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第27話:幽玄の試練

十一ジューイチの意識は、「幽玄の世界(Yūgen no Sekai)」の奇妙な薄明かりの中で覚醒した。空と地が溶け合い、藍色の境界線が消えたその場所は、上下に果てしない星の鏡を作り出していた。空気は静寂に満ちているが、あらゆるものが生命の鼓動を宿しているように感じられた。

 体を起こすと、記憶が濁流のように押し寄せた。クエスト、竜、そして何よりも、今も胸を焦がし続ける問い――「俺の親父に何があったんだ?」

 数歩先に、見慣れた気配が立っていた。予測不能な放浪者、サカタ・ブッダ。だが今の彼の表情は、十一が見たこともないものだった。いつもの自堕落な笑みは消え、そこには静かで、重みのある眼差しがあった。

「起きたか」サカタの声から、いつもの茶化すような響きが消えていた。

 十一は立ち上がり、現実感のない埃を払った。「サカタ」声に焦燥が混じる。「この世界に来た時、竜に会った。だが親父のことを聞こうとすると、はぐらかされたんだ。……知っているんだろ? カイト(海斗)に何があったのか教えてくれ」

 サカタの瞳が一瞬だけ暗く沈んだ。十一は見逃さなかった。

「カイトか……」サカタはその名に、彼にしか分からない重みを込めて繰り返した。「あいつは、誰もが直視するのを恐れる真実を追い求めた男だった」

「……知り合いだったのか?」十一が一歩踏み出す。

「縁があったのさ」サカタは地平線を見つめたまま答えた。「あいつは、常人なら押し潰されるような重荷を背負っていた。そして、自分よりも大きな『何か』を追って姿を消した」

 十一は拳を握りしめた。「それは何だ? 親父は何を見つけたんだよ!」

 サカタはついに十一と向き合った。「知れば、お前自身が変わってしまう真実もある。今のお前じゃ、まだ耐えられねえよ」

「なら、耐えられるようにしてくれ。俺を鍛えてくれ!」

 サカタは眉を上げ、不敵に口角を上げた。「本気か。いいぜ。だが、これはただの組手じゃねえ。立つ前に、まず這いつくばってもらうぜ」

「望むところだ」

「……テスト開始だ」

 十一が瞬きをする間に、サカタの姿が消えた。

ドォォォォン!!

 背後から鋭い蹴りが肋骨に突き刺さり、十一は鏡のような地面を転がった。肺から空気が弾き出され、喘ぐ。

「レッスン1。予測だ」サカタの声が精神世界に響き渡る。

 十一は咳き込みながら立ち上がったが、間髪入れずに拳の連打が襲いかかる。必死にガードするが、追いつくのが精一杯だ。

「反応が遅すぎるぜ」打ち込みの合間にサカタが叱咤する。「戦闘は反応リアクションじゃねえ。予測プレディクションだ」

 十一は歯を食いしばり、集中した。サカタの拳ではなく、その予備動作、足の運び、肩のピクリとした動き。リズムを感じ取ろうとした。

 意志の昂ぶりとともに足元から「風」を呼び起こし、後方へ跳躍して追撃を振り払う。

「マシになったが、まだ甘いな」

 今度は十一が仕掛けた。血管を火炎が駆け巡り、両拳を点火させて突進する。サカタの腹部を狙うが、男はひらりと身をかわし、十一の腕を掴んで背負い投げを放った。

「レッスン2。制御だ」

 呻きながら十一は目を閉じた。呼吸を整える。竜の言葉が脳裏に響いた。――「炎を水で制せ。山の如く立ち、川の如く流れよ」

 十一は立ち上がった。先程よりも遅く、だが何かが違う。地に足がついている。

 サカタは首を傾げた。「見せてみろ」

 十一が踏み込む。ジャブに火炎を込め、足払いには水のしなやかさを。サカタがジャブを防いだ瞬間、予測外のローキックが彼の体勢を崩させた。

「……いいぜ、今の。考えてやがる」サカタが足をさすりながら呟いた。

 決闘は加速した。十一の踵で稲妻が弾け、大地の力が構えを盤石にし、風が連撃を速める。属性を本能的に織り交ぜる――彼の魔法はもはや荒れ狂う野生ではなく、調和したシンフォニーへと変貌していた。

 時の概念が消えた。幽玄の世界には、ただ戦いだけがあった。

 ついにサカタが手を止めた。二人とも傷だらけで汗にまみれ、肩で息をしていた。

「火は持ってる。……そして、心もな」

 十一はその場に膝をついた。「……これで、親父のことを教えてくれるのか?」

 サカタは十一の肩に、力強い手を置いた。

「いずれな」優しく、だが確かな声で言った。「今日、お前は問う権利を手に入れた。答えは……すぐそこまで来ているぜ」

 十一の瞼が重くなる。休息へと沈む意識の中で、最後に見たのはサカタの微かな笑みだった。それはどこか謎めいていたが、もう遠い存在ではなかった。

 静寂の中に、約束が残された。


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