29話:本気
朝飯を食べながら、制作室とメイのことをローズたちに話して構わないか改めて確認する。昨日念話で伝えたけど、きちんと確認した訳じゃないからな。
ちなみに朝飯のメニューはフレンチトーストにハムエッグ、シーザーサラダに牛乳とオレンジジュース。これで弁当まで作ってくれるんだからメイには感謝しかない。
「その話は昨日も聞いたけど、エイジ君が誰に何を話しても私は困らないわ。私はエイジ君と違って制作室から出ることはないから、何か困ることがあると思うなら逆に訊きたいわよ」
「だけど言葉だけで理解するのは難しいから――」
俺はローズたちに説明するときに想定していることを伝える。
「エイジ君がそうしたいなら私は構わないわよ。もし何かあったとしても対抗策を用意しているから問題ないわ」
確かにメイなら対抗策くらい用意しているだろう。
「メイ、ありがとう。メイのおかげで俺はダンジョンの攻略に集中できるし、ローズたちのことも助けられた。今回のことだって本当に感謝しているんだ」
「何よ……エイジ君がそこまで素直に言うなんて、どういう風の吹き回し?」
メイの顔が何故か赤い。メイでも照れることがあるんだな。
「夕方から冒険者たちに会うなら、夕ご飯は食べて来るってことよね。帰ってから夜食は食べるの?」
メイの方から夕飯がいらないか訊くなんて、初めてじゃないか?
「できれば夜食をお願いしたいな。メイが作ってくれるお粥は最高だから」
「今日のエイジ君は本当に口が上手いわね……解ったわよ」
意外とチョロいと思ってしまったことは絶対に言うつもりはない。
※ ※ ※ ※
今日の攻略を終えて、午後6時過ぎに冒険者ギルド向かう。冒険者ギルドに着くと私服姿のローズがホールで待っていた。ラウルとサラの姿はない。
襟付きの白いシャツにベストとズボンにブーツと、まるで男装のような格好。いつも装備を着けているせいで気づかなかったけど意外と……いや、ダメだろう! 女の子は視線に敏感だって話だし、慌てて視線を逸らす。
「ローズの私服を初めて見たよ。良く似合っているな」
「あ、ありがとう……でも動きやすい服しか持っていないから、男の子みたいよね?」
ローズが髪の毛を弄りながら恥ずかしそうに言う……前世でアラサーのサラリーマンだった俺でも、可愛いと思ってしまうのは仕方ないだろう。
「そんなことはないよ。ローズは可愛い女の子だから……」
自分で言いながら恥ずかしくて思わず目を逸らす。精神的にはオッサンなのに、俺は何をやっているんだ!
「可愛いって……ね、ねえ、エイジ。今日の話はここで話すような内容じゃないわよね? これから私たちの家に移動するわ」
顔を赤くしたローズが誤魔化すように速足で歩きだす。俺としても助かったな。他の冒険者たちに思いきり見られたけど、変な噂を流したら容赦なく報復すると睨みつけておく。
ローズとラウルとサラは家を借りて3人で一緒に住んでいるらしい。冒険者ギルドから10分くらい歩いて、広い庭がある一軒家に案内される。邸宅と言うほどじゃないけど2階建ての立派な建物だ。
前世でブラック企業のサラリーマンだった俺は、他人の家に招かれることなんて滅多になかったからちょっと緊張する。
「エイジ、よく来たな。自分の家だと思って寛いでくれ」
家の中でラウルとサラが待っていた。ラウルとサラも私服姿だ。ラウルはシャツ一枚にズボンというラフな格好。サラはレモンイエローのブラウスにロングスカート。サラは普段から軽装だから解っていたけど……いや、意識したらダメだ!
リビングダイニングに通されると、テーブルの上に美味そうな料理の皿とグラスが置かれいる。
「ところで……エイジ、ローズと何かあったの?」
サラが冷ややかな目で見る。
「サ、サラは何を言っているのよ!」
ローズは顔を赤くして慌てているけど。
「そうだよ。何かある筈がないだろう?」
俺が態度や表情に出さずに誤魔化せたのは、恋愛経験が豊富だからという訳じゃない。前世でブラック企業のパワハラ上司やカスハラ顧客の対応で散々鍛えられたからだ。今だけはブラック企業に感謝したい!
「ふーん……まあ良いわ。エイジ、夕ご飯はまだでよね? まずは食べてからにしましょう」
エールで乾杯して食事を始める。料理は肉と魚に野菜がバランス良く使われていて、味付けも絶妙で美味い。
「本当に美味いな。これって……」
「私が作ったのよ。意外? 外食ばかりだと栄養が偏るから」
サラは素っ気なく答えるけど口元が笑っている。ローズとラウルは料理が苦手だから、家で食べるときはサラが3人分作っているそうだ。
一通り料理を食べて腹が一杯になる。サラが作った料理はお世辞抜きで全部美味かった。ローズとラウルも良く食べるし、俺たちの食べっぷりにサラも満足そうだ。
「それで、俺に訊きたいことって何だよ?」
だいたい予想はついているけど。
「その話をする前に……エイジ、私ともう一度模擬戦をしてくれない?」
「エイジ、今回は俺とも戦ってくれねえか?」
ローズとラウルが真剣な顔をする。何か理由がありそうだから、俺は申し出を受けることにした。
俺たちは庭に移動する。この家の敷地は高い塀に囲まれていて、庭で戦っても外から見られることはない。
土が踏み固められているから、普段からローズたちはここで鍛錬や模擬戦をしているんだろう。
まずはローズの相手をする。
「エイジ、手加減なしで本気で戦ってよ!」
「解った。ローズも固有能力を使って構わないからな」
聖騎士の固有能力『聖光剣』は光の刃を伸ばして戦うけど、ローズなら長さのコントロールくらいできるだろう。
俺は『収納庫』から2本の剣を取り出す。
「『死神』と戦ったときも剣を2本使っていたわよね。いつの間に二刀流にしたの? ソロだと手数が必要だから?」
「理由はその通りだよ。二刀流にしたのは1ヶ月くらい前かな。じゃあ、さっそく始めようか」
「ええ。こっちも最初から全力で行くから!」
ローズが地面を蹴って加速する。左右にステップを踏みながら距離を詰めると剣を一閃。俺は左の剣で受けると同時に右の剣を叩き込む。ローズが盾で受けると、そのまま振り抜いて身体ごと弾き飛ばす。
横向きに飛ばされたローズは空中で回転して足から着地する。さすがはローズだけど本気で戦うって話だから、体勢を整える前に一瞬で距離を詰める。
「嘘……『聖光剣』!」
至近距離から高速で伸びる光の刃を最小限の動きで躱すと、ローズの喉元に剣を突きつける。
「エイジ、悔しいけど私の完敗だわ……」
ローズは奥歯を噛みしめる。ここは下手な言葉を掛けるべきじゃないだろう。
「固有能力を使ってもローズが手も足も出ねえって……『死神』との戦いのときも思ったが、エイジはどれだけ強くなったんだ?」
次の相手はラウルだ。両手持ちの大剣にフルプレートと一見パワー極振りのように見えるけど、ラウルの動きはローズよりも速い。戦士と盗賊のマルチクラスだからだ。
盗賊スキルの邪魔にならないように、ラウルはフルプレートの隙間に布を挟んで音が出ないようにしている。こういう細かいところもラウルらしくないと思うかも知れないけど、それだけ冒険者として経験を積んでいるってことだ。
「ラウルも固有能力を使って構わないからな」
「解っているぜ。エイジが相手だとそれくらいしねえと戦いにならねえだろう」
ラウルはゆっくり歩いて距離を詰めて来る。間合いを測って一気に加速するつもりだろうけど、俺は加速して距離を詰める。
ラウルが反応して横向きに跳ぶ。俺は地面を蹴って動きを合わせる。ラウルに追いついて右の剣を叩き込むと、ラウルが大剣で受ける。俺はそのまま力を込めて大剣を押し退ける。
「腕一本で大剣を押し退けるだと……エイジはどういう力をしていやがるんだ?」
ラウルが後ろに跳んで距離を取ろうとするけど、俺は一瞬で距離を詰める。
「スピードもパワーも通用しねえか……こいつが俺の切り札だぜ! 強化連撃』!」
ラウルの大剣が速度と威力を増すと、それを上回る速度と威力で弾き跳ばす。大剣が宙を舞って地面に突き刺さる前に、俺は眼前に剣を突きつけた。
「これでもエイジには通用しねえか……」
ラウルは悔しそうだけど素直に負けを認めた。家の中に戻った俺たちは酒を飲みながら話をする。
「前に戦ったときは如何にも我流って感じで荒かったけど、今のエイジの剣は洗練されているわね。だけど型に嵌まっている訳じゃなくて、良い意味で荒々しさが残っている感じだわ」
「ローズは良く見ているな。俺は意識的にそういう剣を目指しているんだ」
基本は大事だけど型に嵌まったら格上相手には通用しない。メイに一撃を入れるために俺は毎日試行錯誤している。
「正直ここまで圧倒されるとは思わなかったぜ。エイジ、本当のことを言ってくれねえか。まだ全然本気じゃねえだろう?」
ローズとラウルが真剣な顔で俺を見る。
「悪かったよ……だけど力をセーブしただけで手を抜いた訳じゃないんだ」
別に自惚れるつもりはないけど、今の俺が本気で戦ったらローズとラウルを殺してしまうからな。
「エイジの成長速度が普通じゃないのは、私じゃ想像できないくらい努力しているってことよね? 私だってもっと強くなりたいの。だから図々しいことは承知の上でお願いするわ。エイジ、どうすれば強くなれるか教えてくれない?」
「エイジ、俺からも頼むぜ! 今回のことで痛感したが、俺たちはまだまだ実力不足だ。『殲滅旅団』みたいな奴らの好きにさせないために、強くなる方法を教えてくれねえか?」
ローズとラウルが頭を下げる。俺がやっていることはチートだから、ローズたちに胸を張れるモノじゃない。だけど俺なりに努力して来たつもりだし、ローズたちが強くなりたい気持ちは解る。
「私もエイジに魔法で負けたことが悔しい……『死神』のブライを瞬殺した『放電』の威力を見れば、エイジの方が魔術士としても格上なのは解るわ。ねえ、エイジ。私にも強くなる方法を教えてくれないかしら?」
サラの本気が伝わって来る。俺はローズたちが俺の正体を疑っている可能性を考えていた。こんな短期間に強くなったんだから、何かあると思うのは当然だろう。
だけどローズたちは俺を疑っている訳じゃない。それだけの努力をしていると認めてくれて、自分たちも俺のように強くなりたい思っている。だったら……




