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6話 生きてる……?

 ―――――深く深く沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上していくのを感じる。重い瞼に力を入れると、視界に光と色が戻った。


 ……生きて、る?


 鼻腔を刺激するのは、青々とした草木と土の香り。ここは外…? それとも安全地帯…?


「んん……」


 誰かが運んでくれたのだろうかと思い、取り敢えずもたれかかっていた温かな毛布から身体を起こす。多分状況から考えてここは安全地帯だろう。


「…生きてる」


 胸に手を当てれば、トクントクンと心臓が正常に鼓動しているのを感じる。壊れた装備の隙間から見える素肌には、受けたはずの傷口が無い。


「誰が…っ!?」


 誰が助けてくれたのだろうかと思い辺りを見回して―――ソレを見た瞬間、私の身体がガチンッと硬直した。


 私を見下ろす、大きな紫色の瞳。その持ち主の風貌は、私の間違いでなければ狼そのもので。

 私が先程まで毛布だと思っていたのは、どうやらこの狼の身体だったようだ。


「え、と…」


 言葉が、出ない。

 口は私の頭なんて丸呑みに出来そうな程大きく、伸びる前足は私の両脚を合わせたものより太い。こんな巨大な狼は、今まで見た事も聞いた事もない。


「…ガゥ」


 いつまでも話さない私に痺れを切らしたのか、寝そべっていた狼が立ち上がる。それにより私の身体が影に覆われ、この狼が如何に巨大なのかを思い知らされた。


「っ…」


 狼が鼻先を近付けて、私の匂いを嗅ぐ仕草をする。一瞬の恐怖心で思わず目を閉じてしまったけれど、恐る恐る窺えば、狼の視線が向かう先が治った傷口であると気付く。


「…大丈夫、だよ。もう痛くない」


 恐らくこの狼が私を助けてくれたのだろう。そう理解すれば、自分でも驚く程柔らかい声が出た。この狼は多分私の言葉を理解出来ないだろうから、安心させるように笑みを浮かべてあげる。……お世辞にも綺麗とは言えない、不器用な笑顔になっているだろうけど。


「グルル…」


「わっ…ありがとね」


 突然すり寄って来た事に驚くも、もう私の中でこの子に対する恐怖心は殆ど無くなっていた。


 少しして狼が離れると、おもむろに歩いて行って、何やら木からブチッと引き千切る音が聞こえた。


「ガゥ」


「…食べろって、事?」


 私の方へ戻ってくると、ポトンと私の目の前に木の実を落としてきた。確か安全地帯の木の実は安全の筈…多分。

 まぁなによりもこの子の善意を否定したくないので、ゴシゴシと袖で軽く拭いてから齧り付く。


「美味しいよ」


「ガウ!」


 本当に美味しい。味としては林檎に近いけれど、食感は梨に近い。失った血を作るにはちょっと栄養として足りないだろうけど、何も食べないよりはマシだろう。


「はぁ…これからどうしよ…」


 まだ身体の調子は万全では無い上、ここが何処かも分からない。ただまぁ幸い安全地帯にはいるからモンスターには襲われ、な……


「………」


 目の前でお座りをしている狼を見る。……なんで安全地帯に入れてるの?


「誰かにテイムされてるとか…?」


 安全地帯はその名の通り何故かモンスターが入ってこない部屋だ。そこにモンスターが入るには、誰かにテイムされていないといけない。

 けれど目の前の子は、誰かにテイムされているようには見えない。首輪とかの証がないし。


「んー…ま、いっか」


 私は学者では無いのだし、考えても分かるわけないので放置する。寧ろ安全地帯に入れるって事が、この子に対する安心要素になるし。


「一回帰りたいけど…帰還石も無いし…」


 一応帰還石はモンスターから極稀にドロップすることが判明している。でも私の得物は壊れてしまっているし、そもそも戦える身体じゃない。


「……」


 ふと、目の前の狼を見上げる。この子に頼んだら倒してくれたり…は無理か。

 私が何も言わずに見上げたからなのか、狼が少し首を傾げる仕草をした。……正直に言おう。めちゃ可愛い。


「ねぇ、こんな大きさの石知らない?」


 指で輪っかを作って尋ねてみる。するとジーッと私の指を見つめたと思えば、突然私の目の前に小さな穴が開いた。


「えっ!?」


 驚いている間に、ボトボトとそこから大量の結晶が溢れ出てくる。こ、こんなに沢山…しかもどれも純度が高い…


「ガゥ?」


 違った? とでも言いたげに鳴く狼に、苦笑しか浮かばない。そうね、こんなものを必要としているのは人間くらいよね。


「ありがと。ちょっと見てもいい?」


 指で指し示して尋ねると、コクリと頷いた。……やっぱり言葉を理解出来てるみたいね。


「んー…違う…これも違う……」


 一個一個光に(かざ)して確認する。帰還石は光に翳した時、自分が認識している外の風景が映るのでそれで判別する事が出来る。


「……あった」


 漸く見付けた一個。一般的に流通しているものよりも二回り以上大きいけれど、確かに外の風景が映っている。


 これで帰れると思う反面、もうこの子には会えないかもしれないと思えば不安が広がった。


 せめて助けてくれたお礼をしたい。けれど今の私には渡せるものなんて無くて。


「ガゥゥ…?」


 私の表情に影が射した事に気付いたのか、心配そうに鼻先を近付けて来た。それに思わず微笑みつつ手を伸ばし―――唐突に一つの案が浮かんだ。


「……名前、付けてもいい?」


 名前。そうだ名前だ。さっきから狼とかこの子としか呼んでいない。

 きっとこの子には名前が無い。だから今の私に出来る、たった一つの贈り物になる。


「ガゥ?」


「そうすれば、私が帰った後も貴方と繋がっていると思える気がするの」


「…ガウ」


 小さく鳴いて、私から離れる。そして目の前で座って私を見下ろす瞳には、何処と無く期待の色が見えた。


 これは安直な名前は贈れないぞと自分を奮い立たせ、思案する。

 目の前の狼は巨大で力強いけれど、同時にとても美しい。白銀の毛並みに金の模様。それに透き通った紫色の瞳が、それを裏付ける。


「白…いや瞳の方が根拠にいいかな」


 私が最初にこの子を見て印象に残っているのは、その綺麗な瞳だから。


「んー…なら、アヤメはどうかな?」


「ガウッ!」


 嬉しそうに鳴いてグイグイと擦り寄ってくる狼―――アヤメに、思わず笑顔が浮かぶ。


「アヤメ。私はどうしても帰らなきゃいけないの。でも絶対また会いに来るからね。それまで元気でいてね」


「アゥ…」


 やっぱりちゃんと正確に言葉を理解出来ているみたいだ。悲しげに鳴くアヤメの頭を撫でて慰めつつ、立ち上がる。


「…っ」


 その時血が足りないからか立ち眩みがしたけれど、咄嗟にアヤメが支えてくれた。


「ありがと…あ、そうだ。私の名前言ってなかったね。私は美涼(みすず)っていうの。覚えてくれると嬉しいな」


 こくりと頷いてグリグリと額を擦り寄せるアヤメに一つ笑みを零し、少し離れる。ここは安全地帯だから帰還石は正常に動くはずだけれど、アヤメの近くで使ったら何が起こるか分からないから。


「じゃあ、またね」


「ガウッ!」


 果たせるかも分からない約束だけれど、不思議と私はそう遠くない内にそれが叶う気がした。














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