プロローグ
貴方の趣味は何かと問われれば、私は間違いなく登山と答える。
登るまでの準備時間や登山中の参道から見れる風景、そして山頂に到達する事の達成感。そのどれもが私の大好きなものだ。
そんなある日の事。私は休日に手頃な山へと登山に向かっていた。
天気は快晴。雲が流れてくる様子も無く、天気が変わる事はほぼ無いだろう。さらに今回登るのは、私からすればかなり楽な部類に入る難易度の山。
だからこそ私は、よく言えば気楽に。悪く言えば気を抜いていた。
それが原因になったのかは今でも分からない。けれど、私はその日自然の脅威というものに襲われた。
登り始めて三十分。中腹まで辿り着いたところで、一気に天候が悪化する。
「不味いな…」
登山において最も危険なのは雨だ。参道は泥濘むし、最悪足を滑らせる危険が増す。更にどれだけ足元に気を付けていようと、落石や土砂崩れに見舞われる可能性がある。
「…降りよう」
こういう時の判断は早くするべきだ。私はポツポツと雨が降り出す中、来た道を引き返した。
でもその迅速だと思っていた判断は、既に手遅れだったのかもしれない。
雨足は急速に増し、小雨だったものは視界不明瞭な程の土砂降りへと変貌した。
視界を奪われ、体温を奪われ、まともな行動ができるとは思えない。ここで敢えて足を止めて雨足が弱まるのを待つべきか……
―――――なんて、考え事をしていたのが駄目だった。
「あっ!?」
ズルっと足が滑る感覚がしたと思えば、私の身体は参道の外へと放り出されていて。
(……ここ、確か結構な崖だったよね?)
焦りながらも何処か冷静な自分がそう思考する。このまま滑落して助かる見込みは…正直、無いに等しい。
(あぁ…短い人生だった…)
私は身体が地面に衝突する衝撃を最後に、その意識を落とした。