28話:誘い
「ちょっと待ちなさい。貴方たちにもう少し話したいことがあるの」
俺たちが冒険者ギルド第2支部を出て行こうとすると、ギジェットが呼び止める。ローズたちはあからさまに嫌そうな顔をする。
「もう話は済んだ筈だろう?」
「ここからは私が個人的に話がしたいんだけど駄目かしら?」
「話を聞くかどうかはローズたち次第だな」
ローズたちの反応を確認すると、気は進まないけど話を聞く気はあるみたいだな。
ギジェットに案内されて冒険者ギルドの奥にある応接室に向かう。店仕舞いだと言われて引っ込んだギルド職員たちは、本当に帰ったようで人気はない。
2つあるソファーに俺たち4人が座って、ギジェットは肘掛椅子に座る。
ドレッドヘアで口元に黒子のある美人。正直に言えば、ギジェットの見た目は俺のタイプだ。だけど好みのタイプだろうと、俺は手を抜くつもりはない。
「まずは『死神』がしたことを私からも謝らせて。ライゾウたちがしたことは絶対に許されることじゃないわ」
ギジェットが頭を下げる。本心は何を考えているか解らないけど、相手の心を掴むには謝るのは悪い手じゃない。
「『天元突破』の3人には、過去に『殲滅旅団』に誘って断われた後に、うちがしたことも謝らなければいけないわね。幹部の私が知らなかったじゃ済まされないことだわ……本当にごめんなさい」
「過去のことは今さらの話よ。『死神』を監視して何かあれば責任を取らせるって約束さえ守って貰えれば構わないわ」
サラが冷ややかな目で見る。まだ約束が果たされた訳じゃないし、これまでの経緯を考えれば当然の反応だろう。
「サラ、ありがとう。エイジにはアッシュたちがしたことも謝るわ。後で私からきつく言っておくわよ」
「不問にするとは言ったけど、俺を殺そうとしたのにそれだけか? ローズたちのことだって、あいつらは生きて帰す気がなかっただろう」
奴らは冒険者ギルドを密室にして殺す気満々だった。手際の良さを考えれば、これまでも同じようなことをして来たんだろう。
「エイジは殺される気なんて微塵もなかったでしょう? 君の実力なら『殲滅旅団』全員を相手にしても勝てるんじゃないかしら。誰も殺さなかったのは敵対するつもりはないってことよね?」
ギジェットが俺の思惑を探るように、目を細めて妖艶な笑みを浮かべる。
「ねえ貴方たち、『殲滅旅団』じゃなくて私個人と手を組まない? 私なら『死神』を始末しても罪に問われない状況を作れるけど、そのつもりなら初めから死体なんか持って来ないわよね」
ローズたちは何も答えない。ギジェットの狙いが知りたいんだろう。
「勿論『死神』に関する約束は必ず守るけど、あいつらは何をしでかすか解らないわ。何かあったときのために、私とパイプを作っておくメリットはあるんじゃない?」
「何かあったときに、貴方が役に立つ保証がないわ」
サラが冷ややかな目でギジェットを見る。
「そうね。だから私の価値を証明するまで、こっちは何も求めない。私の価値が解れば手を結びたいと思う筈だから」
「随分な自信だな」
「『殲滅旅団』に平然と喧嘩を売った君だけには言われたくないわね」
ギジェットが面白がるように笑う。だけど俺の場合は自信なんて曖昧なものじゃない。制作室の映像で『殲滅旅団』が戦う様子を何度も見ているからな。戦力を冷静に分析して勝てると判断しただけだ。
いずれにしても、ギジェットは信用できない。俺は『死神』の奴らが他の冒険者を殺した映像も何度も見ている。殺したのは『死神』だけど、『殲滅旅団』は証拠がないからとそれを黙認して来た。
ローズたちが『死神』に襲われたとき、他の冒険者が来ないように11階層を封鎖したのも『殲滅旅団』に所属する冒険者だ。今日のことだって、俺たちが弱かったら殺されて闇に葬られていた筈だ。
口では謝ったけど、ギジェットは本気で悪いとは思っていない。こいつらにとって殺しは日常で、バレなければ問題ないと考えているんだろう。俺たちに接触して来たのだって利用価値があると思ったからだ。
「今の時点で何も言うことはないよ。あんたが役に立つことを証明したら考える」
「解ったわ。私に用があるときはブルーム通りにある『灰色フクロウ亭』って酒場で言伝して。貴方たちに連絡するときはどうすれば良いかしら?」
「第3支部に人を寄越してくれ。みんなもそれで構わないか?」
ローズたちが頷く。こっちは別に隠すようなことじゃないからな。
「じゃあエイジ、君たちの役に立つことをかなせず証明して見せるわ」
わざわざ俺を名指ししたのは、ギジェットにとってローズたちはついでってことだ。ローズたちのために俺は『死神』との揉め事に首を突っ込んで、第2支部に乗り込んで喧嘩を売った。だから俺たちの関係を探るためにも一緒に声を掛けたんだろう。
「ねえエイジ、私は君が気に入ったわ。今夜一晩私につき合わない?」
今度はハニートラップを仕掛けて、ローズたちの反応を窺っている。
「いや、遠慮しておくよ。後が怖そうだからな」
「あら残念……気が変わったらいつでも言って。私のベッドは君のために空けておくから」
ローズとサラがジト目で見ているけど、俺は断ったからな。
※ ※ ※ ※
第2支部を後にして、俺たちは血の匂いが残る馬車で移動する。
「エイジはギジェットみたいな人がタイプなの?」
ローズが唐突に言う。
「ローズ、何を言っているんだよ? ギジェットは只の交渉相手だろう」
図星だから内心焦ったけど、正直に言える筈がないだろう。それに俺はギジェットを1ミリも信用していないからな。
「どうかしら? エイジのギジェットを見る目が厭らしかったわ」
「サラ、揶揄うなよ。そんなことより……俺が勝手に『殲滅旅団』に喧嘩を売って悪かったな。とりあえず話はついたけど、下手をしたら殺し合いになっていた」
「エイジは何を言っているのよ。そもそも私たちの我がままでエイジを巻き込んだんだし、エイジのことだから勝算があったのよね?」
ローズの言葉にサラと御者席のラウルが振り向いて頷く。
「力を見せつけるようなやり方をしたのは、下手に手出しできないと思わせるため。一人も殺さなかったは面倒なことにならないためと、相手が交渉に乗りやすくするためね。あそこで誰かを殺していたら、『死神』だけを切り捨てるって話にはならなかったわ」
サラが俺の代わりに説明する。ホント、サラは鋭いよな。
「結局今回も私たちはエイジに頼ってばかりだったわね。ギジェットが話を持ち掛けて来たのだって、目的はエイジでしょう」
ローズが悔しそうに言う。
「ねえ、エイジ……私だってエイジに守られてばかりいるつもりはないわ。私はエイジと一緒に戦いたいの!」
「ギジェットのことは上手く誤魔化されたけど、私も同じ気持ちよ」
サラが真剣な顔で俺を見る。とりあえず、ギジェットのことは関係ないだろう。
「なあエイジ、おまえに色々と聞きたいことがあるって話だが……近いうちに時間を作ってくれねえか?」
御者席のラウルが言う。『死神』との戦いと今回の件で、3人が俺に対して疑問に思っていることは当然あるだろう。どうして俺がここまで強くなったのか?
「そうだな。今日はもうこんな時間だし、明日の夜にでも話をしないか?」
「それってエイジは明日もダンジョンを攻略するってことよね? そういうところ、本当にブレないわね」
サラが呆れた顔をする。『死神』に襲われたとき、サラが『念話の指輪』で自分たちの状況と居場所を教えてくれたから、とりあえず説明する必要がなくなったけど……
俺はローズたちになら本当のことを話して構わないと思っている。




