層部に彼らの気持ちが理解できてしまう人間がいるのか、有効な解決策が打ち出されたことはない。
人間の性なのか何度規制されても自然発生する賭博は、今年は一段と盛り上がっていた。
三度連続で準優勝という惜しい経歴を携えたベテランが、温めてきた執念をもってついに栄光を掴むのか。どこからともなく現れ、圧倒的な勢いで勝ち上がってきた期待の新人がその座を掻っ攫うのか。
両名ともに実力は同等であると、審査員席の対面に座った解説者は述べていた。前者は想像を絶する努力が報われている最中であり、後者は今まで影も形も見えなかったことが疑問に思えるほどの才能が輝き出しているのだと。
数年前に引退してしまった稀代の選手に日夜張り付いて復帰の言質を取ろうとする新聞記者は数知れず、新たな伝説を待ち望む声が止んだことはない。大衆は熱しやすく冷めやすいので、実のところ大会の熱狂は半分が雰囲気によるものである。
「楽しみですね。こういう天才がのちに二回も三回も連覇を重ねたりすることもありますから」
解説者の名残惜しそうな声を拡声器越しに聞いた年若い保安隊員が、目の前を歩く上司を呼び止める。
「隊長、言われてますよ」
冷たい風が吹いた。
次の一歩を踏み出すところだったその隊長が、踵だけ上がっていた足を元の位置に戻して自分の方を振り返ったから、保安隊員は慄いてしまった。ほとんど肩越しにしか他人に話しかけないことで有名な人間と相対するなどということは、雑談程度の会話で発生していいことではない。
光加減によって銀にも見える茶髪が穏やかに揺れる。夜空とほとんど同じ色をした目からは噂通り、なんの感情も見て取れなかった。ただその下に主張する濃い隈だけが、常に呆れか失望かのどちらかを、交互に、でなければ同時に、ありありと見せているだけだった。
「我々の任務は警備ではなかったか。私語は慎むようにと言われたはずだが」
呆れの方だったか、と少し安堵した若者は、肩を落とす仕草をなんとか説教に対してうなだれているものに見せかけようとした。
下を向いて「申し訳ありません」とだけ呟いてから顔を上げると、上司はまだ来た道の方を、つまり自分の方を向いていたから、新人は飛び上がった。けれど、説教が続くわけではなかった。
隊長の目は、会場の方を向いていた。
「──あの解説者は、私が引退してから毎年ああして目配せをしてくる。それを聞いて君のような反応をする部下も、毎年十数人はいる」
若者は曖昧に笑った。自分の思考回路が平凡で月並みであると証明してしまったらしい。そんなことを気にするほど自信過剰でもなかったので、彼はそのまま黙る選択肢を蹴飛ばした。
「ある一定の世代にとって、隊長はこの大会の代名詞ですからね」
選手の一人が出てきたのか、壁を一枚隔てた向こうで腑まで響くような歓声が轟いた。これが原因で死んでしまった鳥は何羽くらいいるのだろう、とどうでも良いことを考える余裕は、往々にして最も必要のないときに出てくるものである。
彼の上司であり、国の英雄であり、大会史に残る伝説でもある目の前の男は、煩わしそうに目を瞑ると、溜め息を吐きながら自身の背後を示した。何かとても良い予感がして、青年の心臓が高鳴り始める。
「私はこの歓声が苦手だし、雰囲気自体も好きではないと毎年言っているのに、わざわざ用意される席がある。あの解説者の招待だ。行くか?」
青年は、ありがたく頷くまでの一秒の間に、心の中でありとあらゆる感激の言葉を述べた。特等席のことを噂には聞いていたが、まさか実際にそこに座るべき人間から直々に誘いを受けるとは思っていなかったのである。
この上官が、目つきの悪さや口数の少なさで想像される性格とは反対に、身内にはやたらと甘いときがあるというのは非常に有名な話で、彼の下で働きたいと志願する者の半分以上はおこぼれを期待してそうしているとの説すらある。彼もその一人であったので、その説は真実に他ならなかった。
一度目よりもやや勢いの抑えられた、それでも足元を揺らすほどの音量の歓声が再び上がる。喜び勇んで関係者席へ繋がる扉をくぐった青年は、自分がまた一つ、大会の伝説を目にすることになるとはまるで想像もしていなかった。
やや青みがかった短い黒髪が歓声と夜風に揺らいで、薄く汗の滲んだ額に張り付いた。今日こそが真に彼の晴れ舞台であった。
三度続いた屈辱に今日こそ終止符を打つつもりで、彼は円状に均された会場へ歩を進めた。歓声と拍手がより一層強くなり、何度味わっても慣れない高揚感が血管の隅々までを沸騰させる。
「さあ、今年はどんな風に魅せてくれるのでしょう――みなさま、トラン・アメトに盛大なる拍手を!」
割れんばかりの手を叩く音が鳴り響く。何対あるかも定かではない数々の目が、たった一人の青年に向けられる。
注がれる視線。
止まない拍手。
すでに枯れかけている歓声。
全ては、彼が手を挙げた瞬間、沈黙した。
雄弁に語られていたはずの期待、憧憬、歓喜の一切が、息を呑む音に掻き消えて空気を揺らす。
トランの指先から舞い上がった瞬く光が、旋回しながら空に向かって行くのを、例外なく全員が目で追っていた。
空中に尾を引いた光の玉は、観客席の最上部と同じ高度まで浮かぶと、突如として弾け散った。眩い閃光がさながら白昼のような明るさを会場にもたらす。
どんな人間であっても目を損傷しない程度には激しい眩しさを感じるよう、輝度を調整してある術だった。全員が一斉に目を瞑った瞬間が確かにあった。審査員ですら、一様に視界を手で遮っていた。
数秒後、瞼の裏から光が消えたことを感知した人々がちらほらと目を開け始めると、嘆息が四方八方から聞こえ出した。
色とりどりの、花弁に似せた大きな布の切れ端がトランの周囲を回転していた。それらは主人の頭に被さって重なり合い、彼の姿が観客の誰からも見えなくなると、ふと布に描かれていた輪郭が融けた。中身の質量がどこかへ消える。
消失術は、今や特別でもなんでもない術であった。毎年ほとんど全ての選手が似たような芸当を披露しているし、大会の公式発表以外のあらゆる情報源はこれが大きな加点要素であるらしいと嘯いていた。地方の大会であれば、消失ばかりが異様に得意な選手もそれなりにいる。
トランはその真逆だった。初出場の大会ではただ一人それを使わず、そのせいで優勝を逃したとすら噂されるほど彼の知識と興味は別方向を向いていた。だから、今年こそはと覚悟を決めて、苦手だった術を一つ残らず極めて挑んだ。
選手の気配が観客の目の前から完全に消えた。勘の良い審査員が一人、二人、そして終いには六人全員が、上を向く。
空中で胎児のように丸まっている人間を、彼らの誰も見たことがなかった。ただ浮遊するだけでも至難の業といわれるのに、頭に血が昇る体勢を圧倒的な高度で取るなどということは、誰も実践はおろか想像もしたことがないはずだった。
拍手の嵐が巻き起こる。トランは自身の両膝の間でほくそ笑んだ。彼の見せ場はこれからいくつもあった。
歓声が少し弱まるのを待って、彼は浮遊を保つための集中力を爪先に移した。そして、空中のある一点に根を張ったように、ゆっくりと身体を広げる。しなやかに伸びた腕がトランの頭上──頭下という言葉はないので──で交差し、肉体が描く美しい弧を踊り子のそれに似せる。
高揚が五感を研ぎ澄ませるのか、感嘆の声が耳元で聞こえるようだ、と彼は思った。厳しい両親のもとで育った彼にとって、それは何よりも自尊心が満たされることだった。
トランがそのまま重なった腕を広げ、指先で光を瞬かせる。髪の間から照らされた選手の顔にこれ以上ない幸福がありありと刻まれているのを見て、審査員の一人が加点を提案した。その時点でのトランは審査要素を半分見せ終えたばかりかのような得点を稼いでいた。それでも全員が追従した。
焦茶色の指先から漏れ出た光がちょうど主の頭部を一周した頃、ふとその足元に歪みが生まれた。鏡が割れたように見えた者も、水面が揺れたように見えた者も、眩暈がしたように見えた者もいた。
嘆息は悲鳴に変わった。
トランを空中に固定していたものが突如として消え、平均よりも少し背の高い肉体が勢いよく落下する。誰がどう見ても助からない高さだった。
保安隊の人間が、ほとんど反射的に、落下を途中で防ぐことはできないかと考え始めたその時だった。対象そのものをその場の全員が見失った。
次の瞬間、人々に困惑する隙すら与えずに、トランは地上に立っていた。厳密に言うとまだ拳一つ分浮いていたのだが、先ほどまでの高さに比べれば微々たるものだった。
着地に必要な距離も時間も飛び越えた状態で再度出現する、消失術の応用だった。大会記録を通して一度も使われた形跡がなく、そもそもそんな術が実現可能であるとは誰も知らなかった。
またも拍手が起きた。が、それはあまりに小さな音だった。トランは、聞き覚えのあるその音が、師の手が鳴る音だと確信していた。心臓が止まりかけたその他大勢にとっては、いかなる反応を見せるにしても時間が必要だった。
審査員たちが、一人、また一人と手を叩き始める。実況と解説の担当者がそれぞれ観客席に声をかけ、浅い眠りから醒めたようにして彼らは手を叩き、席を立ち、歓声を上げた。
後攻の選手のパフォーマンスを見るまでもなく、彼が優勝だろうと囁く声がいくつもあった。そう言われるのは悪くなかったが、まだ半分も見せていないのにという気持ちもあったので、トランは再び動き出した。
どうやら拍手をしない主義らしい上司の横で、青年は喉を痛めて咳き込んでいた。歓声を上げる機会をひとつたりとも逃さなかったせいだ。
「だから加減をしろと言ったのに。明日は一切声を出さないつもりか?」
「……すみません」
ざらついた声を聞くと、上司は溜め息を吐いて審査員席の方を向いた。あの急落下の直後からの審査員たちの様子が気になるようだった。
「いくらなんでも減点しすぎだ」
点数計算に使われる審査員の手元の端末は観客席からではどう頑張ろうと見えないようになっているはずだったが、あるいはこの稀代の魔法使いであればそんなことも可能なのかもしれなかった。
最終的な得点が発表されるまでの間、師といくつか言葉を交わしているトラン・アメトも何度か審査員席に視線を送っていた。不思議なことに、彼はパフォーマンス中とは打って変わってやや自信なさげにしていた。
「なんだか不安そうですね。あんなにすごかったのに」
「三度も優勝を逃すと、自分の努力が信用できなくなるんだろう。気の強い方でもなさそうだ」
あまり熱意のない考察に、青年は鼻を鳴らしてそういうものか、と納得の意を示した。が、すぐに思い直した様子で上司の方を振り向く。
「あなたにだけはそんなこと言われたくないと思いますよ、シルバーノット隊長」
そう言われた本人は、はて、とでも言うように首を傾げていた。とぼけているのではなく、本当に悪意どころか皮肉の一つも言うつもりがなかったのだと、青年には分かった。
ワルター・シルバーノット。大会史に残る伝説。初出場で優勝し、そのまま三連覇を達成してから、燃え尽きる彗星のように引退した男。誰よりも美しく繊細な魔法の数々を、苦痛一つ見せずに操り続けた男。
そんな男が保安隊で一体なにをしているのか、それは誰も知らない。そして本人はというと、自分の天才性を軽視しすぎているきらいがある。
三度も栄誉を重ねた人間と、三度も栄誉を逃した人間。彼らを分けるものがなんなのかを、後者は誰より強く認識しているはずだった。シルバーノット氏がアメト選手をどう評したかが本人の耳に入る日が絶対に来ないよう、青年は願った。
「まだ減点するつもりなのか?」
上司の視線はまた審査員席に移っていた。どこをどんなふうに見て言っているのか、凡人にはおよそ分からなかった。
「それでは、合計得点を発表いたします」
ざわついていた観客席が一気に静まり返る。アメト選手の目線が審査員たちの背後に釘付けになり、次いで彼の師もその方向を向いた。
会場の全員の心臓が、全く同じ鼓動を刻んでいるような感覚だった。動じてすらいないように見せていた、青年の隣の心臓でさえ。
「トラン・アメト選手の得点は――なんと! 今大会最高得点の、600点です!」
沈黙が数秒間残ったのち、爆発音にも似た拍手の音が会場に轟いた。酒のせいか、選手本人よりも狂喜乱舞していそうな雄叫びも四方から飛び交う。当のアメト選手はというと、師の肩に顔を埋めて、背中を震わせていた。それもそのはず、600点という得点は彼自身の個人記録も塗り替える点数だった。
もはや優勝は、約束されたも同然だった。
「隊長、これのどこが減点しすぎなんですか?」
相変わらずざらついた声色で部下に問われると、ワルターは少し目を細めてアメト選手の背中を見据えた。
「私の記録は702点で、私以降の選手は皆大体一度はパフォーマンス中に700点の壁を越える。そしてそこから減点が入る。600点ということは、審査員一人あたり、平均して17点程度減点していることになる。そんな要素はどこにもなかったのに」
新しい術をいくつも繰り出していたし、今の彼の実力は当時の私と比べても遜色ないはずだ。と、唸る上司を聞いて、ああこの評価なら本人に届いて欲しいな、などと青年は思った。彼はどうして自分以降の選手たちの暫定最高得点を知っているのだろう、と疑問が出てきたのはそのあとだった。
自分ほど平凡な人間がいくら考えても答えの出ようがないのだし、本人に直接訊くのが早かろう、と判断したその瞬間だった。ワルターの顔を見ていた青年の視界の端、色の識別ができるぎりぎりの部分に、派手な赤色が映った。
拍手は止んでいた。
「それでは、後攻の競技者の準備時間に入らせていただきます。数分の間お待ちください!」
普段は何があろうと平坦な声を保っている放送担当の人間ですら、若干の興奮を隠し切れてはいなかった。それもそのはず、大会に携わる人々こそが最も情熱的な眼差しで魔法の数々を見ているのだ。件の後攻の選手が破竹の勢いで勝ち上がってくるのを見ていた彼らが期待しないわけはない。
トランの得点を聞いて審査員席に釘付けになっていた無数の目は、風に靡く葦のように一斉に動いて選手が出てくる門の方を向いた。
「隊長、隊長! あれが期待の新人ですよ! 僕もこの目で見るのは初めてです!」
またも解説者の席を凝視していた上司の肩を礼儀も忘れて揺さぶると、青年は目を輝かせて門の方を指差した。
彼が先ほど見た鮮やかな赤は、選手の髪の色だった。技術的にも視覚的にも美しさを競う競技の特性上、普通見た目にはそれなりに気を遣うはずの魔術大会選手にしては、髪の切り方が遠目に見ても随分と杜撰だった。
「ふむ。よほど自分の手腕に自信があるのか、それとも――待て。あれは軍の」
ワルターが前のめりになって選手を注視するのは、招待された席に着いてから初めてのことだった。つられて部下も目を凝らすと、なるほど確かに、後攻の競技者である少女は軍人らしい服を着ていた。照明がなければ黒にさえ見えるほどの深い青色をした、皺ひとつない装束を。
同じところに注目したのか、解説者と実況者それぞれが少し狼狽える声が会場内に響いた。どうやら彼女がその装いで会場に来るのはこの決勝戦が初めてらしい。が、別に元軍人の選手は珍しくもなんともない。前線で負傷した帰還兵がアメト選手の手から優勝を掻っ攫い、不公平だと野次が飛んだのは青年の記憶にも新しいが、それが理由で出た従軍経験者の出場禁止案は紆余曲折あって白紙となっていた。
とすると、大会関係者たちのどよめきは先攻の選手に対する同情と思えば自然である。しかし、明らかにそういった騒ぎに興味のなさそうなシルバーノット氏が身を乗り出すほどの理由は他にあるはずだった。
「あ、本当だ。軍の式典服ですね、カッコイイなあ……な、何か問題でも?」
問題しかない、とでも言うような目で上司が振り返るので、青年は押し黙った。この数時間で随分多くの失望の種を蒔いている自覚は十分すぎるほどあった。
「アンブル上等保安隊員、君は軍の制服を見慣れていないらしいな。いや、それ自体は悪いことではないんだが――」
「みなさま、カラミア・コキノを拍手でお迎えください!」
シルバーノット氏が真面目な顔で始めかけた説明を、放送担当の何某の拍手を呼びかける声が遮った。次いで、青年と同じく何の疑問も抱かなかったらしい観客の熱烈な拍手が響き渡る。
顔を顰めた上司が再度選手の方を向くのを惜しいと思いつつ、自分から解説を乞うのは地に落ちた自分の評価を土に埋めてしまう行為のような気がして、ノルマン・アンブルも会場の中心に目を遣った。
どんなに鈍い人間にも、カラミアと呼ばれた選手が只者ではないことは、目付きを見れば分かる。その証拠に、拍手は平均の半分ほどの時間しか続かなかった。皆が怯んでしまったからだ。
歩いている間は地面を見ていた彼女は、立ち止まってすぐに審査員席を、招待席を、そして観客席をぐるりと睨んだ。彼女が自分自身の視線の動きに引っ張られるようにしてその場で身を翻すと、式典服の裾に連なる大小様々な飾りが上品に揺れる。
それら装飾品の色と本人の瞳の色は全く同一だった。誰が見繕ったのか、遠目で見ても見事な出来の工芸品で、ノルマンはなるほど、と思った。自分の想像の中の軍人は、色鮮やかな勲章ならともかく、あんなにも美しいアクセサリーは身につけていない。
それの意味するところまでは分からなかった。ただ、彼女の魔法を見たいと思った。ノルマンは入隊当時から、考えていることがそっくりそのまま表情に出ることで有名だった。
ガタン、と跳ね上がり式でないはずの椅子が跳ね上がる音がする。
「あの選手、カラミアといったな。彼女の魔法は確かに美しいかもしれないが、今回は美しいだけでは済まないかもしれない。全隊員に警戒を促してくる、君は――君は、自分の判断で動きなさい」
青年が返事をするのと、コキノ選手が最初の技を繰り出すのとでは、どちらが早かったかなど誰にも分からなかった。
アメト選手の放った閃光よりも遥かに眩い光が会場を覆う。それが消える頃には、ワルターは一般客席に飛び降りていたし、カラミアは宙に浮いて踊っていた。
出鱈目な切り口の赤い髪がたなびく様子を、観客を代弁して、解説者は「まるで炎のようですね」と評した。けれども、ノルマンの脳裏には全く違うイメージが浮かんでいた。
青年の身体は若い衝動に流されるままに動いた。
その年、優勝者は決まらなかった。重大な事故により大会自体が中止になったからである。
選手が負傷するならいざ知らず、観客席から死者が出るのは、大会史上初めてのことだった。
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