42話:もう一人の転生者
※三人称視点※
アレクサンド帝国の帝都。鋼鉄の要塞のような都市の中心部にある城にて、皇帝クライスは気だるげな顔で玉座に片肘をつき、部下からの報告を受ける。
「『伝言板』で第7師団ルーク・ハーミット将軍より連絡がありエルネッタ公国軍を殲滅し首都を陥落したとのことです」
「ルークの実力なら当然の結果だが、わずか1ヶ月で公国を落とすとはな。これでアレクサンド帝国は大陸の4分の1を手に入れた訳だ」
金髪碧眼に眼鏡という草食系男子。若干28歳の若き皇帝クライスは小国に過ぎなかったアレクサンド帝国を、皇帝に即位してから10年で大陸有数の大国にした。
「ルークにはご苦労と伝えてくれ。エルネッタ公国軍を併合するための文官を直ぐに手配しろ」
クライスは広間を後にして自室に向かう。熱いシャワーを浴びてガウンに着替えると、侍女にワインを用意させて退室させる。戦勝の報告を受けた後、クライスが1人になるのはいつものことだ。
ワインを味わいながら、クライスは満足そうに呟く。
「最初はこの世界の広さに驚いたが、やることは『群雄割拠』と変わらないな。リアルになった世界でもクライスのユニークスキルがあれば問題ない」
皇帝クライス・アレクサンドは転生者だ。前世でやり込んだネット対戦型ファンタジー国家運営SLG『群雄割拠』が現実になった世界に、主人公の1人であるクライスとして転生した。
『群雄割拠』はアルマナという世界に存在する9つの国から1つを選んで国家運営を行うゲームだ。勝利条件は他の国を征服して世界を統一すること。
産業を発展させて他国と貿易することで利益を得る。学校を作ることで優秀な人材を育てて人材登用する。戦争が起きるから兵士を強化することは必須。高い能力を持つネームドキャラを自分の国に取り込むことも重要なポイントだ。
前世でクライスは『群雄割拠』に熱中し、どの国を選択してもネット対戦で確実に勝てるほどやり込んだ。世界ランキングは当然1位。
その中でも1番プレイしたのがアレクサンド帝国。竜騎兵という強力なユニットが生産でき、クライスのユニークスキル『魔導具開発』と竜騎兵の組み合わせは相性抜群だ。
ゲームではスタートした時点で皇帝だが、この世界に転生したクライスは皇帝に即位するまでの18年間にできることを全てやった。
まずは魔導具の本を大量に読み漁って、ユニークスキル『魔導具開発』のレベルをカンストさせた。クライスは魔導具作りの天才であり、魔導具によって帝国の戦力を大きく底上げすることができる。
ゲーム知識を活かして、ネームドキャラたちと早期から接触して人脈作りにも励んだ。クライスというキャラは武人タイプではないため、アレクサンド帝国が戦争に勝つには優秀なネームドキャラを取り込む必要がある。
アレクサンド帝国の国力を上げるために、これもゲーム知識を使って、帝国各地に眠る鉱脈を開発することを父親である前皇帝に提言した。何故そんなことを知っているのかと疑われることは解っていたから、地質学を学んで知識の裏づけをした。
周りの反応は半信半疑という感じだったが、鉱脈が発見されると誰ものクライスの言葉を疑わなくなった。金と銀にミスリルの鉱山を開発することで、アレクサンド帝国は大きく潤うことになる。
そしてもう1つ。とあるイベントをクリアし、手に入れたアイテムと鉱山開発で得た資源と財を使って、強力な武器になる魔導具を量産した。
クライスが18歳になると父親である前皇帝が病気で急死――『群雄割拠』ではそういう設定だったが、現実になったこの世界でも予想通りに全く同じことが起きた。
皇帝に即位したクライスは快進撃を見せて、わずか3年で他の8つの国を全て征服してアルマナを統一した。『群雄割拠』のゲームスタート時点よりも国力と軍事力が高く、世界ランキング1位のクライスが指揮を取っているのだから当然の結果だった。
しかし現実になった世界でアルマナは世界そのものではなく、巨大なガルナシオン大陸の一地方に過ぎなかった。ならば次は大陸統一を目指すかと、クライスは周辺諸国への侵攻を開始する。
それからさらに7年が経ち、アレクサンド帝国は順調に版図を広げている。
「この程度のことで満足しているなんて……随分とヌルい性格をしているじゃない。こんなことじゃ、戦乱の女神様があんたを転生させたのは間違いかも知れないわね」
突然の声に振り向くと、見知らぬ女がいた。
銀色の髪に琥珀色の瞳の美女。頭から山羊のような角が生えており、背中には黒い翼。羽と同じ黒のドレスアーマーを纏い、禍々しい巨大な鎌を手にしている。悪魔もしくは堕天使そのものという見た目だ。
「おまえは……戦乱の女神の使いなのか?」
この世界にクライスを転生させたのは戦乱の女神だ。『群雄割拠』の世界を具現化する代償として、戦争を引き起こして死者の魂を供物に捧げろと言っていたが……
「ご名答。あたしは戦乱の女神様に仕える大天使サキュア。ヌルいことをやっているあんたにハッパを掛けに来たのよ」
「戦乱の女神がこの転生させてくれたことには感謝しているが、俺はやることをやっている筈だ」
「呆れてモノが言えないわね。何を馬鹿なことを言っているのよ。評価するのはあんたじゃなくて戦乱の女神様に決まっているでしょう?」
小馬鹿にしたようなサキュアの態度に、クライスが全身から殺意を放つ。草食系男子が冷徹な殺戮者に豹変した。
「そういうところは悪くないわね。戦乱の女神様があんたを選んだ理由が解ったわ」
クライスには人として決定的に欠けているモノがある。それは倫理観だ。
『群雄割拠』が現実になった世界で戦争を起こせば、たくさんの人が死ぬことは解っていた。だがクライスは一切躊躇うことなく戦乱の女神の誘いを受け入れた。
戦争で人が死ぬのは当然のことで、クライスが断っても戦乱の女神は他の者を転生させるだけだろう。だったらリアルになった世界で戦争を楽しんで何が悪いんだと。
戦場に転がる死体の山を見てもクライスの心は痛まなかった。むしろ自分の命令で帝国軍が大量の敵を殺し、征服した国を根こそぎ奪うことに快感を覚える。
前世のクライスは生まれつき身体が弱く、死ぬまでの大半の時間を病院で過ごした。周りの人間の憐れむような視線が嫌いで、ゲームだけが唯一の救いだった。
前世では何もできない理不尽な人生を過ごしたが、転生して力を手に入れた今は自分の思い通りにできる。リアルな戦争という他に類のない最高のゲームの味をクライスは憶えてしまった。
「あんたも今のままじゃ、大陸統一なんて難しいことは解っているんじゃない?」
アキュアの言葉は図星だった。ガルナシオン大陸にはアレクサンド帝国以上の大国が複数存在する。それにこの世界には『群雄割拠』には存在しなかった強大な力を持つ人外の種族がおり、それらの勢力も決して侮れない。
このまま侵攻を続ければそれらの勢力との衝突は必須だが、冷静に判断すればアレクサンド帝国が優勢とは言い難い。
「そんなあんたに朗報があるわ。大陸の南、グランテリオ王国という小国にダンジョンがある。人間たちはありふれたダンジョンだと思っているけど、戦乱の女神様が具現化させた世界最凶のダンジョンよ」
アキュアが嘲るような笑みを浮かべる。
「そこには強大な魔物たちが巣食い、それに相応しい膨大な財宝と強力なマジックアイテムが眠っている。それらを手に入れればさらなる力を得ることができるわ。だけどあんたにとっては、マジックアイテムよりも魅力的なモノがあるわよね?」
魔導具を量産するには膨大な魔力が必要になる。そのためにクライスはあるイベント――アレクサンド帝国にあるダンジョン攻略イベントをクリアして、ダンジョンコアを手に入れた。
ダンジョンコアの膨大な魔力によって魔導具の量産が可能となり、その後も征服した国のダンジョンでダンジョンコアを手に入れて、魔導具の生産数を増やしてきた。
世界最凶のダンジョンなら、ダンジョンコアも強大な魔力を持っている。手に入れることができれば、もっと強力な魔導具を作ることができる筈だ。
これが戦乱の女神の甘言なのは解っている。ダンジョンコアを手に入れためには、世界最凶のダンジョンを攻略する必要がある。
戦乱の女神にとってはクライスが他国を侵略して人を殺すことも、ダンジョンの魔物が人を殺すことも同じことだ。クライスがダンジョンの攻略に失敗すれば、弱者として切り捨てるだろう。
それでも勝算はある。配下のネームドキャラたちや、魔導具で強化した帝国兵が数でものを言わせれば、大抵の魔物なら仕留められるだろう。最強のダンジョンの完全攻略が難しくても、手に入れたアイテムと財で帝国軍を強化することができる。
「良いだろう……どうせならグランテリオ王国ごとダンジョンを手に入れて、根こそぎ奪ってやる!」
「クライス、それでこそ戦乱の女神様が見初めた者ね……あんたが最凶のダンジョンを攻略して、新たな力で大陸中を血に染める日を楽しみしているわ!」
※ ※ ※ ※
アキュアは天界に戻ると、主である戦乱の女神に報告する。
「クライスを上手く踊らせることはできましたが、本当にダンジョンを攻略させてよろしいんですか? あのダンジョンを具現化した目的は魔物の暴走を起こすためではないのですか?」
「別に構わぬ。いつ起こるかも解らぬ魔物の暴走を待っているよりも、クライスに侵略させた方が手っ取り早い。それに奴がダンジョンの攻略に失敗したとしても、大量の人間が死ねば魔物の暴走の引き金になる」
ダンジョンの攻略が進まないことで、余った大量の魔力によってダンジョンコアが暴走して魔物の暴走が起きる。だがあまり知られていないが、ダンジョンの魔物が人を殺すことによってもダンジョンコアに魔力が貯まるのだ。
冒険者が魔物を殺して経験値を得るように、ダンジョンコアは魔物が殺した人間のレベルに応じて魔力を得る。冒険者がダンジョンで死ぬくらいではたかが知れているが、クライスが帝国軍を投入して大量の死者が出れば、膨大な魔力によって魔物の暴走が起きる可能性は高い。
つまりクライスがダンジョンを攻略して新たな力を得れば戦争が激化し、攻略に失敗しても大量の兵士が殺ねば魔物の暴走が起きる。どちらにしても戦乱の女神が望む報告に事態が進む。
「そういうことですか……でしたら、あたしはクライスが投入する戦力をケチらないように監視しておきます」
これから始まるであろう血の狂乱に、アキュアはほくそ笑んだ。




