第3話 国際会議で語られた“見えない宇宙”
翌日。
都心の国際会議場へ向かう電車の揺れの中で、私は窓に映る自分の顔を眺めていた。
昨日の講義のあとも、胸の奥のざらつきは消えていない。
今日は世界的な研究者が集まる会議だというのに、妙な緊張が抜けなかった。
会場前には各国から招かれた研究者たちが集まり、英語や中国語が入り混じったざわめきが広がっていた。
受付を済ませてホールに入ると、壇上には一人の人物が立っていた。
リー・ウェンチャン博士。
量子力学と宇宙論の融合研究で知られる、中国出身の理論物理学者だ。
「では、講演を始めます」
落ち着いた声で博士が語り始める。
スクリーンには、私が何度も文献で見た“宇宙の成分比”が映し出されていた。
「ご存知のとおり、宇宙の大部分は“観測できないもの”で満たされています。
ダークマターとダークエネルギーです」
会場が静まり返る。
博士は続けた。
「もし我々がこれらの“暗い成分”を直接観測できるようになったら──
その瞬間、宇宙の力学は“観測の影響”を受ける可能性があります」
──観測が、宇宙を変える?
昨日の高原の言葉が蘇る。
「観測って、世界の仕組みを変えるほど強いんですか?」
リー博士の話は続く。
「観測できないままだからこそ、宇宙は安定しているのかもしれない。
もし観測した瞬間に、ダークエネルギーが持つ“膨張の力”に変化が生じれば──
宇宙全体の運動がわずかに変わる可能性すらあるのです」
どよめきが広がった。
私は心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
──質問したい。
でも、この場で手を挙げるのは勇気が要る。
それでも、昨日から抱えている違和感と、
リー博士の言葉が妙に重なり、私は意を決して手を挙げた。
「はい、日本の理化学研究所の**小泉悟志**です。
質問があります」
博士は穏やかな視線を向けてくれる。
「どうぞ」
「もし、ダークマターやダークエネルギーを“観測した場合”──
観測者が持つ環境や状態によって、宇宙の変動が異なる……
そんな可能性はあるのでしょうか?」
一瞬の静寂。
博士は興味深そうに頷いた。
「非常に良い質問です。
その可能性を否定できる理論は、まだ存在しません。
観測者の状態、環境、さらには観測装置の量子的性質が、
宇宙の“隠れた構造”と干渉する可能性は、理論的にあり得るのです」
会場がざわつく。
私は思わず息をのみ、その言葉を胸の奥で反芻した。
──観測者が、宇宙に影響を与える?
昨日の時間のずれが、まるで“世界の応答”だったかのように思える。
講演が終わり、休憩に入ると、博士がこちらへ歩いてきた。
「先ほどの質問、非常に鋭かったですよ。
名刺をいただけますか?」
思わず緊張したが、名刺を差し出す。
博士は丁寧に受け取り、自分の名刺を渡してくれた。
「また議論しましょう。
あなたの視点は興味深い」
「ありがとうございます」
博士が去ったあと、私は名刺を見つめながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
名刺をしまった指先が、かすかに震えていた。




