9話 救世主
私達は今日、いつものように此処、ガルナメリア大迷宮へと潜っていました。ガルナメリア大迷宮はこの世界で最大級を誇る迷宮で、未だその最深部へと潜った者はいないとされている場所です。
その最奥には全ての願いを叶える秘宝があるとされていて、私達のような冒険者は長年それを追い求めています。
私達は普段この迷宮の八十階層付近で活動していますが、今日は少し深くまで潜ってみようとリーダーのガレフが言ったので、ステップアップを考えていた皆は反対すること無く下へと潜りました。
……それが地獄の始まりだと知る由もなく。
最初は順調そのものでした。ガレフとリンダが前衛を務め、アリーシャが魔法で援護。そして私が補助魔法と回復魔法でサポートする。いつも通りの戦い方。
―――それが崩れたのは、唐突でした。
「ぇ…?」
相対したモンスターはオークジェネラル。オークを従えて戦う事が特徴で、これまでも何度か討伐経験のあるモンスターでした。
だからこそいつものように戦って……気が付けば、私の肩口からは血が吹き出していた事を遅れて頭が理解していました。
警戒は当然怠っていません。しかしそれは本当に一瞬の出来事で。何が起きたのかも分からず、痛みが襲うより早く意識が朦朧として暗く沈んでいきます。
そんな中で最後に目に映ったのは、顔を青ざめさせてこちらへ走ってくるアリーシャの姿と……オークジェネラルの後ろでニタリと弧を描く口元だけでした。
◆ ◆ ◆
次に意識が覚醒した時は、漸く天国からの迎えが来たのかと思ってしまいました。自分の身体の事は自分が一番良く理解しています。あの傷で助かるはずがないと私は思っていましたから。
でも現実とは奇妙なもので、私はどうやら生き長らえる事が出来たようです。まだ朦朧とする意識の中、泣き腫らすガレフの言葉で、ポーションを譲ってくれた存在がいると知ります。
冒険者とは孤独な生き方でもあります。互いに生活がありますから、安くない金額をはたいてまで誰かを助ける事は少ないのです。
なので正直な話、ガレフの言葉は信用出来ませんでした。それでも本当ならちゃんと感謝を伝えておくべきだと思い、視線を巡らせて……揺らめく真っ白な光のようなものが、私の目に映りました。
それは所謂魔力の揺らぎと呼ばれるもので、私達魔法使いのように魔力を探知する能力に長けた存在が時たま見ることが出来るものです。
魔力の揺らぎが固まっていた場合、それは“そういう存在”がいると言われています。成程、だとすればポーションを譲ってくれたというのも納得です。だからこそ私はその光に向けて感謝を告げました。
「あなたが…ありがとう、ございます…」
「ミリア? 誰に言ってるの?」
「? そこの…見えないのですか?」
「「「っ!?」」」
しかし私の言葉に驚愕して身体を固くする皆を見て、それが私にしか見えていないのだと知ります。ガレフ達は兎も角、アリーシャも見えていなかったというのは少し驚きですね。
「アリーシャ、見えませんか?」
「何も見えないわよ?」
「ミリア、何処にそれは居るんだ? 敵か?」
ガレフの言葉に弱々しく首を振ります。そもそも人知の及ばぬ存在ですから、厳密には敵味方の区別がないのですが……私達が敵うような存在でもないので、味方だと願う他ありません。
私が否定した事で困惑しつつも皆が警戒を解くと、途端に光の揺らぎが濃くなり始めました。
ガレフ達もそこで漸くその存在に気付き、私が向けていた目線の先へと注目します。
魔力の揺らぎが形を成し、次第に私達の目線は上へ上へと上がっていきます。……なにせそこに現れたのは、私達よりも巨大な狼だったのですから。
「なっ!?」
「だ、大丈夫ですよ…」
また攻撃態勢を取ろうとしたガレフ達を必死で宥めます。これは絶対攻撃しては駄目な存在だと、私の本能がけたたましく警鐘を鳴らしていますから。敵対したら最後、私達に勝ち目はありません。
幸いにして狼の気分を害した様子は無く、ほっと胸を撫で下ろします。
「えっと…味方、なのよね?」
「ガウッ」
アリーシャの言葉にはっきりと同意するかのように狼が頷きます。こちらの言葉は理解出来ているようですね。
「もしかして精霊…?」
「グルゥ?」
「あれ、違うの?」
私もこの狼は精霊だと思っていましたが、どうにも違うようです。……いえ、この場合は…精霊という言葉が理解できていないのでしょうか。そんな反応に見えます。
「えと…」
互いに沈黙が続きます。そもそも狼は話せませんから、私達を助けた真意を聞き出すことが出来ません。
どうしようかと考えあぐねていると、ふと目の前の狼がガリガリとその爪で地面に何かを書き始めました。成程、筆談ですか。
「文字? ……ア、ヤ、メ…アヤメ?」
「ガウッ!」
アヤメ……この狼の名前のようですね。しかし地面に刻まれた文字はここからでは良く見えませんが、どうにも私の知る文字とは違うように見えます。
「アリーシャ。これ読めるのか?」
「え? あぁ…これはガイアメルクの方の文字よ。多分この子の名付け親がそっち出身なんでしょうね。アヤメっていうのも確か花の名前だったはずよ」
ガイアメルク……確か、極東地域にある小さな国の名前でしたか。このガルナメリア大迷宮は広大で多くの国に跨っているので、多くの入口があります。なのでこの狼……アヤメがそうした人と出会っていても不思議はありませんね。
「そうか…アヤメ、改めて感謝したい。君のおかげで仲間を失わずに済んだ。本当に、本当にありがとう…っ」
折角引っ込んだ涙をまた流しながら、ガレフが額を地面に擦り付けます。そうしたいガレフの気持ちも分かりますけれど、アヤメはどうにも困惑しているように見えますね。まぁ彼…いえ、名前的に彼女ですか。彼女からすればただ気まぐれに助けただけでしょうから、その反応も頷けます。
取り敢えずアヤメに何か恩返しは出来ないでしょうか…? 彼女がそれを目当てに助けた訳では無いと分かってはいますが、せめて感謝を示す事はしておきたいですし。
……そのついでに、ちょっと撫でさせて貰えたり……?




