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第四十二章:封印の深淵

「鍵を持っておるからといって、全ての扉を開けてよいわけではないのじゃよ」

—— サカタ・ブッダ

【拒絶と疑惑】

十一ジューイチを恋人のように取り巻いていた風が、次第に勢いを失い、そのエネルギーは山の冷気へと霧散していった。彼の周囲で弾けていた火の粉——休眠中の封印に抗い、無理やり引き出された「火」の属性の残滓——も一つ、また一つと消え、後にはオゾンと焼けた石の微かな匂いだけが残った。

一瞬の間、時そのものが停止したかのように感じられた。

十一は背筋を伸ばして立ち、激しく肩で息をしながら、深淵を見つめて飛び込むことを決意した者特有の、強固な意志を瞳に宿していた。彼は準備ができていた。第一の封印を解く準備が。自分の中に眠る「何か」を解き放つ準備が。運命が求める姿へと変わる準備が。

だが、彼の肩に置かれたサカタの手は、動かなかった。

老僧は静止したまま、その表情を「励ます師」から「警戒する門番」へと変えていた。黄金の瞳は細められ、十一を見ているのではなく、彼を「透過」して見ていた。肉体を越え、骨を越え、魔力の回路を越えて、もっと深い場所を。

埋められた、何か。

歪んだ、何かを。

十一は瞬きをし、劇的な緊張感が困惑へと変わっていくのを感じた。「……おい? 始めないのかよ? 神秘的な呪文とか、龍を目覚めさせる儀式とかさ。こっちはその気になってたんだ。今さら——」

「……ならん。」

その一言が、十一の言葉を刃のように断ち切った。

サカタの声は力強く、冷静だった。だが、その底には十一が一度も聞いたことのない響き——微かな「戦慄」が混じっていた。

十一は打たれたかのように身をすくめた。「……えっ、何だって?」

「……やらぬと言ったんじゃ。」サカタの手が肩から離れ、彼は一歩後退した。「……封印は解かん。今日は、な。いや、まだ(・・)じゃ。」

十一の両拳が握りしめられる。胸中に渦巻く感情に呼応し、代行者モードの黄金の光が不規則に明滅した。「……何でだよ! さっき自分で行けるって言っただろ! 今がその時だって! なのに——」

「……分かっておる、ワシが言ったことはな。」サカタの声が鋭くなり、十一の抗議をねじ伏せた。「……だが、それを『感じる』までは、じゃ。」

彼は十一の胸を、肉体と精神の層の下に封印が隠されているその場所を、漠然と指し示した。

十一の怒りが揺らぎ、代わりに冷たい感覚が忍び寄る。「……何を、感じたんだ?」

サカタは深く眉間に皺を寄せた。その年季の入った顔に、年月と経験が刻んだ深い溝が浮き出る。彼は再び十一を凝視した。弟子の成長を確かめる教師の目ではない。忌まわしき警告を無視して開いてしまった「呪われた巻物」を見つめる、老僧の眼差しだった。

「……何かが、おかしい。」彼はゆっくりと言葉を選んだ。「……封印の内側に、何かがある。本来なら、そこにあるはずのないものが。」

十一の呼吸が喉で止まった。「……『何か』って、何だよ? 一体何があるってんだ?」

「……まだ分からん。」サカタは腕を組み、いつもの皮肉も下品さも消え失せていた。そこにあるのは冷徹で計算高い、生き残りのための「直感」を信じる男の顔だった。「……だが、あれは『龍の力』ではない。ワシは龍の気配を知っておる。共に暮らし、共に戦い、殺されかけたこともある。……だが、これは違う。そして、あんなものを感じたのは、いつ以来か……」

彼は言葉を切り、遠くを見つめた。

「……あの、古い大戦の時以来じゃな。」

十一は無意識に後ずさりした。自分の肌の内側が、急に居心地の悪い場所に感じられた。これまで鍛え、追い込み、血を流して「自分のもの」だと思ってきたこの体が、今は見知らぬ他人のように思える。気づかなかった「開かずの間」がある古い屋敷のように。

「……寄生虫みたいなものか?」声が小さくなる。「……ずっと俺の中にいて、俺を喰って、俺を見ていたっていうのか?」

「……もっと悪い。」サカタの瞳が黒く濁った。「……そいつには『意志』がある。十一、ワシが感じたのは本能や反射ではない。『自覚』じゃ。そいつは今は眠っておる。ただ、待っておるんじゃよ。」

彼は十一の目を真正面から見据えた。

「……もし無計画に封印を壊せば、その向こう側に何があるかも知らずに壁を壊せば、我々の手に負えぬものを目覚めさせることになる。ただ『見て』いるだけでは満足せぬ何かをな。」

十一の肩が落ちた。胸の中で燃え上がっていた、強くならなければという焦燥の炎が、湿った恐怖に飲み込まれて消えていく。

「……じゃあ、どうすればいいんだよ?」虚脱した声。「……俺は、いつ爆発するか分からない爆弾か? 出所不明の火薬を積んだ、壊れたタイマー付きの時限爆弾なのか?」

サカタの表情が僅かに和らいだ。憐れみではなく、共感に近いもの。「……お前はまだ、鍛錬の途中にある『剣』のようなものじゃ。急いで焼き入れをすれば、一撃で砕け散る。あるいは——斬るべきでないものを斬ってしまうことになる。」

十一は震えるような長い溜息をついた。アドレナリンが引き、後には疲労と苛立ちだけが残った。彼は近くの風化した石の上にどさりと座り込み、顔を両手で覆った。

「……また、待てってのか。秘密だの、比喩だの、肝心なことは何も言わねえくせに……」

視界の端に、水の入ったボトルが差し出された。

サカタの分身が傍らに立っていた。無表情な顔ながら、どこか愉悦を感じさせる雰囲気を纏っている。「……元気を出せ、ガキ。」声は平坦だが、本物の不遜な精神が宿っていた。「……まだ死にゃあせんよ。死ぬ時間は後でいくらでもある。」

十一は小声で礼を言い、ボトルを受け取って喉を鳴らした。

本物のサカタが、珍しく穏やかな笑みを浮かべた。目は笑っていなかったが、それでも何もないよりはマシだった。「……修行は続けるぞ。カリキュラムを少し変更するだけじゃ。まず、その『代行者モード』を呼吸と同じくらい自分のものにしろ。風と土の属性が自然に流れるまでな。そして……」

彼は視線を、結界の向こうに見える遠くの山並みへと向けた。孤独な隠居場所から、再び俗世へと続く道の方角へ。

「……お前には、決着をつけねばならん相手がおるじゃろう?」

十一は顔を上げ、師の視線を追った。理解が光のように差し込む。

「……レンジ。」

サカタはゆっくりと頷いた。「……単独任務から戻ったとの報せが入った。今はハラセンの拠点で傷を癒し、態勢を整えておるようじゃ。」彼は十一を振り返った。「……試す時が来た。封印された力ではない、お前が自分で稼いだ真実の強さをな。磨いた技、鍛え上げた意志……今の自分をぶつけてみるんじゃ。」

十一は立ち上がった。胸の炎が再び灯る。それは先ほどのような自棄的な炎ではなく、より静かで、深く、制御された熱だった。

「……次は、負けない。」声は安定していた。確信に満ちていた。「……サクラを奪わせない。あいつには勝たせない。」

「……ただ勝つことだけを考えるな。」サカタの声に警告の重みが加わる。「……あいつの言葉を聞け。あの少年は、お前が知るよりずっと長く、己の中の怪物と戦い続けてきた。普通の人間ならとっくに死んでおるほどにな。敵としか見ることができなければ、お前はあいつを突き動かしている『真実』を見失うことになるぞ。」

十一は眉を上げた。「……何だよ、あいつの胸にも古代の化け物でも封印されてるってのか? お揃いだな。」

分身が、鼻で笑った。人工物とは思えぬほど人間味のある仕草だった。「……いや。レンジの『怪物』は封印なんてされてねえ。暗闇に隠れて、解き放たれるのを待ってるわけでもねえんだよ。」

分身の虚ろな目が、十一を射抜いた。

「……レンジの怪物は、あいつ自身だ。生まれた時からずっと。あいつは怪物と戦っちゃいねえ。抑え込んでもいねえ。あいつは、怪物『そのもの』になったんだ。……そしてそれは、」分身の声が敬意に近い響きに変わる。「……どんな封印された力よりも、遥かに危うい。」

サカタは考え深げに目を細めた。「……すぐに分かる。ハラセンは単に戦士を育てるのではない。彼らを『鍛造』するんじゃ。他者なら砕け散るような炎の中でな。レンジはその炎を生き延びた。だが……生き延びた者には、必ず傷跡が残る。」

彼は背を向け、ついてくるように促した。

「……今夜は休め。明日、山を下りる。お前の炎が、一生を焦熱の中で生きてきた男の熱に届くかどうか……それを確かめに行くぞ。」

十一は、答えの出ない問いを頭の中で反芻しながら後に続いた。背後で分身が崩れ始め、そのエネルギーが寺院の貯蔵庫へと還っていく。

だが、完全に消え去る直前。

分身は足を止めた。

その虚ろな目が、一瞬だけ、十一の背中に向けられた。正確には、封印が隠されているあの場所へ。

もし誰かが、その人工的な瞳を間近で観察していたならば、そこに「ある感情」を見出したかもしれない。

それは、限りなく「恐怖」に近い何かだった。

【場面転換】

中村十一の魂の深奥——意識の遥か下、感情の激流のさらに奥底。そこに秘められた「」があった。

そこは暗く、静まり返っていた。今の時代よりも古く、塵となった者たちの手で織られた魔術によって封印された場所。

数年、数十年もの間、そこでは何も動かなかった。

だが、今。

何かが、動いた。

覚醒の咆哮ではない。悪意の囁きでもない。古びた蝶番が軋む音さえもしない。

ただ……「気配」だ。

「自覚」が芽生えたのだ。

十一が産声を上げる前から、一度も光が差し込んだことのないその絶対零度の闇の中で。遥か遠い昔から待ち続けていた「何か」が、光なき場所では起こり得ない「現象」を起こした。

それは——。

……微笑んだのだ。

【ステータス更新:中村 十一】

| 項目 | 詳細 |

|---|---|

| 名前 中村 十一ナカムラ・ジューイチ |

| クラス | 龍血の冒険者 |

| レベル | 24 |

| ランク | Cランク(最上位) |

属性適性エレメンタル・アフィニティ

* 風: 主属性(強化)

* 土: 副属性(覚醒中)

* 虚無: 部分的覚醒

* 火: 休眠中 / 封印状態

【能力習熟度】

* 代行者モード: 安定性:高

* 龍の鼓動: 同調率:71%

* 虚空歩: 制御:中程度(向上中)

* 烈風螺旋: 熟練度:Lv.2

* 石掌拘束: 熟練度:Lv.1

【システム・アラート — 機密】

警告:一次封印内に異質な存在アノマリーを検知

* 対象: 中村 十一

* 封印名称: 龍心拘束 — 一次

* 分析: 検知された波形は、予測される「龍の共鳴パターン」と一致しません。

* 分類: 不明(UNKNOWN)

* 脅威評価: 未確定(UNDETERMINED)

『全ての囚人が脱獄を望むわけではない。中には、内側から扉を開けるに相応しい「瞬間」を待っているだけの者もいる。』

推奨: 存在の起源が特定されるまで、封印の解除プロセスを「停止」してください。

つづく


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