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第21話:過去を背負う僧侶

枯れ果てた崖を風が吹き抜け、埃と忘れ去られた記憶の乾いた匂いを運んでいた。

 東アストラリス寺院の跡地。守護仏の石像には苔がまとわりつき、蔦に埋もれた鳥居が至る所で砕け散っている。そのひび割れた石道を、一人の男が足を引きずるように歩いていた。

 サカタ・ブッダ。

 世界がすでに葬り去ったはずの一族、その生き残りの僧侶だ。

 彼はボロボロの麦わら帽子を直し、芝居がかった長い溜め息をついた。

「まだ立ってやがるのか、意固地な古寺め……。持ち主に似ちまったな」

 軽口を叩く彼の声は静寂に吸い込まれていく。

 崩れた柱の影から、二人の若い調査員が怯えた瞳で見つめていた。

「おい、あれが例の『放浪の僧侶』サカタ・ブッダか?」

「百歳を超えて生きてるって噂だぞ……」

 サカタは振り返りもせず、気だるげに首を傾けた。

「噂話をするんなら、次は酒を持ってこい。俺は喉がカラカラだ」

 調査員たちは悲鳴を上げ、驚いたウサギのように岩の影に隠れた。

***

 ブッダ一族。

 かつてアストラリスの均衡を守り、元素を自在に操った誇り高き一族。

 その創始者、カワグチ・ブッダは異世界の出身だった。平凡な日本の「サラリーマン」だった男が僧侶となり、その慈悲の心からこの王朝を築き上げたのだ。だが、その王朝も今はもう存在しない。

 サカタは雑草に埋もれた祭壇で足を止め、粉々になった香炉をなぞった。

「大馬鹿野郎どもが。本当に全部燃やしちまいやがって」

 静寂を破ったのは、乾いた足音だった。黒いマントの男たちが五人、影のように現れる。

「ここは黒牙ブラック・ファングの領地だ。立ち去れ、生臭坊主」

 サカタは頭を掻いた。「ブラック・ファング? 腐ったエールを出す安酒場みたいな名前だな」

「……殺せ」

 男たちが飛びかかった瞬間、サカタが動いた。……いや、動いたようには見えなかった。

 次の瞬間、三人が土埃の中に沈み、リーダーは自分の背後にサカタが立っていることに気づき凍りついた。サカタは二本の指で男の肩を叩いた。

「レッスン1だ、小僧。死線を潜り抜けてきた年寄りには、剣を向けるもんじゃねえ」

***

 その夜、焚き火の傍らでサカタは古い巻物を広げていた。

『ブッダ一族秘史 ― カワグチ・ブッダ記』

 彼は苦笑した。「とんでもない負債を残してくれたな、親父さん」

 夜明け。サカタは寺院の奥深く、五龍が絡み合う蓮華の紋章が刻まれた石扉の前に立っていた。彼が掌をかざすと、黄金の光が漏れ出す。

「本当に出てくるとはな、僧侶」

 背後から落ち着き払った声が響いた。磁器の仮面をつけた黒衣の男だ。

「恨みっこなしだ。俺は見張りを命じられただけだ」

 仮面の男が投げ渡した羊皮紙を、サカタは片手で受け取った。

「古い墓を掘り返しているのは貴様だけではない。一族がなぜ滅びたかを知る者が、動き始めている」

 男は霧の中に消えた。

 羊皮紙を広げたサカタの瞳が、暗く沈む。そこに記された名前は、数十年ぶりに耳にするものだった。

「……やはり、お前だったか」

 サカタ・ブッダは不敵に微笑んだ。

「隠居生活は、もう少し先になりそうだな」


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