第8話:旅立ちの刻(とき)
十一は、焦燥感に駆られながら自宅の狭い廊下を行き来していた。リビングからはテレビの微かな音が聞こえるが、いつもそこにいるはずの父・海人の姿はない。
「親父が家を空けるなんて……一体どこへ行ったんだ?」
不安で唇を噛む。大気は不気味なほど静まり返り、まるで壁そのものが息を潜めているかのようだった。
十一は意を決してコートを掴み、スニーカーを履こうと屈んだ。その瞬間、頭上で淡い光が明滅した。
「……なんだこれ?」
反応する間もなく、光は渦を巻くポータルへと拡大した――あの日、父を飲み込んだものと同じだ。視界が歪み、足元の床が消失する。色彩と影が混ざり合う濁流の中へ、彼は音もなく引きずり込まれた。
暗闇。そして、囁き声。
意識を取り戻すと、そこは水面を歩くような無重力の虚空だった。遠くで脈動する光が、巨大な竜の姿へと変貌していく。その鱗は、紅蓮、蒼碧、翠嵐、黄金――あらゆる属性の色を纏い、神々しく輝いていた。
「我は『全属性を統べる万能竜』なり」
地響きのような声が虚空を震わせる。「これより、我が力はお主のものとなる。だが、その代償を理解せねばならぬ」
十一は目を見開いたが、本能が警告を発した。
「『力が俺のものになる』だと?」十一は目を細めた。「何で赤の他人にそんな力をくれるんだ?」
竜はわずかに苛立ちを見せた。「我が時は尽きようとしている。世界の均衡を守る後継者が必要なのだ。中村十一よ、お主こそがその力を腐敗させずに振るえる唯一の存在だ」
「……あんたの都合だろ」
十一の言葉に、竜の目が燃え上がった。「愚かな凡夫め! この至高のギフトに疑念を抱くというのか!」
「操り人形になるつもりはない。隠していることを話せ」
沈黙の後、竜の声は冷徹で計算高いものへと変わった。
「よかろう。……お主に課す任務はただ一つ。この世界の『魔王』を殺せ」
「魔王を……殺す?」
「然り。それが第一の試練だ。お主はレベル1、Eランクから始まる。戦い、生き延び、成長せよ。さすれば魔王に届く強さが手に入らん」
十一は拳を握りしめた。
「……分かった。やってやるよ。レベルを上げて、その魔王ってのをぶっ倒してやる」
竜の瞳に満足げな色が浮かんだ。
【レベル 1:Eランク】
【ステータス】
筋力:10 / 敏捷:10 / 知力:10
耐久:10 / 運:10
HP:10 / MP:10
【スキル】
基本攻撃:ダメージ 10
基本防御:被ダメージ 10%軽減
「行け」竜が告げる。「お主の旅路が始まる」
「待て! 親父はどうした!? 親父はどこにいるんだ!」
十一の叫びに、竜は冷淡に答えた。「海人か。……奴は今、手が離せん。いずれ会うこともあるだろう。だが、今はまだその時ではない」
反論する間もなく竜は消え、周囲の世界が形を成していく。
目を開けると、そこには息を呑むような絶景が広がっていた。エメラルド色の丘、透き通った川、雲に届きそうな連峰。風は魔法の香りを運んでくる。
十一は深く息を吸い込んだ。新しい世界。新しい人生。
強くなる。魔王を倒す。
そして――必ず親父を見つけ出す。
彼の本当の物語が、今、始まった。




