32話:スタンピード
「その紙は全部持っていって構わないよ。時間を掛けて検証してくれ」
「え……こんな貴重なモノを持ち出して良いの? 私たちが他の冒険者に見せるかも知れないじゃない」
「別に構わないよ。他の冒険者が強くなって俺が困ることはないからね。さすがに『殲滅旅団』には見せたくないけど、みんなもそんなつもりはないだろう?」
「勿論だけど……他の冒険者が強くなっても困らないって、エイジは随分余裕ね」
サラが呆れた顔をする。
「いや、そういう意味じゃないんだ。俺たちに敵対しないなら他の冒険者にもっと強くなって欲しい理由があるんだ」
ローズたちを制作室に連れてきたもう1つの理由だ。俺はスクリーンに最下層の映像を撮す。
「な、何なのよ、この物凄い数の魔物は……」
「数だけじゃない……見た目だけで桁外れに強いことが解るわ。これって……」
「最下層の魔物だよ。『ラストダンジョン』を作った俺が言えた話じゃないけど、事実として伝えておく。このダンジョンは比較的浅い階層しか攻略されていないから、魔物を補充するための魔力が余っているんだ。長年蓄積された膨大な魔力のせいで、ダンジョンコアが暴走している。このまま放置したら魔物が溢れ出すだろう」
俺は魔物の暴走が起きる可能性が高いことを説明する。
「魔物の暴走って聞いたことはあるけど……もしそんなことになったらクランベルクの街はどうなるの?」
「一瞬で滅びるだろうな。勿論そんなことにならないように俺はダンジョンの攻略を進めているんだ。俺がソロで挑んでいるのも、ダンジョンの知識を活かして攻略を早く進めるためだ。その成果があって、魔物が増えるペースが落ちているんだ」
メイに言われて最下層付近の映像を頻繁に見るようにしたら俺にも実感できた。魔物が増えるペースは確実に落ちている。だけどまだ増えなくなった訳じゃない。
「エイジ、冒険者全員が協力すれば……」
「ローズ、それは無理よ。この光景を見ていない冒険者が魔物の暴走が起きるなんて信じる筈がないわ。エイジもそう思ったから、今まで話さなかったのよ」
「その通りだ。だけど俺だって自分1人でできることが限られているのは解っている。だから情報を提供する見返りとして、みんなもできるだけ早く攻略を進めて欲しいんだ。勿論無茶はしないでくれよ。死んだら元も子もないからな」
「別に異存はないけど……エイジ、その言い方はズルいわ。もう見返りを得た形にして、これだけ凄い情報の対価を私たちに要求しないつもりでしょう?」
やっぱりサラに誤魔化しは効かないな。
「俺は対価に興味がないんだ。これまでに倒した魔物からドロップしたコインだけで金には困らないからね。だけどみんなにはもう1つ要求したいことがあるんだ。ダンジョンを攻略するときにこれを使ってくれないか」
俺は収納庫から6つのブレスレットを出す。
「このブレスレットには経験値が増加する効果がある。アイテムの力で強くなるなんて嫌かも知れないけど、みんなが早く強くなってくれた方が、俺としてもダンジョンの攻略が進んで助かるからね」
「そんな貴重なアイテム……受け取れる筈がないでしょう?」
「そんなこと気にする必要はないよ。俺はもう限界まで経験値増加効果のあるアイテムを使っているから余っているんだ。アイテムの効果で早く強くなっても、みんななら変な錯覚はしないだろう? 『死神』の奴らがこのまま大人しくしているとは限らないし、自衛のためにもみんなには強くなって欲しいんだ」
「エイジって本当にズルいわね……色々と回りくどいことを言っていたけど、私たちが強くなることに協力してくれる一番の理由は、私たちのことが心配だから自分の身を守れるようにするためでしょう」
「いや、別にそんなことは……」
「エイジ、誤魔化しても無駄よ。それくらい私にも解るわ……エイジ、私たちのためにここまでしてくれてありがとう。エイジがしてくれたことを無駄にしないためにも絶対に強くなるわ!」
ローズが嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「ついでの理由かも知れねえが、俺たちが強くなって早く攻略を進めれば、魔物の暴走を止めるために協力することにもなるんだろう。エイジがしてくれたことに少しでも報いるために俺も頑張るぜ!」
ラウルが親指を立ててニヤリと笑う。これ以上俺に気を遣わせないために、わざとお道化て見せているんだろう。
「俺の目的が魔物の暴走を止めることなのは本当だからな。自分が作ったダンジョンの魔物が暴走して、たくさんの人が死ぬなんて……そんなことは絶対にさせない」
「確かに最下層の光景を見たら、とても楽観視できるような状況じゃないわね。エイジのことを疑う訳じゃないけど、魔物の暴走を止める算段は立っているの?」
「時間との勝負になるけど、俺はそこまで悲観的に考えていないんだ。『ラストダンジョン』の情報を全部知っているのが一番の理由だけど、俺には迷宮制作者としての力がある」
「ダンジョンの構造を変えたり、魔物を配置できる力のこと? 使い方次第で攻略を早く進められるかも知れないわね」
「いや、それは迷宮制作者の力の一部なんだ。迷宮制作者のスキルのおかげで――」
言葉が途切れたのは、突然金縛りのように身体が動かなくなったからだ。
「エイジ君、それ以上話したらダメよ。言い忘れていたけど、女神様の禁則事項に触れるわ」
メイがドヤ顔で言う。いや、だったら先に言ってくれよ! それにしてもメイが何か力を使ったのか? 制作室の空間を広げる『拡張空間』もそうだけど、メイは俺の知らない能力を持っている。
「あんた……エイジに何をしたの?」
何かあったと察したローズとラウルが俺を庇うようにメイの前に立つ。ヤバい、早く止めないと! だけどメイの能力のせいで動けない。
「これは私とエイジ君の問題だから、貴方たちには関係ないわ」
メイが鼻で笑う。
「何よ、その言い方……エイジのお世話をしているって言っていたけど、あんたとエイジってどういう関係なの?」
いや、なんか変な方向に話が進んでいるんだけど。
「私とエイジ君は……人には言えない特別な関係よ」
おい、何を適当なことを……
「ふーん……とてもそんな感じには見えないわね。貴方は只のお世話係なんじゃないの?」
サラが冷ややかな目でメイを見る。一触即発の空気――それを壊したのは俺だ。
「……おい、メイ……冗談は止せ……」
「エイジ君、嘘……」
メイが唖然としているのは、俺が無理矢理動いたからだ。喋る度に、動く度に物凄い激痛が走るけど身体を強引に動かす。
「解ったわよ……エイジ君、仕方ないわね」
メイが能力を解くと俺はその場に蹲る。
「「「エイジ!」」」
ローズたち3人が俺に駆け寄って、ローズとサラが回復魔法を掛ける。
「あんた……ここまでするなんて、どういうつもり?」
ローズがメイを睨みつける。
「ローズ、良いんだ。ダメージが出たのは俺が強引に動いたからで、メイが悪い訳じゃ……いや、力づくで止めたメイも悪いだろう! 喋っちゃいけないことがあるなら先に説明してくれよ」
「エイジ君、そこはゴメン……」
メイにしてはめずらしく、ちょっと申し訳なさそうな顔をする。
「……だけど、どうしてあんな無茶なことをしたのよ?」
「メイと喧嘩になったら、ローズたちがヤバいからな」
「え……エイジ、どういう意味よ?」
今度はローズたちが唖然とする。
「そのままの意味だよ。信じられないかも知れないけど、こう見えてメイは俺よりもずっと強いからな」
今でも俺はメイとの手合わせで勝ったことがないからな。




