第12話:家族の絆
「竜の休息亭」の暖炉で薪がパチパチと爆ぜ、木の壁に黄金色の光を投げかけていた。十一は食卓に硬い表情で座り、リライアから明かされた真実に頭を悩ませていた。
その真実は、あまりにも非現実的だった。父・海人――十一の記憶の中では、ただの情けない無職のニートだった男――は、手違いでこの世界に転送されたのだ。予言が求めていたのは父ではなく、十一自身だった。
そして今、自分がここにいる。
「本来ここに来るはずだったのは、あなたなのよ、十一。カイトではなく。……でも、運命は間違いを犯した。けれど、間違いでさえ世界を変えることはできるの」リライアの声は穏やかだったが、その言葉は雷鳴のように十一を打った。
十一は拳を握りしめた。「じゃあ、最初から俺が英雄になるはずだったってことか?」
「ええ」リライアは頷いた。「でも、お父さんはその機会を無駄にしなかった。彼はこの世界のために戦い、居場所を築き……そして、深く愛したわ」
十一は鼻で笑った。腹の底から苦い感情が湧き上がる。「海人が……あの役立たずの引きこもりが? 日本じゃあいつはただの足手まといだった。俺が二つの仕事を掛け持ちして生活を支えてる間、あいつは俺に寄生してたんだ。父親になろうと努力したことさえ一度もなかった」
言葉を重ねるごとに声が荒くなる。長年溜め込んできた怨念が吐き出された。「そんな奴が、こっちじゃ伝説の冒険者だっていうのか? 笑わせるなよ」
部屋を煙のような沈黙が満たした。
リライアの悲しげな瞳は、十一を叱ることもなく、ただ静かに見つめていた。「十一……あなたの怒りは理解できるわ。でも、憎しみだけでは前には進めない」
アリラは隣で唇を噛み、十一の表情に渦巻く嵐を不安そうに見守っていた。
「今、あなたには選択肢があるの」リライアが続けた。「過去に執着するか、それとも目の前にあるものを受け入れるか。……『家族』をね」
十一が顔を上げると、そこには自分を操ろうとする他人の顔ではなく、一人の母親の悲しみと、妹の希望があった。
「……わかったよ」彼は不貞腐れたように呟いた。「今日だけは、な」
町は色彩と音に満ち溢れていた。商人が声を張り上げ、子供たちが駆け抜け、肉を焼く香ばしい匂いが漂う。
リライアは慣れた足取りで二人を市場へと導いた。アリラは溢れんばかりのエネルギーで、十一とリライアを引っ張りながら屋台を巡った。
ある仕立屋の前で、リライアが足を止めた。「十一、もっとマシな服を選びましょう」
十一は腕を組んだ。「あんなヒラヒラしたマントやローブは御免だ」
彼は日本から着てきた、ボロボロのジャケットを指差した。「これを直してくれ。デザインはそのままで、もっといい生地を使って」
仕立屋は興味深そうに眉を上げた。「見たことのないスタイルだな。どこの国の服だ?」
「……遠いところだよ」十一は言葉を濁した。
「数日あれば、いい糸を使って仕上げてやるよ」店主が頷く。
十一は満足げにニヤリと笑った。「頼む」
彼らは市場を歩き続け、お菓子を食べ歩き、お祭りの出店で運試しをした。十一は気づけば、この世界に来て初めて、心の底から笑っていた。
口には出さないが、それは……心地よい感覚だった。
夕暮れ時、三人は広場の噴水に腰を下ろした。ランタンが灯り、広場を琥珀色に染め上げる。
「ここがあなたのいた世界ではないことは分かっているわ。でも、あなたの居場所はここにある。私たちと一緒に」リライアが十一の肩に手を置いた。
「もう逃げられないよ、お兄ちゃん!」アリラが満面の笑みで言った。
十一はゆっくりと息を吐き出した。生まれて初めて、揺るぎない「家族」の温もりを感じていた。
今は、それで十分だった。
だが、平和は長くは続かない。
twilightの中、一人の影が静かに群衆を通り抜けた。フードを被った男が、一枚のくしゃくしゃになった羊皮紙を手に、冒険者ギルドへと向かっていた。
市場の笑い声から遠く離れた場所で、何かが動き始めていた。
それは、十一をこれまで以上に暗い嵐へと引きずり込む序曲だった。
つづく




