22話:悪意
※ローズ視点※
「ローズ、そのまま決めちまえ!」
「ラウル、解っているわよ! 『聖光剣』!」
長く伸びた白い光の刃が、灰色のローブを纏うエルダーリッチを切り裂く。
10階層の階層ボスが消滅すると、討伐の証拠になる六芒星のメダリオンと大量の金貨が残る。
「ついにやったな! これで10階層攻略だぜ!」
「ラウル、浮かれている暇はないわ。私たちはもっと上を目指すんでしょう?」
「勿論そうだが、今日くらい構わねえだろう。ローズ、サラ、街に帰ったら、とことん飲もうぜ!」
「まったく……ラウルはしょうがないわね。本当に今日だけよ」
その夜、祝杯を上げた私たちは、次の日から早速11階層の攻略を始めた。あれから2週間――
11階層はこれまでと何もかもが違った。『ラストダンジョン』と呼ばれるこのダンジョンにおいて、10階層までが低層部と言われる比較的攻略し易い階層だ。11階層から魔物の強さが跳ね上がる。
玄室の扉を開けると、黒い翼と山羊の角を生やした巨大な悪魔アークデーモンが現れる。こいつは魔術士第7階梯魔法を放つ上に、魔法抵抗力が高いからこっちの魔法はほとんど効かない。単体で出現するだけあって防御力とHPも高い。
「『多重防壁』! ローズ、ラウル、ここは任せるわ」
サラが放ったのは魔法と物理の両方に効果のある第6階梯防御魔法だ。床を蹴って加速すると、私とラウルはアークデーモンの元に向かう。
アークデーモンが7階梯魔法『魔力爆裂』を放つ。回避不可能な指向性のある魔力爆発が私とラウルを襲う。サラが使うと頼もしい攻撃魔法も、相手に使われると厄介だわ。
「『空間治癒』!」
サラの範囲回復魔法が私たちHPを回復させる。アークデーモンとの距離を詰めて私は右から、ラウルは左から剣を叩き込む。
アークデーモンが炎を纏う剣で反撃。ラウルが大剣で受けると、私は背後に回って斬撃を浴びせる。距離を詰めてしまえば、下手に範囲攻撃魔法は使えないわ。
「ラウル、このまま攻め続けるわよ!」
「ああ、一気に叩き込むぜ。『強化連撃』!」
ラウルが固有能力を発動して大剣の連続攻撃。私は円を描くように動きながら、死角を突いて攻撃を繰り返す。二人掛かりの攻撃でHPを削りきって、アークデーモンが呻き声を上げて消滅する。
「11階層の戦いにも慣れてきたが、無傷で勝つのはなかなか難しいぜ」
「今の私たちじゃ最大火力で戦っても、反撃される前に魔物を倒すのは難しいわ。もっとレベルを上げて強くならないと」
「ローズ、レベルだけの話じゃないわ。相手がアークデーモンだと物理攻撃でゴリ押しするしかないけど、そこまで魔法抵抗力が高くない魔物なら戦い方に工夫する余地があるわ。ローズだって司祭魔法が使えるんだから、剣一辺倒で戦うばかりが能じゃないわ」
「魔法抵抗力が高くないって言っても、サラの魔法でも一撃で倒せる魔物なんて11階層じゃ出て来ないわよ……そうか、だからこそもっと工夫しろってことね」
「ローズも解って来たじゃない。まだMPに余裕があるから、少し休憩したら次に進むわよ」
ドロップアイテムとコインを回収して私たちが部屋で休んでいると、サラの『索敵』に反応があった。
武器を抜いて身構えていると、5人の冒険たちが部屋に入って来る……しまった、油断したわ。まさかこいつらが11階層にやって来るなんて!
「ローズ、サラ、てめえらも頑張っているみたいじゃねえか。ここの魔物はこれまでとは一味違うだろう」
先頭で入って来たのは無精髭を生やした30歳前後の男。鋭い眼光と残忍さが滲み出た顔。身長は180cmくらいで、無駄な肉を削ぎ落したように鍛え上げられた身体。腰に差しているのは剣じゃなくて刀――
こいつはライゾウ、『殲滅旅団』に所属する冒険者パーティー『死神』のリーダーだ。後ろにいる連中も一癖も二癖もありそうな奴ばかり。
「あんたたち『死神』が11階層に何の用があるの?」
『死神』は『殲滅旅団』の中で2番目に実力があるパーティーだと言われている。普段はもっと深い階層にいる筈だ。
「ローズ、つれねえことを言うんじゃねえ。最近になって11階層の攻略を始めたてめえらのことを、俺は心配して様子を見に来てやったんだぜ」
白々しいことを言いながら、ライゾウは私とサラの身体を舐め回すように見る。『死神』は『殲滅旅団』の中でも特に評判が悪い。何でも力づくで解決して、犯罪紛いのことも平気でやる。
「あんたらに心配して貰う必要はねえ。自分たちの面倒は自分たちで見るぜ」
ラウルが警戒しながら、私とサラを庇うように前に出る。11階層から攻略している冒険者の数が一気に減る。特に今日はまだ他の冒険者を見掛けていない。ここで何かあっても全ては闇の中だ……
もしかして私たちは『死神』に嵌められた? 目配せするとサラが頷く。どうやら私と同じ考えみたいね。
「ラウル、俺はローズと話しているんだ。黙っていろや!」
ライゾウがラウルに剥き出しの殺意を向ける。私とサラは何があっても反応できるように意識を集中する。
「てめえはムカつくぜ……女2人とパーティーを組んでハーレム気取りか?」
ライゾウはいきなり刀を抜くと、一瞬で距離を詰めて切り掛かる。ラウルは大剣で受けるけど、鋭い斬撃が頬を切り裂く。
「ふざけるんじゃないわ! そっちがその気なら……」
反射的に動こうとした私を『死神』のメンバーたちが牽制する。この状況で私が動けば後衛のサラが狙われる。
「ローズ、慌てるんじゃねえ。俺はラウルに稽古をつけてやっているんだ。殺しはしねえって……こいつが下手に抵抗したら手元が狂うかも知れねえが!」
ライゾウはラウルを弄ぶように、執拗に素早い斬撃を繰り出す。
ライゾウは嫌な奴だけど確かに強い……ラウルが防戦一方なのは下手に動けない状況なのもあるけど、ラウルが反撃しても余裕で受け流している。
「なあ、ローズ、サラ。俺はてめえらが気に入っているんだぜ。『天元突破』なんてダセえ名前のパーティーなんか抜けて『殲滅旅団』に入れや。強くなりてえなら、俺が手取り足取り教えてやるぜ!」
ライゾウたちが下卑た笑みを浮かべる。こんな奴らでも全員私たちよりもレベルが上、人数も向こうの方が多い。このままじゃジリ貧だわ。
『もし何かあったときは必ず連絡してくれ』
エイジが言った言葉を思い出す。こんな状況で連絡してもエイジが困るだけじゃない! だけど約束したから……『念話の指輪』に魔力を込める。
『エイジ、『試練の塔』の攻略は順調?』
『どうしたローズ、何かあったのか?』
『……ううん、何でもないわ。そっちも頑張ってね!』
エイジの声を聞いて私は覚悟を決める。エイジはソロで戦っているのに、3人いる私たちが泣き言なんて言っていられないわ!
「ライゾウ、あんたの目的は私とサラよね? あんたが私に勝ったら、私を好きにして構わないわ!」
「止せ、ローズ!」
ラウルが止めるけど、この状況を変えるにはリーダーのライゾウを倒すしかない! ライゾウの性格なら乗って来る筈よ。
「ローズ、言うじゃねえか。タイマンなら俺に勝てると思っていやがるのか? 気の強い女は嫌いじゃねえ。ズタボロにしてから、たっぷり楽しませて貰うぜ!」
ライゾウのクラスはサムライ。戦士系上位クラスでスピードと技に長けている。私はラウルと入れ替わるように位置を変える。ラウルにはサラを守って貰わないと。
サラは何か仕掛ける隙を窺っている。『転移』で逃げるにしても発動するまでに時間が掛かるから、ライゾウたちの注意を引きつける必要があるわ。
「『聖光剣』!」
先制攻撃で固有能力を発動する。高速で伸びる光の刃をライゾウは身体をひねって躱す。
「てめえら聖騎士は馬鹿の1つ覚えだな。魔力の刃を伸ばしたところで、ネタが解ってりゃどうってことねえぜ!」
躱されるのは承知の上だ。そのまま剣を横薙ぎに振る。ライゾウが刀で受けると、距離を詰めていったん『聖光剣』を解除。至近距離から再び『聖光剣』を放つ。
光の刃をライゾウは刀で受けると、盾のない私の右側から回し蹴りを放つ。私は身体ごと吹き飛ばされて床に叩きつけられる。
「おいおい、ローズ。威勢が良いのは口だけか?」
「まだこれからよ!」
即座に立ち上がって魔法で回復する。やっぱりライゾウは強い。だけど負ける訳にはいかないわ。私の全てを賭けて必ず勝ってみせる!
全力で走って再び距離を詰めると、ライゾウの間合いに入る直前に斜め前に跳んで擦れ違いざまに斬撃を放つ。
ライゾウが刀で受けると、直ぐに剣を引いてフェイントを入れた2段突き。同時に盾を叩きつける。それでもライゾウは刀で剣を、小手を着けた腕で盾を止める。
「ローズ、必死だな。なりふり構っていられねえか!」
「ええ、そうよ。ライゾウ、あんたに勝つためなら何だってするわ。『聖光剣』!」
「馬鹿が、この状態で固有能力を使ったって……何!」
左手に隠し持っていた逆手の短剣から光の刃が伸びる。何度も『聖光剣』を使ったのは、剣からしか『聖光剣』を放てないと思わせるため。
初見しか通用しないけど、至近距離の攻撃なら防ぎようがない筈だわ!
「へえー……ローズ、てめえにしては頑張ったじゃねえか!」
だけどライゾウは私の左腕を掴んで捻り上げることで、光の刃の向きを変えて防いだ。そのまま私を強引に引き寄せる。
「ローズ、もう何をしても無駄だぜ。大人しく俺のモノになれ」
ライゾウが舌舐めずりする。
「ふざけるんじゃないわよ! 私は死んでも諦めたりしないわ!」
「そうかよ……じゃあ、てめえの望み通りにズタボロにしてやるぜ!」
ライゾウが刀に力を込めて私の剣を強引に押し込むと、刃が肩に食い込んでHPを削っていく。このままだとHPを削られ続けてやがて尽きる。何とかしないと……
「ローズ……」
ラウルとサラが覚悟を決めた顔でこっちを見ている。そんな顔をしないでよ。私はまだ頑張れるから……
「おい、おまえたちは何をやっているんだ? 他の冒険者を襲うなんて最低だな」
嘘……声を聞いた瞬間、それが誰か気づく。ライゾウたちが振り向くと、黒髪と黒い瞳で少しあどけなさが残る顔の冒険者がいた。
「誰だ、てめえは?」
「俺はエイジ。これ以上やるなら俺が相手になるよ」
エイジは私たちに見せたことがない殺意を込めた目で、ライゾウを睨んでいた。




