第4話:棄てられた駒
リライアが足を踏み入れると、ダークエルフの謁見の間は静謐な魔力に満たされた。黒曜石の鎧に身を包んだ衛兵たちが直立不動で敬意を表す中、彼女の存在感はすべてを圧倒していた。
カイトは一歩後ろを歩きながら、エルフたちの好奇と疑念が入り混じった視線に身を硬くした。
ホールの奥、影の中から一人の人影がゆっくりと現れた。
「預言者コナンガ」リライアが威厳を持って告げる。「あなたの知恵を借りたい」
現れたのは、老いさらばえながらも強大な覇気を放つ老人だった。その紫の瞳には、古の英知が鋭く宿っている。
「女王陛下」コナンガの声は、風に吹かれる枯れ葉のようにかすれていた。「この召集、並大抵のことではありますまい。望みを言いなさい」
リライアはカイトを振り返った。「この人間は、不可解な状況で我が領域に現れた。彼の本質を見極めてほしい」
コナンガの目が細まり、獲物を狙う鷹のようにカイトを射抜いた。「人間……場違いだが、力を宿しておるな」彼は小さく頷いた。「奴の来訪は偶然ではない。その身に『予言の子』の残響を纏っておる」
「予言の子? ……どういう意味だよ」カイトが瞬きする。
「『仏一族』……古の仏の血を引くとされる、伝説の家系だ。彼らは失われた禁忌の秘密を握っている。その一族に伝わる予言がある。あらゆる属性を操り、壊れゆく世界の均衡を取り戻す者が現れるとな」
リライアの視線が鋭くなる。「カイトが、その予言に関係していると?」
「いかにも」コナンガはゆっくりと言葉を繋いだ。「だが、お主が思うような形ではない。カイトは選ばれし者ではない。奴は……**『棄てられた駒』**だ」
その言葉は、頬を叩かれたような衝撃だった。
「棄てられた駒……?」カイトが絶句する。「何でだよ」
「予言の子は、過酷な宿命を背負うに相応しい後継者を求める。多くの者が試され、そして大半が切り捨てられる。カイト、お主は選別から漏れたのだ。……だが、生き延びるための『欠片』の力だけは与えられた」
カイトは拳を握りしめた。「じゃあ、何で俺に『火竜』の力なんて与えたんだ!?」
「棄て駒とて、役割を見出すことはある。火竜の力は単なる贈り物ではない。それはお主への試練であり、武器なのだ」
沈黙が流れる中、リライアが歩み寄った。その声は静かだが、力強かった。「あなたは劣っているわけじゃないわ、カイト。何かのために選ばれたのよ。たとえ運命がまだそれを認めていなくても……あなたが証明すればいい」
カイトは深く息を吸い込んだ。「……やってやるよ」
――その後、訓練場にて。
陽光の下、カイトは上半身を露わにし、額に汗を浮かべていた。拳を握りしめると、周囲の大気が熱で歪む。
「集中しなさい!」リライアが鋭く飛ばす。「炎を制御するのよ。飲まれてはダメ!」
カイトは目を閉じた。体内の熱が鼓動のように呼応し、火竜の力が脈動する。血管を駆け巡る熱を、意志で押さえつける。
目を開けると、彼の腕には螺旋を描く炎が渦巻いていた。
リライアが頷く。「いいわ。もう一度よ」
訓練は数時間に及んだ。疲労困憊の中、カイトはリライアに惹かれている自分に気づいた。彼女の強さだけでなく、自分を「哀れみ」の目で見ず、可能性を信じているその眼差しに。
――遥か彼方、仏一族の寺院、密室にて。
古びた巻物と揺らめく蝋燭に囲まれ、一人の老僧が瞑想に耽っていた。名はカグラ・ブッダ。数世紀の修行を経て転生を繰り返してきた「予言の子」その人である。
若い僧侶が入り、深く頭を下げた。
「棄てられた者が、火竜を覚醒させました」
カグラが目を開ける。その瞳は燻る炭火のように赤く輝いた。
「ならば、世界が再び回り始めたということだ。真の予言の子が立ち上がるまで、残り13年……」
「カイトはどうしますか?」
「想定外の変異だ。……だが、面白い」
――再び、訓練場。
カイトがよろめき、突然のビジョンに襲われた。視界が回転する。
そびえ立つ巨大な寺院。その前に立つ若い影。掌から放たれた目も眩むようなエネルギーが、寺院を神聖な光で包み込む。周囲の信者たちが畏敬の念で見守る光景。
そして、闇。
「はぁっ、はぁっ……!」カイトはよろめきながら喘いだ。
リライアが彼を支える。「カイト!?」
「……見たんだ。予言の子を。あいつは本物だ。とてつもなく強い……」
リライアは思案げな表情を浮かべた。「たとえ彼が伝説の存在だとしても、自分の道を忘れないで。予言なんて関係ない。あなたは力を得た。それを使うのよ」
カイトは彼女の瞳を見つめ、再び闘志を宿した。「ああ。運命が何と言おうと、俺の道は俺が切り拓く」




