45話:決意
「それって他の冒険者を騙すってこと? そんなの見過ごせる筈がないじゃない!」
ローズが大声で抗議すると、ローレンス子爵は憮然とする。
「たかが冒険者が図に乗るな! おまえたちは私に黙って従えば良いのだ!」
冒険者だからと馬鹿にして、これだから貴族は嫌いなのよ。
「ローレンス閣下、ゴルドバが占領されたなら避難民がクランベルクに押し寄せる筈です。帝国軍の侵攻が知られるのは時間の問題じゃないですか?」
「おまえたちが心配する話ではないが、兵士の報告だとクランベルクに向かっている避難民は皆無だ。おそらくゴルドバから街道を南下して逃げたのだろう」
クランベルクに逃げて来る避難民がいない? ローレンス子爵が言うように多くの避難民は王都のある南に逃げたんだろう。だけど1人もクランベルクに逃げて来ないなんてさすがに不自然だわ。
「だからってそんなやり方……私は絶対に認めないわ!」
太守であるローレンス子爵に逆らえば何をされるか解らない。それでもローズは黙っているつもりはない。ホント、ローズらしいわね。
「舐めた口を叩きおって! 貴様など私がその気になれば……」
「クランベルクから追放するか、投獄するとでも言うんですか? それこそ帝国軍と戦う前に戦力を失うことになりますが」
「俺たち『天元突破』は招集に応じる契約を結んだが、納得できないことに従うつもりはないぜ!」
私とラウルはローズの左右に立つ。ローレンス子爵は冒険者を手駒としか考えていない。そんな奴の言いなりになってもロクなことにならないわ。
「ローレンス閣下、俺も騙し討ちのようなやり方には反対です」
ここで『蒼き稲妻』のハイネルさんが割って入る。
「ハイネル、貴様まで私に逆らうのか?」
「そうではありません。敵を恐れて逃げるような者を無理矢理戦わせたところで、戦力にならないどころか逆に足手纏いになる。帝国軍の侵攻を公表して、それでも戦うという者だけを募るべきです」
「太守様は冒険者を見くびり過ぎだ。相応の報酬を払えば、戦いに参加する冒険者は案外多いと思うぞ」
『鉄壁』のガーランドさんが続く。
「自分だけは生き残るって根拠のない自信がある冒険者は多い。そもそもネガティブに考える奴はダンジョンになんて挑まねえだろう?」
「そうだぜ、太守様。報酬さえ弾めば飛びつく奴も多いぜ!」
『鉄壁』の人たちが豪快に笑う。だけどこれは詭弁だわ。冒険者はリスクと報酬を天秤に掛けて依頼を請けるか決めるけど、帝国軍の侵攻を知れば多くの冒険者が逃げ出すだろう。冒険者にクランベルクを守る義理なんてないんだから。
ガーランドさんたちは冒険者を無理矢理戦わせて死なせたくないから、ローレンス子爵を言いくるめようとしている。
ハイネルさんの狙いも同じ。本音を言えば足手纏いになるかどうかは関係なく、逃げたい者は逃がしてやれと思っている筈だわ。クランベルクの住民にも早く公表して、避難する時間を与えるべきよ。
他の支部の冒険者たちは何も言わないけど、ローレンス子爵に黙って従ういそうなのは第2支部の『殲滅旅団』くらい。私たちとローレンス子爵はしばらく睨み合う。沈黙を破ったのはローレンス子爵の方だ。
「……そこまで言うなら好きにしろ。だが冒険者どもが大量に逃げ出したら、おまえたちに責任を取らせてやる!」
ローレンス子爵は捨て台詞を吐いて出ていく。
「もっと帝国軍の情報を集めて作戦を練る必要があるが……あの様子じゃ、ローレンス子爵には期待できんな。戦力として無視する訳にはいかねえが」
呆れ顔のガーランドさんにハイネルさんが頷く。500人の冒険者がいるクランベルクの治安を維持するには相応の戦力が必要だ。ローレンス子爵が抱える騎士と兵士たちは戦力になるだろうが、信用できない相手と一緒に戦うのは気が引ける。
「今回は相手が相手だ。俺たち冒険者も連携して戦う必要がある。オスカー、『殲滅旅団』は協力する気があるのか?」
「我々はローレンス閣下に従うまでだ。おまえたちはせいぜい好きにしろ」
オスカーは興味なさそうに言うと、ギジェットたち幹部を連れて出ていく。オスカーやギジェットが今の状況を理解していない筈がないから、何か企んでいるんじゃないかしら。
「どうやら『殲滅旅団』抜きで進めるしかなさそうだ。まずは各支部に戻ってこの状況を伝えて、住民にも情報を広めて避難を呼び掛けてくれ。俺たちは偵察隊を出して帝国軍の動きを探る。偵察隊が戻ったらこのメンバーで再び集まって作戦会議だ」
ハイネルさんの言葉に私たちは頷く。
「ハイネルさん、解っているとは思いますが帝国軍にはバトリエット城塞を落とすだけの戦力があります。場合によってはクランベルクから撤退することも視野に入れておくべきじゃないですか?」
「ああ勿論解っている。だがクランベルクの住民全員がそこまで理解できる訳じゃない。行き場がないから街に残る住民も多い筈だ。最悪の状況になっても少なくとも彼らを避難させるまで、俺たちはクランベルクに留まる必要があるだろう」
異論を唱える者はいない。ここにいるメンバーは状況を理解しているようね。
「基本的には気心の知れた同じ支部の冒険者がレイドを組んで戦うことになると思うが、各支部からメンバーを選別して遊撃部隊を作ることも考えておいてくれ」
遊撃部隊の役目は帝国軍の隙を突いて敵の指揮官を狙うか、撤退するときの殿を務めることになるか。何れにしても厳しい戦いになることは間違いないわ。
第3支部に戻る途中、ローズとラウルに話し掛ける。
「この状況をエイジに伝える必要があるわね。だけど決めるのはエイジ自身よ」
エイジは 魔物の暴走を止めるために1人で戦っている。エイジの邪魔はしたくないけど、この状況を伝えない訳にはいかないわ。
「サラ、それくらい私も解っているわよ」
「エイジなら一緒に戦うって言いそうだがな」
ラウルが言うようにエイジなら手を貸してくれると思うけど――私たちはローレンス子爵と契約していて、村のみんなを守るためにも戦わずに逃げるという選択肢がない。だけどエイジは違うから。
私たちの都合にエイジを巻き込みたくないと思うのは、偽善かも知れないけど、これが私の本心だわ。




