18話 知らぬは本人ばかりなり
元気よく駆け出して行ったアヤメ達の後ろ姿を見送れば、私の背中にビシビシと突き刺さるような視線が送られるのが分かった。その視線の意味を正しく理解し、苦笑しながら振り向く。
「わざわざ分かれる必要があったのか? それも二人ずつではなくミリアだけというのは……」
「まぁ理由は勿論あるわよ。……ミリアを一人にした時、尻尾を出すかどうかを知りたいのよ」
そう言えば、二人も少し驚いた顔をしつつも納得したような表情を浮かべた。……そう、私は最初からあれがモンスターの仕業だとは思っていない。モンスターは本能に従う生き物であり、明確な悪意を持って行動することはまず無いからだ。
とはいえ決定的な証拠がないのもまた事実。となればわざと隙を作り、尻尾を出させられないかと思った訳だ。
「だか危険じゃねぇか? 相手は俺らの警戒を掻い潜って襲ってきたんだぞ?」
「だからアヤメに任せたんじゃないの」
アヤメは賢い。それでいてれっきとしたモンスターの一体だ。となれば危機察知能力も高いはず。それにもし襲われたとしても、アヤメは姿を消す事が出来る。これ程適任は居ないでしょう。
「アヤメが居れば、ミリアも余計な事はしないでしょうしね」
「あー……」
何処か心当たりがあったのか、リンダが何とも言えない声を上げる。ミリアは別に頭が悪い訳では無いのだけれど…少し、そう少しだけ好奇心が強い子なのよね。
だからこそ余計な思考を持たないよう、今回の事に関しても詳しい内容は伝えていない。ギルドでも報告しなかったのはその為だ。でもアヤメが理解しているでしょうから、問題は無いはず。
「つまり何だ。二手に分かれるってのは建前で、結局俺たちはミリアの後を追うって事で良いのか?」
「ええ。とはいえ敵にもミリア自身にもバレないよう、しっかりと距離は離して尾行するわ」
アヤメの足に追い付くのは難しいから、その点はそこまで難しい事じゃない。追跡に関しては索敵魔法で追い掛けられるし、それで目的の存在と接触したのかも分かる。
「…っと、そろそろ追い掛けないと見失うわね。行くわよ」
「へいへい。アヤメも大変な役目を押し付けられたもんだな…」
「アヤメが賢いからこそ出来る作戦だな」
ガレフの言葉には内心で頷いておく。アヤメが私達の言葉を理解し、更にはその内容に秘められた意味すらも理解してくれるからこそこんな危険な橋を渡るような事も出来るのだから。
◆ ◆ ◆
「……こうして見ると、アヤメが味方で心底良かったと思うわ」
「違いない」
尾行し始めて早々、思わずそんな事を口走った。何せアヤメが進むだけで、多くのモンスターが恐れを成して逃げ出していくのだから。中には私達がパーティーで戦うモンスターも居て、どれだけアヤメが他のモンスターと一線を画す存在なのかを裏付ける。
アヤメが賢く、そして優しいのは、こうした絶大な力からくるそれだけの余裕を持っているからなのでしょうね。
アヤメから逃げ出して来たモンスター達に襲われないよう気配を殺して慎重に進んでいけば、私の索敵魔法がモンスターとは違う反応を感知した。
「来た…」
短く呟けばガレフ達がピクリと反応し、身体を少し固くしたのが分かった。索敵魔法は存在を探知するだけであり、その存在が何なのかを具体的には把握出来ない。もしかしたら探している冒険者達の可能性もある。でも聞いていたのは三人組という事だし、反応は一つだけだからその可能性は低い。
少し進む速度を上げてその正体が何者なのかを確認……しようとした瞬間、反応が忽然と消え去った。
「えっ…」
「どうした?」
「……反応が、消えたのよ」
「っ! ミリア達は?」
「大丈夫。そっちの反応はあるわ」
二つの反応がピッタリ引っ付いているから、ミリア達を間違う事は無い。とすれば逃げた……? いやでもここまで隙を見せて逃げる?
「バレたんじゃねぇの?」
「……その可能性もあるわね。取り敢えず合流しましょうか」
奥の方からミリア達の方へと近付いてくる新たな三つの反応を探知したので、一先ず目的は達成されたということで急ぎミリア達の元へと向かう。
少し早足で進めば真っ白なアヤメの姿が見え、続いて上に跨るミリアの姿を認識して思わず息を吐いた。見たところ怪我のようなものも無さそうだ。
「ミリア。見付かった?」
「あっ、アリーシャ! ちょうどお会いしましたよっ!」
何でもない風を装って話しかければ、振り向いたミリアが満面の笑みを湛えて発見した事を告げてくる。アヤメも同じように振り返ったけれど、何処と無く呆れた眼差しをしているように見えるのは気の所為かしら?
「これで全員集合したって事ね。じゃ、改めて初めまして。私はアイナよ。こっちのミリアから話は聞いたわ。私達も好きで吹聴する趣味は無いから、安心して頂戴」
「そう。良かったわ」
取り敢えずミリアは無事に仕事を果たせたようだ。……なんというか、小さい子の初めてのお使いを見届けた気分になるわね。
「アヤメぇ…今からでも私達と来ませんか?」
「行きません。アヤメは私達と一緒に行くんです。ねー?」
「クゥン……」
アヤメの胸元に抱き着きながらミリアと言い合いしているのが、ガレフの言っていた動物好きの人かしらね。出会うのが私達ではなくて彼女達が先だったら、そういう可能性もあったかもしれないわね。
「羨ましいぃぃぃ……」
「……ガウッ」
「ふぇ? アヤメ?」
怨嗟を隠そうともしない彼女に対して突然アヤメがコツンと鼻先で突くと、そのまま視線を自分の背へと向けた。そのまま地面にしゃがみこめば、アヤメの言わんとしていることが理解出来る。
……モンスターに気を遣われるって中々異質な光景よね。今更だけど。




