1-5〈ヒロイン達とお弁当〉
それは穏やかな春のひと時。お昼休みの出来事だった。
「しーがーくーん!購買行きましょー!」
俺は今日も元気に志賀を誘う。彼の周囲からはギュグルルゴゴゴって感じの異音が鳴っていた。
「なんだ、この音」
「……腹減った……」
「お前の腹の音かよ⁈」
そう、志賀は食いしん坊なのだ。スポーツ万能細マッチョのその体は、やはり多くのエネルギーを必要とするのだろう。
そんな腹ペコボーイに俺は、とっておきの耳より情報を提供する。
「なあ!噂によると今日はあの『特製チキン南蛮タルタル和牛トンカツバーガーオーロラソース付き』が数量限定で売られるらしいぜ!早く行こう!」
「うおいマジかよ、急ぐぞ‼︎」
とんでもない食いつきだ。盛り上がる俺たちを引き気味に見ながら、黒姫が口を挟んだ。
「ねえ……なにその頭悪い商品。そんなのばっか食べてたら身体壊すって」
「毎日じゃねーし!なあ、志賀?」
「そうだぞ。たまの贅沢ってやつだ」
「……昨日のお昼は?」
「『特製宮崎県産名古屋コーチンと道産子東京Xの甘辛醤油照り焼きバーガー〜辛子マヨを添えて〜』」
「……バカ」
「なんでだよ⁈めちゃウマだったぞ‼︎なあ?」
「そうだな芳一。授業終わりと同時にダッシュした甲斐があった」
「や、さ、い、は?食、べ、な、い、の??」
「ヤサイ?初めて聞く肉だなあ」
黒姫は深くため息をついた。呆れてるようだが、そんなの気にしてる余裕はない。急がねば。
「さっさと行くぞ志賀!あ、余呉ちゃんも買いに行く?」
「僕は良いかな〜、なんか体に悪そうだし……」
「??、肉食えば健康だろ」
キョトン顔で言う志賀に、余呉はただ苦笑いを返した。
「行くぜ!」
走り出そうとした俺達の肩を、黒姫が掴んで引き寄せる。
「おいおい、叶恵何するん……」
「……ねえ、明日は私がお弁当作ってくるから」
「え?」
「楽しみにしていてね?」
謎に圧のこもったその声に、俺ら二人は無言で頷くしか無かった。
「弁当かー……」
たまには気分を変えて、というわけで俺達二人は屋上で昼飯を食っていた。なんとか手に入れた特製バーガーを齧りつつ、志賀は言う。
「叶恵のやつ、急にどうしたんだろうな?」
「さあー?」
あえてとぼけてみたが、俺には黒姫の考えが分かる。志賀の健康を気遣ってのことだろう。ツンデレな彼女にしては珍しい、ストレートな愛情表現。これは二人の仲をさらに深めるきっかけとなりそうだ。
俺はニヤリと笑い、大仰な芝居がかった口調で志賀を茶化す。
「それにしても黒姫嬢の手作り弁当とは、妬けちゃうねぇ、志賀くん?男子なら皆、喉から手が出るほど食べたい値千金の宝物だぜ!全く羨ましい限りだねこの幸せ者!」
「?、何言ってんだ芳一……?」
その先の言葉を遮るように、テンションの高い子供じみた声が聞こえてきた。
「聞ーいちゃった!叶恵先輩からのお弁当?そーんな約束したんですか?志賀先輩!」
現れたのは、悪戯っぽくニヤニヤ笑う我が愚妹、芳子と、不思議そうにこちらを見る澪ちゃんであった。
「ゲッ、芳子⁈なんでここに⁈」
「『ゲッ』じゃねーよクソ兄貴!せっかく高校生になったんだから、屋上でランチしてみたいでしょー?志賀先輩を置いてどっか行け!」
「このやろ、志賀のカツアゲか!」
「俺は小銭と同じ扱いかよ」
そんなくだらない言い合いを遮って、澪ちゃんが俺に小声で聞いてきた。
「ねえ芳一くん、叶恵先輩がお弁当作るって、ほんと?」
「え⁈いやあ、どうかな〜……作るかもしれないし、作らないかもしれない……」
「作るんだね」
さすがは名探偵澪ちゃん。俺のポーカーフェイスを見破るとは。
澪ちゃんが芳子へ目配せをする。芳子は自慢げに腰に手を当て胸を張り、志賀へ言う。
「志賀先輩!実は私、料理が得意なんです!」
「こう見えて」
澪ちゃんが独り言のように呟いた。聞こえてない様子の芳子はさらに続ける。
「叶恵先輩より旨い弁当を作れますよ!」
「……どうだか」
俺が冷や水をかけると、芳子はジトリと言った。
「ママが遅い時、夕飯作ってるの誰だっけー?」
「ごめんなさい。いつもありがとうございます」
駄目だ。この話題は俺が不利だった。
「叶恵先輩のよりおいしいって言わせてみせますから!楽しみにしててくださーい!」
そう一方的に言って、芳子達は去って行った。
「相変わらず賑やかなやつだなー」
「高校生にもなって、中身はまだまだ小生意気なお子ちゃまなんだよ」
「あはは、芳一くんってば、そんなこと言わないの。可愛い妹ちゃんじゃん」
先ほどのやり取りの間にぬるりと合流していた余呉が、笑いながら言う。
「でも、そうか、お弁当か……」
「ん?千秋、なんか言ったか?」
「いやさ、実は僕も最近お料理にハマってるんだよねー」
……この流れは、嫌な予感がする。
「年頃の男の子なら、いっぱい食べれるもんね?」
「ああ、まあ、少なくとも俺はいくらでも食えるぞ」
志賀が頷くと、余呉は独り言のように呟く。
「……じゃあ、お弁当が一個くらい増えても大丈夫だね」
「ん?悪い千秋、聞こえなかった。なんて言った?」
「なんでもなーい」
小さく舌を出して、彼……いや彼女は笑った。
なるほど、こうなったか……。せっかく黒姫のターンだと思ったのに。これじゃあヒロイン達による志賀の胃袋争奪戦だ。
面白え。だったら俺は何がなんでも黒姫を勝たせるだけだ。志賀の胃袋をガッチリ掴んでヒロインレースを一歩リードさせてやるぜ。




