第13話 最終賭博ゴールドラッシュ
# 第13話 最終賭博ゴールドラッシュ
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金鉱山の廃坑。
かつて富を求めた者たちが命を落とした場所に、新たな欲望の亡者たちが集まっていた。
中央の広場には、俺が見たことのない化物たちがいた。
『紅蓮の双刃』ザイードのような特色エージェント。Sランクの冒険者パーティー。裏社会で有名な狂戦士たち。
そして――
「まさか『頭』の直属部隊が来るとはな」
俺は煙草に火をつけながら、奥の集団を見た。
黒いローブに身を包み、顔の上半分を仮面で覆っている者たち。企業都市連合を陰から支配する『頭』の直属部隊――『監視者』だ。
中央に立つリーダーは『千里眼』と呼ばれる男。レベル400を超える化物だ。その禍々しい魔力が、空気を震わせていた。
周りには、同じく黒装束の精鋭たち。『爪』と呼ばれる暗殺者たち。どいつもレベル300は超えている。
「欲望変換炉か......『頭』も欲しがるわけだ」
千里眼の声は、機械のように無機質だった。
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『皆様、ようこそ!』
MR.ハウスマスターのホログラムが、広場の中央に現れた。
『私が人生をかけて作り上げた欲望変換炉を求める者たちよ。特異点をかけたギャンブルをしよう』
ホログラムが両手を広げる。
『君たちがベットするのはもちろん君たち自身の人生、つまりは命をオール・インしてもらう』
ざわめきが起きた。だが、誰も逃げ出さない。ここに来た時点で、覚悟は決まっているのだろう。
『ゲームはゴールドラッシュ! ルールは簡単だ』
ハウスマスターはホログラムで出来た青いディスクを見せた。手のひらサイズで、複雑な模様が刻まれている。
『このディスクと同じものがこの鉱山に隠されている。それを見つけ出して持って帰るだけ』
「お前から聞き出したほうが早い」
千里眼が急に動いた。
影のような速さで距離を詰め、黒い魔力を纏った拳がハウスマスターを貫く――
が、攻撃はホログラムの身体を素通りした。
『ルール説明すら聞けないなら退出願おうか』
次の瞬間、千里眼の背後に積み上げられた岩石が吹き飛んだ。
轟音と共に、巨大な影が立ち上がる。
「なんだ、ありゃ......」
誰かが呟いた。
全高4メートルの鋼鉄の巨人。だが、よく見ると継ぎはぎだらけだ。右腕は別の機体のもの、左脚は応急修理の跡。そして欠けた部分は、青いホログラムで補われている。
黄金色に塗装されたボディは、歳月で色褪せているが、威圧感は健在だ。
ドォォン!
巨人の胸部が開き、プラズマキャノンが千里眼を撃ち抜いた。
レベル400を超える化物が、一撃で肉片に変わった。
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『なにもないのはつまらないだろう』
ハウスマスターは愉快そうに続けた。
『鬼として前文明の最終戦争で使われた兵器、質量をもったホログラムで補強した黄金のセントリーボットを解き放つ』
セントリーボット。300年前の戦争で使われた、究極の殺戮マシン。
『整備用のパーツが手に入らずニコイチ修理で維持してきたが、それでも600近くはあるだろう』
レベル600。この場の誰よりも強い。
『なにより、壊れたパーツはホログラムで補強するから装甲への攻撃は無意味だろうな。挑戦するのは自由だぞ』
『爪』の一人が、試しに魔法を放った。炎の槍がセントリーボットの肩を貫く。
だが、穴は即座に青いホログラムで埋まった。
『最後に、臆病者は私のゲームに相応しくない。3分やるから今すぐ出ていけ』
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広場から、次々と人が消えていく。
特色エージェントの半分が撤退。Sランク冒険者も、リーダーの判断で退場。千里眼の死を見た『爪』たちも、8割が逃げ出した。
3分後。
残ったのは5人だった。
俺。
『爪』の女性幹部、『影纏いのルナ』。レベル350はありそうだ。
裏社会の狂戦士、『血塗れのバーサーカー』。筋肉の塊のような男。
特色エージェント『幻影の魔術師』。空間を歪める能力者。
そして、フードで顔を隠した冒険者。中級の傭兵といった風体だ。
『素晴らしい! ゲームスタートだ!』
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セントリーボットが起動した。
ギュィィィン......
古い駆動音と共に、黄金の巨人が動き出す。胸部のハッチが開き、ガトリング砲が姿を現した。
「散れ!」
誰かが叫んだ瞬間、弾丸の雨が降り注いだ。
ダダダダダダダダ!
秒間3000発の弾幕。地面が爆発し、岩が砕け、廃坑の入り口が崩れる。
俺は横っ飛びに回避し、岩陰に隠れた。
フードの傭兵は運が悪かった。回避が遅れ、弾丸の直撃を受ける。
「ぐあああ!」
体が蜂の巣になり、血しぶきを上げて倒れた。レベル100程度の実力では、この戦場は荷が重すぎた。
『血塗れのバーサーカー』は正面から突撃した。
「ウオオオオオ!」
巨大な斧を振り上げ、セントリーボットの脚を狙う。
ガキィン!
金属音と共に、斧が弾かれた。ホログラムで補強された装甲は、物理攻撃を無効化する。
「なんだこりゃ!」
バーサーカーが驚愕する隙に、セントリーボットの左腕が変形した。火炎放射器が現れ、1000度の炎が吹き出す。
「ギャアアアア!」
バーサーカーが炎に包まれた。だが、さすがは狂戦士。炎の中から飛び出し、再び斧を振るう。
その時、セントリーボットの背中から魔導ミサイルが発射された。
ドドドドド!
誘導弾が次々とバーサーカーを追尾する。岩陰に逃げ込もうとするが、ミサイルは正確に追ってくる。
爆発。爆発。爆発。
煙が晴れると、バーサーカーは地面に倒れていた。全身焼け爛れ、左腕は千切れている。まだ息はあるが、虫の息だ。
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『幻影の魔術師』が動いた。
空間を歪め、セントリーボットの周りに幻影を作り出す。数十体の分身が、あらゆる方向から攻撃を仕掛ける。
だが――
セントリーボットの頭部が回転し、全方位にレーザーを照射した。
幻影が次々と消滅していく。そして本体を正確に捉え、プラズマキャノンを発射。
『幻影の魔術師』は空間転移で回避しようとしたが――
ドォン!
転移先を読まれていた。プラズマの直撃を受け、上半身が蒸発した。
「次は私ね」
ルナが影から現れ、セントリーボットの背後を取る。影の刃が関節を狙う。
だが、セントリーボットは振り向きもせずに肩のハッチを開いた。
小型ミサイルが、至近距離でルナに向かって発射される。
「くっ!」
ルナは影に潜ろうとしたが、爆発の方が早かった。
ドォン!
直撃は避けたが、爆風で吹き飛ばされる。岩壁に叩きつけられ、血を吐いた。肋骨が折れ、内臓も損傷している。
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5分経過。
戦場には、俺と瀕死のルナだけが残っていた。
セントリーボットの動きが、急に鈍くなった。
ブシュー......
関節から蒸気が噴き出し、武器システムが停止する。排熱のクールタイムだ。
「今だ!」
俺は岩陰から飛び出し、分子分解再構築を発動。対物ライフルで、露出した排熱口を狙い撃つ。
だが、弾丸は青いホログラムに阻まれた。
「排熱口まで防御してるのか」
同時に、俺は瀕死のルナに駆け寄った。
「おい、まだ生きてるか?」
「......誰が......死ぬもんか......」
血を吐きながらも、意識はある。
俺は懐から濃縮ベップシ注射を取り出した。マロンから貰った、禁断の回復薬。
「これを使えば助かる。だが――」
「いいから......早く......」
ルナが震える手を伸ばす。死ぬよりはマシ、ということか。
俺は注射器を彼女の首筋に突き刺した。
青い液体が血管に流れ込む。効果は即座に現れた。
「あ......ああ......」
傷が見る見るうちに治癒していく。折れた骨が繋がり、内臓も修復される。だが同時に、彼女の目が虚ろになっていく。
「気分は......最高よ......」
ベップシ中毒の症状だ。もう後戻りはできない。
6秒後、セントリーボットが再起動した。
今度は両腕をガトリング砲に変形させ、俺たちに照準を合わせる。
「ルナ! 影に隠れろ!」
だが、彼女は恍惚とした表情で立ち上がった。
「大丈夫......すべてがうまくいく......」
まずい。正常な判断ができなくなっている。
俺は最後の賭けに出た。
濃縮CEV弾を取り出し、ルナに向けて撃った。
「悪いな」
プシュ。
弾丸が彼女の肩に命中する。
「え?」
3秒後、変化が始まった。
ベップシで強化された肉体に、CEVが作用する。二つの薬物が予想外の化学反応を起こし――
「があああああああ!」
ルナの体が異形へと変貌していく。影を操る能力が暴走し、全身から黒い触手が生え、同時に炎を纏い始めた。
キメラ化弾を撃ち込む。
「セントリーボットを攻撃しろ! 炎の槍を連続で撃て!」
「ギャアアアアア!」
理性を失ったルナが、凄まじい勢いで炎の槍を放ち始めた。通常の10倍の威力と速度。ベップシとCEVの相乗効果だ。
セントリーボットはホログラムで防御するが、連続攻撃に対応しきれない。そして何より――
内部温度が急上昇していく。
「そうだ、もっとだ!」
炎の槍が次々と着弾し、装甲が赤熱していく。ホログラムも熱で歪み始めた。
ピーピーピー!
警告音が鳴り響く。オーバーヒート。セントリーボットが緊急停止した。
全ての武装が停止し、排熱口が全開になる。今度こそ無防備だ。
俺は改良型グラブジャンプガントレットを起動させた。マロンが密かに改良してくれていた。チャージ時間はわずか5分。
既に戦闘開始から5分以上経過している。
「これで終わりだ」
俺はセントリーボットに肉薄し、その頭部に手を置いた。
「部分転移――頭部だけ1キロ先に転送!」
ガントレットが青白く光る。
空間が歪み、セントリーボットの頭部だけが消失した。
ドカァァァン!
1キロ先で、金属片が雨のように降り注ぐ音が聞こえる。
頭部を失ったセントリーボットは、ゆっくりと膝をつき、そして倒れた。
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胸部装甲が開き、中から青いディスクが転がり出た。
俺はそれを拾い上げ、煙草に火をつけた。
「勝負ってのは運じゃない」
紫煙を吐き出しながら、俺は呟いた。
「持ってるカードを、どう使うかだ」
背後では、キメラ化したルナが苦しみながら暴れている。30分経てば正気に戻るが、ベップシ中毒は一生治らない。
『見事だ、ホークス』
ハウスマスターの声が響いた。
『私の300年間で、最も面白いゲームだった。約束通り、欲望変換炉の特異点は君のものだ』
地面が割れ、地下から小さな祭壇がせり上がってきた。
そこには、黄金に輝く球体が安置されていた。
欲望変換炉の特異点。
人間の欲望を物質に変える、究極の錬金術。
俺はそれを手に取り、懐に仕舞った。
これで、トーマスの切符を使う準備が整った。
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15年前のあの日へ。