46話:帰還
『エイジ、忙しいところ悪いけど緊急事態なの。アレクサンド帝国が王国に侵攻して、クランベルクに迫っているわ。詳しいことを話したいから時間をくれない?』
サラから『念話の指輪』で連絡が来て、俺は久しぶりにクランベルクの街に向かった。もう4ヶ月以上『ラストダンジョン』に籠っていたからな。
ローズたちの家なら直接転移できるけど、他の冒険者たちと打合せをしているらしいから、冒険者ギルドで落ち合うことにした。
クランベルクの街に入るために門に向かうと、この時間なのに荷物を纏めて街を出て行こうとする人たちの列ができている。すでに帝国の侵攻の話が広まっているんだろう。
街に入ってからも記憶にあるクランベルクと雰囲気が違う。行き交う人たちが不安そうな顔をしている。それでもそれなりの数の飲食店が営業しているのは、街に残ると決めた人も少なくないってことか。
冒険者ギルド第3支部に着くと張り詰めた空気を感じる。冒険者の数はいつもの8割くらいだ。それでもこの人数が残っているのか。冒険者こそ真っ先に逃げ出すと思っていたけど、どうやら俺はクランベルクの冒険者たちを見くびっていたらしい。
「エイジ、久しぶりね!」
俺に気づいたローズが駆け寄って来る。ローズたちは週2回のペースで制作室に来ているけど、時間が合わないから会うのは本当に久しぶりだ。
「ローズ、おまえたちも腕を上げた――」
言葉が途切れたのは、ローズがいきなり胸に飛び込んで来たからだ。お互いに装備を着けているから堅くて痛いだけだけど。
「ローズ、どうしたんだよ?」
「ごめん! エイジに会えたことが嬉しくて、思わず抱きついちゃったわ!」
顔を赤くしてそんなことを言われると勘違いするだろう。周りの冒険者たちは場違いな雰囲気に睨んで来る奴と、ニヤニヤしている奴が半々くらいだ。ニヤニヤしている奴らは後でシメておくか。
「サラとラウルが待っているわ。ご飯を食べながら話をしない?」
ローズに案内されて奥のテーブルに行くと、サラとラウルが手を挙げて応える。
「エイジ、顔を合わせるのは久しぶりだな。とりあえず座れよ」
「急に呼び出して悪かったわね。状況が状況だから連絡させて貰ったわ」
「いや特に急ぐようなことはないし、教えてくれて助かったよ。ダンジョンにいると情報が入って来ないからな」
「その様子だと『ラストダンジョン』の攻略は順調に進んでいるみたいね」
サラの言葉に俺は違和感を抱く。
「もしかして、メイから最下層の攻略が終わったことを聞いていないのか? 魔物の暴走はもう起こらないよ」
「ちょっと待って……それって本当なの?」
ローズたちは俺の邪魔をしないためにか、本当に必要なときしか連絡して来ない。俺の方も攻略に集中していたから特に連絡しなかった。
だけど最下層の攻略が終わって魔物の暴走が起きる可能性が限りなくゼロに近くなった時点で、俺はローズたちに連絡しようとした。
『エイジ君、わざわざ連絡するまでもないわ。みんなが制作室に来たときに私が伝えておくから』
メイにそう言われたから、ローズたちに伝わっていると思っていた。今思えばメイのことだから意図的に伝えなかったんだろう。理由は何となくだけど想像できる。
「メイさんにしてやられたって感じね……だけど攻略が終わったのにダンジョンに籠っていたのは太守の目を避けるため?」
「それもあるけど、俺には他にも色々やりたいことがあるからな」
魔物の暴走を止める前から、俺は『ラストダンジョン』を攻略した後のことを見据えていた。今は考えていたことを実行に移している。
「エイジがやりたいことって?」
「まあその話は置いていおいて、帝国軍について詳しい話を聞かせてくれないか?」
ローズたちから帝国軍が1,000人以上の竜騎兵で構成されていること、何故かクランベルクに真っ直ぐ向かっていることを聞く。
「太守のローレンス子爵から聞いた話だから、どこまで信憑性があるかは解らないわ。ハイネルさんが偵察隊を出して確認することになっているから、偵察隊が戻って来たらもっと正確な情報が解る筈よ」
クランベルクを守るために各支部の冒険者たちが連携して戦うことになるけど、ローレンス子爵と『殲滅旅団』の協力は期待できないらしい。
「太守の協力が期待できないって……まあ予想はしていたけど」
俺もローレンス子爵に目をつけられてダンジョンに籠ることになったからな。連携が取れないのは厳しいけど、そんな奴が指揮を執るよりも冒険者が独自に動いた方がマシだろう。
「エイジ、私たちが生まれ育った村がクランベルクの近くにあるの。村の人たちをクランベルクに避難させることを条件に、私たちはローレンス子爵の招集に応じる契約を結んでいるわ。だけどエイジにはクランベルクを守るために戦う義理なんてないわよね」
「サラ、何を言っているんだよ? 俺も戦うに決まっているだろう。クランベルクにはローズたちやダルクたち、他にも知り合いがいる。それに帝国が侵攻する目的が気になるからな」
まだ情報が少ないから決めつけるつもりはないけど、アレクサンド帝国がクランベルクを狙う理由として『ラストダンジョン』の存在が考えられる。
ローレンス子爵やクランベルクの冒険者たちは『ラストダンジョン』の本当の価値を知らない。トップランナーの『青き稲妻』やローズたちでも攻略しているのは20階層台だ。だけどそんなものは『ラストダンジョン』のほんの一部に過ぎない。
もっと深い階層でドロップする強力なアイテムや大量のコインは大抵の国にとって魅力的な筈だ。ダンジョンを貴重な資源の宝庫だと考えれば、それを奪うために戦争を起こすことも考えられる。
だけどローズたちにはある程度のことを話しているけど、『ラストダンジョン』の本当の価値を知っているのは、俺とメイの他には戦乱の女神だけだ。つまり帝国の目的が『ラストダンジョン』なら、戦乱の女神が裏で糸を引いている可能性がある。
「帝国の目的が気になるって……エイジは『ラストダンジョン』が関係していると思っているみたいね」
サラなら気づくと思っていたけどやっぱり鋭いな。言葉にしたことで、ローズとラウルも気づいたみたいだ。
「まだ可能性の話だけど、帝国がクランベルクを狙う理由は他に考えられないだろう」
「エイジが一緒に戦ってくれるのは嬉しいけど、自分のせいだと思っていないわよね? たとえ帝国の目的が『ラストダンジョン』だとしても、向こうが一方的に侵攻して来たんじゃない」
「全部俺のせいだなんて、そこまで己惚れるつもりはないよ。帝国の狙いが『ラストダンジョン』なら戦う理由が1つ増えるだけだ。どっちにしても俺はみんなと一緒に戦うつもりだよ」
「解ったわ……エイジ、ありがとう。エイジが一緒なら負ける気がしないわ」
ローズが嬉しそうな顔して、サラも口元に笑みを浮かべる。
「エイジ、俺たちと一緒に戦おうぜ!」
ラウルが俺の肩をバシバシ叩く。
「だったらハイネルさんからの伝言を伝えておくわ。エイジと連絡がつくようなら、作戦会議に参加して欲しいと伝えてって言っていたわ」
ハイネルは俺が『ラストダンジョン』にいることを知らない筈だけど、ローズたちなら俺と連絡が取れるかも知れないと思ったのか。
このとき、俺たちのテーブルに冒険者がやって来る。強面の40代の男は『鉄壁』リーダー、ガーランドだ。
「エイジ……このタイミングで戻って来たのか?」
「良いタイミングで戻って来たみたいだな。ガーランドさんたちもクランベルクに残って戦うんだろう?」
タイミングが良過ぎることに違和感を覚えているみたいだけど、戦力として加わるならガーランドも文句を言うつもりはないらしい。
「おまえたちも解っていると思うが、戦況を見極めて逃げるタイミングは決して間違えるな」
「ガーランドさん。忠告してくれるのはありがたいが、俺たちには守りたいモノがある。だから簡単に逃げる訳にはいかねえぜ」
「ラウル、だったら守りたいモノを連れて逃げる方法を考えておけ。戦争って奴は魔物と戦うのとは訳が違う。敗戦が濃厚になったら生き残ることだけを考えろ」
それだけ言うと、ガーランドは自分たちのテーブルに戻っていった。




