49話:罠
午後7時過ぎにクランベルクに戻ると、俺はブルーム通りにある『灰色フクロウ亭』に向かう。『殲滅旅団』のギジェットに訊きたいことがあるからだ。
マスターに言伝を頼むと30分ほどでギジェットがやって来た。VIPルームに移動すると俺の直ぐ隣に座る。お互いの肩が触れるほどの距離で香水の香りがする。
今日のギジェットは胸元が大きく開いた黒いドレスを着ている。スリットも大胆に入っているから足を組むと太ももがモロに見えて――はっきり言ってエロい!
「エイジが戻って来たことは知っていたけど、私に会いに来てくれるなんて嬉しいわ」
ドレッドヘアーで口元に黒子のある妖艶な美人。ギジェットの見た目は俺のタイプだけど、交渉相手をそういう目で見るつもりはない――
いや、正直に言おう。『全異常耐性』に魅了耐性が含まれていて助かったよ。俺も健全な男だからな。
「ギジェット、ローレンス子爵と『殲滅旅団』は本気で帝国軍と戦う気があるのか?」
ローズたちから、ローレンス子爵と冒険者たちのやり取りは聞いている。ローレンス子爵は帝国軍の侵攻を隠そうとしたけど、ローズたちに反対されて諦めた。捨て台詞を吐いて出ていったらしいけど、自分の運命を他人に委ねるような性格じゃないだろう。
『殲滅旅団』も協力するつもりがないみたいだし、そうなると考えられることは、ローレンス子爵と『殲滅旅団』が結託して他の冒険者たちを捨て石にすることだ。
「ローレンス子爵は太守だから戦わずにクランベルクを捨てる選択肢はない。だけどどう足掻ても勝てないことが解ったら、冒険者に戦わせている間に自分は逃げる準備をしているんじゃないのか。『殲滅旅団』はその片棒を担ぐつもりだろう?」
「証拠もないのに随分な言いようじゃない……せっかく2人きりなのにそんな話? エイジはつれないわね」
ギジェットが耳元で囁く。熱い吐息が掛かっているんだけど……ホント、今日はグイグイ来るな。
「仮にローレンス子爵が逃げるつもりだとして、エイジはどうしたいの? 冒険者たちにバラしたところで証拠がないから意味がないわ。それともローズたちや『鮮血同盟』から助けた若い冒険者を一緒に逃がしたい?」
ギジェットは本気で隠すつもりがないらしい。俺の肩に凭れて上目遣いで見る。この距離だと胸の谷間がバッチリ見えるけど、視線を向けたら負けだ。
「エイジが特別なのは解っているわ……ねえ、ここには貴方と私しかいない。店の人間には私が声を掛けるまで近づくなと言ってあるの。だから……何をしても構わないわよ」
俺の首に腕を絡めて唇を舐める。あと少し近づくだけで唇が重なる。
「ギジェット、おまえたちが逃げるなら好きにすれば良い。俺には帝国軍と戦う理由がある。だからクランベルクから逃げるつもりはない」
「エイジが戦う理由はローズたちがいるから? 私と一緒にいるときに他の女の話をするなんて癪だけど、エイジはあの子たちのことを随分気に入っているみたいね」
「ローズたちのこともあるけどそれだけじゃない。帝国軍と戦う理由は俺自身にある」
「それってもしかして『ラストダンジョン』に関係のあることかしら? 帝国軍がどうしてクランベルクに向かっているのか、エイジなら理由を知っているんじゃない?」
今度はギジェットの方から探りを入れて来る。ライゾウと『鮮血同盟』を消滅させた時点で、ギジェットは俺の力をある程度把握していただろう。そして姿を消していた俺がこのタイミングで突然戻ってきた。
ギジェットは利害だけで動くからな。もし俺についた方が得だと思えば、ローレンス子爵だけじゃなくて『殲滅旅団』を切り捨てることも躊躇しないだろう。
「ギジェット、おまえと取引するつもりはないよ。クランベルクから大人しく逃げ出すなら見逃すけど、俺たちの邪魔をするなら容赦しないからな」
「あら、私はエイジを敵に回すつもりはないって言ったわよね? 誰を敵に回したら1番怖いかってことくらい理解しているわ。私はエイジを手を組みたいだけ。ねえ、こんな話をして貴方は私に何をさせたいの?」
「だから取引するつもりはないって言っただろう。話はこれで終わりだ」
「本当にエイジはつれないわね……じゃあ勝手に期待させて貰うわ。今回の戦いで1番邪魔なのはローレンス子爵よね? 自分が逃げるために下手な命令を下せば勝てるモノも勝てなくなるわ」
ギジェットが意味深な笑みを浮かべる。
「だけど安心して、あの男の傍には私がいるのよ。戦場じゃ何が起こるか解らないわ。命令を下した直後に、不幸にも流れ弾に当たって死ぬかも知れないじゃない」
ローレンス子爵を殺すことも想定しているのか? その方が得ならギジェットなら殺すだろうし、バレなければ問題ないってことだろう。
「『殲滅旅団』のこともエイジの邪魔をしないように私が見張っておくわ」
強かな笑みを浮かべてギジェットが立ち上がる。引き際は弁えているってことか。だけど俺の顔の左右に手を突いて立ち上がったから、揺れる胸と谷間が眼前に迫る――いや、マジでエロ過ぎるだろう!
俺が耐えられたのは『全異常耐性』のおかげだ。マジで感謝しないと。




