4話:立ち合い
『ラストダンジョン』の中を映像で確認して、気づいたことがある――最下層に近い階層ほど、魔物の数が増えている。
これだけの数の魔物が出現するように設定した憶えはない。特に最下層の魔物は異常な数だ。
「メイ、どうしてこんなに魔物の数が多いんだ?」
「ラスボスの部屋を見れば理由が解るわ」
メイに促されてラスボスの部屋を映像に映すと、広い部屋の床が眩しく光っている。勿論こんな演出をした憶えはない。
「あの光は地下にあるダンジョンコアから溢れ出した魔力よ。魔力が溜まり過ぎて、ダンジョンコアが暴走しているの」
映像で確認したけど、このダンジョンは比較的浅い階層しか攻略されていない。多くの階層が手つかずだから、本来は倒された魔物を補充するための魔力が余っている。長年蓄積された膨大な魔力のせいで、ダンジョンコアが暴走を始めたらしい。
暴走の影響はダンジョンコアに近いほど出ているらしく、最下層の魔物の数が異常に多いのはそのためだ。
「エイジ君がこの世界に転生したときに『ラストダンジョン』も出現したの。17年分の魔力が蓄積されたら、ダンジョンコアが暴走しても仕方ないわ」
「だけどこのまま魔物が増え続けたら……ダンジョンから溢れ出して魔物の暴走が起きるんじゃないか?」
「戦乱の女神がエイジ君を無理矢理転生させたのは、それが狙いじゃないかしら?」
俺がダンジョンマスターにならなくても、ダンジョンから魔物が溢れ出せばたくさんの人を殺すことができる。戦乱の女神が考えそうなことだな。
全部思い出したことで、俺はこの世界は戦乱の女神の悪意に満ちていることに気づいた。世界中で戦争や種族同士の争いが起きている上に、その頻度がハンパない。戦乱の女神が争いが起きるように仕向けているんだろう。
「メイ、魔物の暴走がいつ頃起きるか解るか?」
「さすがにそこまでは……だけど魔物が増えるペースから考えると、数ヶ月以内ってこともワンチャンあるわね」
だからときどき入れるギャルっぽさは要らないから! だけどあまり悠長なことは言っていられないな。何か対策を考えないと――
戦乱の女神にダンジョンマスターとして転生しろと言われたとき、ただ漠然と人を殺したくないと思って断った。だけど今は違う。
エイジ・マグナスとして生きた17年間で知り合った人は少なくない。ガイアみたいな奴もいるけど、そんな奴ばかりじゃない。この世界で出会った人たちを俺は死なせたくないと思う。
まずはエディットツールで魔物を弱体化させることを考えた。だけど創造できる魔物の強さと階層は迷宮制作スキルのレベルで決まる。今の俺に創造できるのは3階層までと、そこに出現するレベルの魔物だ。
これじゃいつになったら最下層付近の魔物を創造できるようになるか解らないし、出現済みの魔物の能力を変更することもできなかった。他の対策を考えるしかないな。
※ ※ ※ ※
迷宮制作師として生活を始めてから1週間が過ぎた。俺は相変わらず制作室から出ることができない。それでも生きるのには全然困らない。いや、むしろ俺はかなり快適な生活をしている。
「エイジ君、チーズケーキを焼いたから食べない?」
焼けたチーズの香ばしい香り。料理や家事などの身の回りの世話は、全部メイがやってくれる。食料や飲み物はどういう仕組みか解らないけど、何故か自動的に補充される。
メイが無理してやっていたギャルっぽい言動は、俺はリアルなギャルが好きな訳じゃないと説明して止めて貰った。
見た目はアニメのキャラのように可愛い女の子だけど、メイの身体は金属製で硬んだよな……いや不可抗力で触ってしまっただけで、邪な気持ちは一切ないからな!
「どこ触っているの? エイジ君のエッチ!」
メイにニマニマしながら言われたときは、メチャクチャ凹んだけど……
いや、話を戻そう。冒険者が死ぬと経験値が入る鬱仕様のおかげで、俺のレベルは勝手に上がっていく。レベルアップしてステータスが伸びると、俺の身体つきも変わっていった。
どういう訳か迷宮制作師はステータスの伸びがハンパない。どのステータスも、そのステータスをメインとするクラスと同じくらい伸びる。HPと力と防御力は戦士並みに、MPと知力と魔法耐性は魔術士並みに、器用さと素早さは盗賊並みに伸びるってことだ。
「エイジ君、今日も私が相手になってあげるわ。『拡張空間』!」
メイの特殊能力で制作室が体育館ほどの広さになる。
ダンジョンの映像を眺める以外にやることがないし、新しい身体の使い方を覚えるために鍛練を始めたら、メイの方から立ち合いに誘って来た。
制作室に武器はないから素手同士の殴り合いだ。メイはゴーレムだから身体自体が凶器だけど。
迷宮制作師の俺には戦闘スキルがない。戦闘は戦士系クラスが習得するスキルで、物理戦闘における命中力、回避力、ダメージがスキルレベルに応じて増加する。
リアルになったこの世界では、戦闘スキルによって戦闘に適した動きが自然にできるようになる。他にも戦闘スキルのレベルが上がると固有能力と呼ばれるクラス特有の派生スキルを習得する。
物理戦闘では戦闘スキルの有無で雲泥の差が出る。それでも俺は戦士だった頃の戦い方を覚えているから、それなりには戦える筈だ。
「じゃあ、行くわよ!」
この1週間でレベルが上がって、俺のステータスは8レベルの戦士だったエイジ・マグナスをすでに超えているのに、メイは一瞬で俺の懐に飛び込んで拳を振り抜く。何とかギリギリで躱すと、続けざまに鋭い蹴りが跳ぶ。
腕をクロスして受けると、メイの見た目に反した重い蹴りに身体ごと弾き跳ばされる。背中から思いきり壁に叩きつけられて、痛みで息ができない。
「エイジ君の実力はこんなものなの? 早く立ち上がりなさい」
メイが人差し指で手招きしながら挑発的な笑みを浮かべる。メイの実力は底が知れない。俺の実力に合わせて手加減していることは解っている。
俺のレベルがもっと低い頃から、俺がギリギリ反応できるスピードで戦っていた。メイが本気を出したら、俺はとうに殺されているだろう。
「勿論、これで終わりにするつもりはないよ!」
どうすればメイに一撃を入れられるか、頭をフル回転させて考える。格上相手に戦うことには慣れているんだよ!
エイジ・マグナスとして生きた17年間は無駄じゃない。ステータスが低かった俺は、どうすれば格上の相手と渡り合えるか必死に考えて来た。
自分に有利で相手には不利な間合いと位置取りに、仕掛けるタイミング。今でもその経験が活きている。
メイと組手をすると経験値が入るのは、彼女が仕える女神の恩恵らしい。メイの攻撃を躱したり受け止める度に経験値が入る。俺の攻撃が当たれば結構な経験値だ。
だからメイの身体に触ったのは不可抗力だって言っているだろう? 胸に当たったのだって偶然だし、メイの身体は金属製だから痛いだけだからな!




