第18話:商人の足枷
ブランヒルドの冷たい風が狭い路地を吹き抜け、走る十一とサクラのマントを激しくなびかせていた。背後からは重厚な鎧の足音が雷鳴のように轟く。都市衛兵たちが急速に距離を詰めていた。
「狂犬みたいに追いかけてきやがるな」十一は肩越しに振り返り、毒づいた。
「誰かが俺たちを売ったんだわ」隣を走るサクラが歯を食いしばる。
名前を出す必要はなかった。二人の頭に浮かんだのはただ一人――エドガー・ローラン。
十一の表情が険しくなる。「……信じられねえ」
「私もよ。あいつは商人だが、金よりも信頼を重んじる男だったはずだわ」
二人は水たまりを跳ね飛ばしながら路地をジグザグに駆け抜け、追っ手を撒くために狭い隙間に身を隠した。
「……あいつをそこまでさせた理由は何だ?」十一が息を整えながら問う。
「ミラよ……」サクラの瞳が揺れた。
「……妻か?」
「ええ。あいつが自ら進んで裏切るはずがない。誰かが彼女を人質に取って脅したに違いないわ」
十一は拳を固く握りしめた。「だったら、エドガーの背中を押した奴が……真の敵だ」
彼は深く息を吐き、脳裏にステータス画面を呼び出した。
『ステータス・ウィンドウ――オープン』
半透明のブルーの画面が、彼の顔を青白く照らす。
【スキル:魔力感知(Mana Detection)レベル I 】
(武術スキルから派生した派生能力)
十一は意識を集中させた。「起動……魔力感知!」
彼の体からエネルギーの波動が波紋のように広がった。鼓動一つ分の間に、周囲のあらゆる魔力のサインを感知する。衛兵、市民、そして下水道を走るネズミまで。
そして――。
スラムの奥深くに、震えるような微かな魔力を捉えた。
「……見つけたぞ」十一の瞳が鋭く光る。
「本気なの?」サクラが驚きに目を見開く。
「魔力は弱いが、生きてる。行くぞ!」
スラムの影に潜み、二人は手短に言葉を交わした。
「二つのことは同時にできないわ。二手に分かれましょう」サクラが提案する。
十一は迷わず頷いた。「サクラはエドガーのところへ行け。誰が糸を引いているか聞き出すんだ。俺はミラを救出する」
「死なないでよ」
「そっちこそな」
二人は真逆の影へと消えていった。
十一は、ミラの弱々しい魔力の痕跡を追って、都市の最下層へと潜り込んだ。
たどり着いたのは、街の外れにある朽ち果てた倉庫。入り口には二人の武装兵が立っていた。
(あの中に閉じ込めてるな……)
十一は音もなく近づき、一人目の首筋に手刀を叩き込んだ。声もなく崩れ落ちる兵士。二人目が振り返る前に、十一の影がその男を地面に叩き伏せた。10秒足らずの制圧。
扉の鍵を叩き壊すと、中には灰茶色の髪をした小柄な女性が縛られ、震えていた。
「ミラさんか?」
「あなたは……!」
「俺が助けに来た。さあ、行こう」
彼女を支えて外へ出た瞬間、十一の感覚が警報を鳴らした。
路地から数十人の魔力反応が急増する。黒鉄の鎧に身を包んだ集団が、出口を完全に塞いでいた。
「彼女を渡せ」黒鎧のリーダーが冷酷に命じる。
十一はミラを背後に隠し、構えをとった。「断る。……こっちは今、機嫌が悪いんだ」
兵士たちが一斉に襲いかかる。
十一の動きは、もはやレベル5のそれではない。槍の突きを潜り抜け、肘打ちで悶絶させ、流れるような体術で次々と敵を無力化していく。
最後に残った黒鎧のリーダーと刃が交差した。衝撃が十一の腕に響く。
(チッ……こいつら、ただの街の衛兵じゃねえな)
十一は武術の歩法を全開にし、精密な一撃でリーダーの武器を弾き飛ばすと、壁へと叩きつけた。指揮官を失った兵士たちは、夜の闇へと逃げ去っていった。
「行こう。もう大丈夫だ」
十一は肩で息をしながら、ミラを連れて再び影の迷路へと消えた。
一方、エドガーの自宅。
薄暗い部屋の中で、サクラが鋭い視線でエドガーを射抜いていた。
「話しなさい、エドガー。今すぐに」
エドガーは凍りついたように震えていた。彼の目が裏口の方へ泳ぐ。
サクラはその視線を追い、闇に消えていく一つの影を捉えた。
(……誰かいたわね)
室内の緊張が極限まで高まる。サクラは月光に反射する短刀を突き出した。
「話し始めるのよ、エドガー。……手遅れになる前にね」
つづく




