31話:情報の価値
「ダンジョンの構造を変えて見せたのは、みんなに俺がどういう存在か解って貰うためで、本題はここからだ。
俺はこのダンジョンの全てを知り尽くしている。これから説明するのは、効率的に経験値を稼いでレベルを上げる方法だ。まずはこれを見てくれ」
俺はエディットツールの画面を空中に出現させて、ローズたちが攻略中の11階層の平面図を表示する。
「これって……ダンジョンの地図よね。それも私たちが攻略している11階層じゃない」
「その通りだよ。人型のマークがあるところに魔物が出現して、バツ印のところにトラップがある。必要なら後でメモを取ってくれ」
ローズたち3人は真剣な顔で画面を見ている。
「次にこれが11階層に出現する魔物のリストで、こっちが個々の魔物のデータだ。魔物のステータスと使える魔法とスキル、物理攻撃とブレスなんかの特殊攻撃のダメージの範囲に付帯効果、魔物を倒すと得る経験値が書いてある」
「これって……全部正確な情報なの?」
「全ての魔物を検証した訳じゃないけど、少なくとも俺が戦ったことがある魔物はエディットツールの設定通りだったよ。
次に物理攻撃で与えられるダメージだけど、力と戦闘スキル、使っている武器から計算するんだ」
俺は計算式を書いて説明する。実際に与えられるダメージは、そこから魔物の防御力によるダメージ減少を引いた数字になる。そっちも計算式で説明する。
「魔法で与えられるダメージも同じように知力と魔法スキルのレベルと使う魔法の威力、魔物の魔法抵抗力から計算できる。
それぞれの魔物のステータスと与えられるダメージが把握できれば、最適な攻撃方法が選択できるし、何回の攻撃で仕留められるか計算できるだろう」
武器や魔法で与えられるダメージと魔物のHPは完全な固定値じゃなくて幅があるけど、一定の範囲に収まる。ブレ幅を計算に入れておけば問題ない。
「全部解っているなら戦闘の効率も上がるし、安全マージンを確実に確保できるわね……」
サラは情報を整理するのに夢中だ。
「ここに書かれている魔物が与えるダメージは、魔物のステータスとスキルレベルで計算した数値が加算済みってこと? それともさらに加算されるの?」
「加算済みの数値だよ。魔法やブレスなんかの特殊攻撃は自分で計算する必要があるけど、俺たちが与えるダメージと同じ計算式だから簡単に計算できるよ」
自分が作ったダンジョンを知り尽くしているのは当然だ。その知識を利用してレベルを上げるなんてチートで、俺の実力は偽物だと罵られる覚悟をしていた。だけど想像していたような反応じゃない。
「エイジ……これを全部憶えろってこと?」
ローズが絶望的な顔をする。ローズは感覚的に行動するタイプだから苦手意識があるんだろう。
「今攻略している階層の魔物だけを憶えれば良いし、自分の攻撃パターンだってある程度限られるだろう。そこまでたくさん憶える必要はないよ」
「エイジ君、必要なデータを印刷して渡してあげたら?」
声と共にメイが現れる。自分がいると余計に説明することが増えるから、隠れてタイミングを測っていたんだろう。
「エイジ、この人は……誰?」
みんなが訝しそうな顔をする。水色の髪でメイド服の美少女がいきなり登場したら不審に思うのは当然だろう。
「ああ、彼女は……」
「エイジ君、自分で説明するわ。私はエイジ君のお世話をしているメイよ。よろしくね」
メイはドヤ顔で言うと俺の腕に抱きつく。いや、何をしているんだよ? 説明が中途半端だし、ローズとサラがジト目で見ているだろう。
「みんな、何か誤解しているみたいだけど、メイは制作室の管理をしているメイドゴーレムなんだ」
「メイドゴーレムって……エイジにはそういう趣味があるってこと?」
サラの目が冷たい。そういう趣味ってどういう意味だよ?
「メイは俺に迷宮制作者の力を与えた女神に仕えているんだ。メイを作ったのは俺じゃないよ」
「エイジ君は必死に言い訳しているように見えるけど、どうしてこの人たちに言い訳する必要があるの?」
俺に抱きついている腕にメイが力を込める。メイの身体は金属製だから痛いんだけど。ローズとサラの顔から表情が消える……完全に疑っているよな。
「メイ、わざとやっているだろう? 話がややこしくなるし、そろそろ離れてくれないか。ローズとサラもメイの話は後にして本題に戻らないか?」
メイが仕方ないという感じで俺から離れる。ローズとサラはまだ納得していないみたいだけど、話を聞く気になったみたいだな。
データを印刷して渡せと言っていたけど、エディットツールにそんな機能があるのか? この世界にも印刷物はあるけど技術レベルは活版印刷までだ。
「エイジ君。はい、プリンター」
メイが持って来たのは家庭用の複合機型プリンターだ。併設されたキッチンにオーブンレンジや冷蔵庫があるんだから、プリンターがあっても不思議じゃない。だけどどうやって印刷するんだ?
「エディットツールやスクリーンの使い方から想像できるわよね?」
いつも思うけど、メイって俺の心が読めるのか? イメージしてみると、プリントスクリーンの要領でエディットツールの画面がそのまま印刷された。これって紙やインクが自動的に補充されるパターンか?
やり方が解ればそんなに時間は掛からない。俺は11階層に出現する全ての魔物のデータを印刷する。魔物のデータはグラフィックつきで体長も書かれているから、初見の魔物も判別できるだろう。
「ここまで精巧に印刷できるなんて……必要な情報が全て書かれているわね。エイジ、助かるわ」
最初だから俺が魔物の1体を選んで、仮想の20レベルの戦士のステータスとスキルと装備を決めて、それぞれが与えられるダメージを計算する。
「実際に計算しているところを見せて貰うと解りやすいけど……11階層の全部の魔物で計算するのよね?」
「ローズ、ただ計算するだけじゃないわ。ローズの場合は、剣を片手に持つときと両手で待つとき、盾で殴るときもあるでしょう。それぞれの魔物に対して、最適な戦い方を検証する必要があるわ」
「え……そこまでするの?」
「ええ、本気で強くなりたいならね。これだけの情報をエイジが提供してくれたのよ。エイジの気持ちを無駄にするつもり?」
「無駄になんて絶対にしないわ! エイジ、私も頑張るからね!」
ローズが俄然やる気になった。人には向き不向きがあると思うけど、サラはローズを甘やかすつもりはないみたいだな。
「自分が作ったダンジョンの情報を知っているのは当然だ。その情報を使ってレベルを上げるなんて卑怯だと思わないのか?」
俺が疑問に思っていたことを口にすると、サラが呆れた顔をする。
「私たちが軽蔑するとか幻滅するとか言っていた理由はそういうこと。エイジ、貴方はこの世界に無理矢理転生させられたのよね。だったら自分の知識を活かして何が悪いの?」
サラの言葉にローズとラウルが頷く。そうか……みんなは俺がやっていることを否定しないんだな。
「エイジが提供してくれた情報を、私たちが使うことに抵抗がないと言ったら嘘になるわ。だけど強くなる方法を教えて欲しいと言ったのは私たちよ。
それに確かに凄い情報だけど情報なんて使い方次第じゃない。下手な使い方をしたら毒にさえなるわ」
「サラ、それってどういうこと?」
「たとえば情報に頼ることに慣れてしまったら、情報のない初見の敵と戦うときに上手く対応できなくなる。
だから最初は自分たちの力で戦って、ある程度勝てるようになってから効率を上げるために情報を使うとか、自分たちで制約を設ける必要があるわね」
「確かにその通りね……エイジも同じことをしているの?」
「いや、俺は魔物のデータを全部憶えているし、最適な戦い方を散々シミュレートして試したからな。初見の魔物なんて存在しないんだ」
その代わりにステータスに頼るんじゃなくて、ステータスを活かした戦い方を常に心掛けている。ローズたちに偉そうに言うようなことじゃないけど。
みんなにダンジョンの情報を提供することに、俺はサラと同じ危惧を抱いていた。だけどどうやら杞憂だったみたいだな。
「全部憶えていて散々シミュレートしたとか……エイジ以外の人が迷宮制作者だったら絶対にそこまでしないわよ。エイジのことだから初見の相手と戦うときのシミュレーションもしているんじゃない?」
まあ、否定はしない。事前に全部シミュレートするのは、常にリスクを抱えて仕事をしていたブラック企業のサラリーマンだった頃からの習慣みたいなモノだからな。




