1-2〈クラスメイトは男の娘?〉
「おはよう!光輝くん。それに、芳一くんと叶恵ちゃんも。みんな同じクラスだね。また一年よろしくね」
新しい我らが教室、二年一組に足を踏み入れた俺たちに声をかけてきたのは、可愛らしい顔立ちの少年だ。男子にしては少し長めのショートヘアを靡かせる彼は、名を『余呉千秋』と言い、俺たちとは去年も同じクラスであった。志賀と俺、余呉の三人合わせて『一年三組のでこぼこトリオ』などと呼ばれていた。
「おいおい、余呉ちゃんも一緒かよ〜?これじゃ去年と変わらないじゃねーか!」
俺が大袈裟にため息をつくと、余呉はジト目で俺を見た。
「なんだよ、芳一くんは僕と同じクラスは嫌だっていうの?」
「嫌じゃねーよ。むしろ好き!結婚して!」
「どういう情緒なんだよ……気持ち悪いな」
余呉はクスクスと笑った。その可憐な笑顔に魅了される男子は数知れず。もちろん俺もその一人だ。
去年の文化祭において、美男子コンテスト第一位&美少女コンテスト第三位などという前代未聞の偉業を成し遂げた余呉は、その中性的魅力から「性別:余呉」と呼ばれ、男女双方から絶大な人気を誇る。月に一度は女子あるいは男子からの告白を受けているが、全て断っているとのことだ。
なんとも勿体無い話だが、それにはちゃんと理由があった。余呉千秋は誰にも言えない、重大な秘密を抱えているのである。
「千秋、今日は体の調子は大丈夫なのか?」
志賀が尋ねると、余呉は少し考えてから、意味ありげに笑って答えた。
「今日はだいぶ良い感じだよ。いつも心配してくれてありがとう」
全く……実に白々しい会話だ。秘密を知る俺は心の中でため息をついた。
余呉は体が弱く、運動ができない。故に体育の授業はいつも見学をしている。——そう『病弱』。それはあくまで表向きの設定だ。
しかし真実は違う。余呉は決して病弱などではない。体育に参加することができない別の理由があるのだ。
衝撃の事実。余呉千秋は、女子である。
それもただの女子ではない。人気アイドルグループ『マグノリアブロッサム』のセンター、長浜百夏。それが彼……いや彼女の正体だ。
よく余呉の周りには余呉にガチ恋してしまい、自分はホモなのかと苦悩する男子生徒が一定数いる。俺もその一人だった。しかし、悩む必要は無いのである。だって女子だから。しかもアイドルだから。
この秘密を知るのは、生徒の中では俺と志賀のみである。数ヶ月前、志賀と余呉の二人きりでの会話をうっかり盗み聞いてしまった俺は、そこで彼女の正体を知ったのだ。いやあ、当時は流石に我が耳を疑ったが。
とんでもない情報だ。こんな重大な情報、盗み聞いたのが俺だけで本当に良かった。万が一、ゲスい奴に聞かれてしまったら、脅迫まがいのネタに使われていたかもしれない。……というか、かつての俺ならそうしていた。今の品行方正な俺で本当に良かった。
それにしても、志賀はいったい何のきっかけで余呉の秘密を知ったのだろうか?……男装女子が女子バレするきっかけは、ラキスケであると相場は決まっている。さすがは主人公、志賀光輝。羨ましい限りである。
「千秋ちゃんおはよう!今日も可愛いね!また一緒のクラスで良かった!」
黒姫が嬉しそうに言った。彼女は初めて会った時から、余呉のファンなのである。もちろん彼女は余呉の正体など知らない。余呉のことを可愛い顔の病弱男子として認識しているわけだ。
「ありがとう叶恵ちゃん。でも僕は男なんだから、『可愛い』は褒め言葉にならないよー」
そのセリフとは裏腹に、余呉はどこか嬉しそうであった。まあ正体は女だから、『可愛い』が褒め言葉になるのだろう。
「あ、そうだね。ごめんごめん。でも千秋ちゃんってほんとに可愛いから……女子の私が嫉妬しちゃうくらいだもん」
「何言ってるのー、叶恵ちゃんだって可愛いじゃん!」
きゃぴきゃぴとしたガールズトークが展開されていた。……余呉のやつ、自分の正体を隠す気あるのだろうか。俺はやれやれ、と大袈裟にため息をついて、二人の会話に割って入る。
「黒姫さ〜、いくら余呉ちゃんが可愛いからって、油断して気を許し過ぎると痛い目に遭うぜ?良いかい、男ってのはみんな狼なのだ。隙を見せたら、余呉ちゃんからもガブっといかれちゃうかもよ……?なあ、志賀?」
「ははっ。確かにな」
志賀がこの手の話に乗ってきた。珍しい。
黒姫は俺達二人をジト目で睨んで反論した。
「千秋ちゃんは、あなた達なんかとは違うから!純真無垢な妖精さんなんだから!」
「いや、それはお前、夢見すぎだろ。逆にキモいって」
そんな、黒姫と志賀のやり取りを笑いながら見ていた余呉だったが、ふと、小声でぼそっと呟いた。
「良いこと思いついた♡」
俺にしか聞こえないくらいの小声でそう言って、一瞬小さく舌を出した後、余呉は唐突に志賀に抱きついた。
「⁈……お、おい?」
志賀が驚きの声を上げる。そんな彼の反応を面白がるように笑いながら、余呉は言う。
「まったく、酷いな〜光輝くんも芳一くんも!僕は狼なんかじゃ無いってば!」
「分かったから、離れろって」
「えーなんでー?良いじゃん。男同士なんだし」
そう言って、余呉は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「僕に酷いこと言った仕返しだ!うりゃりゃ」
「悪かったから!辞めろって!」
クールな志賀が少し動揺している。それはそうだろう。彼は余呉が女だと知ってるのだから。状況的にはクラスメイトの女子(しかも可愛い)に抱きつかれて揶揄われてるわけで。一男子高校生として、無反応とはいかない。……っていうか、俺も志賀と同罪なんだから、その『仕返し』俺にもやってくれるべきでは?……まあ、いいや。
黒姫はそんな二人を微笑ましげに見ていた。彼女から見れば、それは男子同士のふざけ合いに過ぎない。なんならどっちも顔が良いから絵面的にも見てられるな〜とか呑気なこと考えていそうである。全く、黒姫は何も分かってない。ヒロインレースにおいてどういう状況なのかを何も分かっていないのだ。
余呉は女子として、志賀に好意を持っている。表面上は男子である自身の立場を利用して、秘密を共有する志賀に対し今のようにアピールできるのだから、全く……狼どころかとんだ女豹である。
しかしこうなると、黒姫推しの俺としては黙ってられない。
俺は唐突にポケットティッシュを一枚取り出すと、それを撚り合わせてこよりを作った。
「え?何をしてるの」
俺の不審な行動に、黒姫が訝しげな視線を向ける。しかし俺は気にしない。黒姫よ、これはお前のための行動なのだ。俺は作ったこよりを自分の鼻に突っ込んだ。
こしょ、こしょこしょ、は、は、ハ、ハックション‼︎
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁈」
俺のくしゃみを避けて、黒姫はよろめいた。転ばないように、すぐ近くの頑丈そうなものにしがみつく。
「な、何すんの⁈くしゃみをするときは口元を抑えて——」
言いながら、黒姫は自分がしがみついたそれを見る。見た目の割に意外とガッシリとした、細マッチョな体格の男子の体であった。
「あの……二人とも、そろそろ離れてもらえるか?」
余呉と黒姫、二人の女子に抱きつかれた志賀が、気まずそうに言った。
黒姫がボンっと赤くなる。湯気も出た。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁈」
照れ隠しゆえか、反射的に出た黒姫の平手が志賀を襲う。それはぺちっと言う小さな音を立てて志賀の頬に当たった。
これも、俺の中での黒姫の推しポイントだ。古き良き暴力系ツンデレヒロインながら、その暴力に大した威力は無い。非力ゆえに、別に痛くないのである。
「ご、ごめん!志賀くん大丈夫?」
「ああ、別に、痛くなかったし」
そして自分の非はすぐ謝れる。これも良し。令和仕様の暴力ヒロインである。
上記の二人のやりとりを、余呉はクスクスと余裕のある笑みと共に見ていた。全く油断ならないヒロインである。こいつに勝てるよう、黒姫には頑張ってもらいたい。
「そういえば……明日は入学式だね?」
余呉が俺の方をチラリと見て言う。彼女の言う通り、明日は新入生が——俺達の後輩が入ってくる。めでたいことだが、俺は素直に喜べなかった。
やれやれ……新たな面倒ごとがやってくる。それが分かっているのだ。




