第32話:猛炎と鋼の激突
一瞬、静寂を切り裂く鋼の鳴動と炎の咆哮だけが響き、次の瞬間、大広間は完璧な混沌へと叩き落とされた。
二十人以上のハラセン戦士が一斉に動き出す。磨き抜かれた鎧と抜身の鋼が波のように押し寄せる。だが、十一はすでにその場にはいなかった。風が彼の足元でとぐろを巻き、バネのように弾ける。
彼は放たれた矢のごとく突進した。黒とオレンジの残像。一人目の戦士が動きを察知する前に、十一は横を通り抜けていた。両手の短剣は単に斬るのではない。超高温の空気が三日月状に薙ぎ払われ、ガキィィン!! 三本の槍の柄が鮮やかに切断され、穂先が石床に転がった。
彼は止まらない。大剣が頭上から叩きつけられる。十一は右の短剣の鍔でそれを受け、衝撃が腕に響く。手首をひねって巨剣を逸らし、懐に潜り込むと、左の短剣の柄頭を敵の小手に叩き込んだ。
「紅蓮の火(Blazing Fire)」発動。爆発音ではなく、飢えた獣のような「シューッ」という低い音が響き、炎が生き物のように金属と革にまとわりついた。
「ペースを握らせるな! 風を封じろ!」後方から隊長が吼えた。
天井のドーム型に刻まれた複雑な魔術回路が輝きだす――「風封じの陣(Wind Lock Array)」。十一は即座にそれを感じ取った。重く、目に見えない毛布が部屋を覆い、彼が操る気流を押し潰そうとする。
だが、彼は慌てない。不敵に笑った。「……遅いぜ」
足を踏み鳴らす。「火炎脈動(Flame Pulse)!」
彼の体から熱と衝撃のドームが爆発的に広がる。焼くためではなく、吹き飛ばすための一撃。迫りくる戦士たちは盾を弾かれ、陣形を崩された。その刹那の混乱の中、十一は風ではなく、研ぎ澄まされた本能のみで動いた。よろめく群衆の中を影のようにすり抜け、叫んでいた隊長の背後に現れる。炎を纏った肘打ちが男の脊髄に突き刺さり、隊長は声もなく崩れ落ちた。
「石縛(Stone Bind)!」
魔導戦士が床に手を叩きつける。化石化した根のような岩の触手が石床から噴き出し、十一の足を狙って這い寄る。十一は見向きもせず、短剣の炎を旋回させ、締め付けられる前に岩の蔦を切り裂いた。切り口はオレンジ色に熱し、マグマのように滴る。
ズゥゥゥゥン!!
頭上から巨大な影が落ちる。それは武器というより、片手で扱う攻城兵器――黒鉄の戦鎚が、十一の突撃を遮るように振り下ろされた。
ガキィィィィン!!
鼓膜を劈く衝撃音。十一は間一髪で短剣を交差させ、ハンマーの頭を受け止めた。凄まじい重圧。それは単に動きを止めるだけでなく、十一を後方へ弾き飛ばした。ブーツが石床を削り、耳障りな音を立てて溝を作る。彼は腕をわずかに震わせながら立ち止まり、顔を上げた。
そこに立っていたのは、その巨体に似合わぬ不気味な静寂を纏った男、レンジ・ハラセンだった。彼は巨大なハンマーを羽根のように軽々と肩に担ぎ、琥珀色の瞳で十一を射抜いた。
「……技も度胸も、認めよう」レンジの低く制御された声が混沌を切り裂く。「だが、今度は私の番だ」
レンジの突撃。それは巨体に反した、地を這うような爆発的な加速だった。ハンマーは「振る」のではなく、十一を存在ごと消し去るような「ピストン運動」として繰り出された。
十一は「風の滑走(Wind Slide)」でひらりとかわすが、ハンマーが床を粉砕し、石のクレーターを作る。十一はその勢いのまま脇腹を狙って斬り上げる。しかし、レンジはすでにハンマーを翻していた。引き戻すのではなく、流れるような円運動。ハンマーの柄が十一の脇腹を直撃した。
「ガッ……!」
暴走した荷馬車に撥ねられたような衝撃。十一は横へ吹き飛び、石柱を粉砕しながら瓦礫の中に突っ込んだ。彼は咳き込みながらよろよろと立ち上がる。左側の鎧はひび割れ、ひどく歪んでいた。
「ただ強いだけじゃねえな……」十一は砂混じりの血を吐き捨てた。
レンジは容赦しない。ドォォン! ドォォン! 一撃一撃が局地的な地震だ。十一は回避し、必死に炎を放って反撃するが、刻一刻と防戦一方に追い詰められていく。内側の「火属性親和」が、解放を求めて暴れる獣のようにうねる。
(――遅れるな!)脳内で自分の声が響く。サカタの罵倒混じりの特訓が、彼の感覚を研ぎ澄ましていた。
十一は奥歯を噛み締めた。核から荒れ狂う火を引き出し、放つのではなく「纏う」ことに集中する。
「紅蓮の火:燃焼駆動(Burn Drive)――第二段階!」
短剣の炎がオレンジから眩い白熱光へと変わる。皮膚から蒸気が激しく噴き出し、炎が手足に巻き付いた。それはオーラではなく、揺らめく「焼夷の鎧」として定着した。レンジの次の一撃が振り下ろされたとき、十一は完全には避けなかった。半身を翻し、炎の鎧を纏った前腕でハンマーを弾き飛ばしたのだ。
生じた隙。十一はレンジの腹部に、ピストンを打ち込むような蹴りを叩き込んだ。
ドォォン!!
初めて、レンジが後退した。石床を削りながら数メートル下がり、微かな呻きが漏れる。レンジは鎧についた焦げ跡を見つめ、そして十一を振り返った。その瞳には、冷徹な義務感を超えた「何か」が宿っていた。
「……悪くない。だが、ここを一歩も出さぬと言ったはずだ」
二人が同時に地を蹴った。
ハンマーと短剣が衝突し、凄まじい余波を撒き散らす。風が咆哮し、十一の意志によって周囲に「断裂の旋風」を巻き起こす。炎が叫び、白熱の刃から濁流となって溢れ出した。広間の石畳は黒く焼け、砕け散っていく。
最後の一撃は、常人の目には見えない速さだった。
全霊を賭けた同時攻撃。地を揺るがすハンマーの突きと、白熱した二本の短剣の交差。
衝突は、音を立てなかった。
一瞬の「無音」の後、すべてが噴火した。
衝突点から純白の火柱と衝撃の風が真上に突き抜け、古びた天井を貫いた。放射状に広がった衝撃波は、広間にいた戦士、長老、そして柱に寄りかかっていたサカタまでもを壁際へと吹き飛ばした。
光と瓦礫が収まったとき、ハラセンの大広間の中心には、燻るクレーターが刻まれていた。
その中で、二人の影が武器を押し付け合ったまま、立ち尽くしていた。立ち上る蒸気と消えゆく火の粉に包まれ、震えるような膠着状態の中で――。




