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5.婚約破棄されて良かった!


 ミラは今までクリスからこういった魔法技能に関する己の評価を聞かされたことがなかった。しかし、いざ聞いてみると、想像以上に彼の中で自分の評価が高いことに驚く。


 それは非常に嬉しいことなのだが、同時になんだか畏れ多い気持ちになってくる。


「魔力操作は先生の方がすごいと思いますが……」


「魔力量は俺のほうが上だが、魔力操作の技術は同等くらいだろう。それに加えて、全属性が使える魔法使いがこの国に何人いると思ってる?」


「全属性が使えるのは先生もじゃないですか」


 基本的に、魔法使いは狭く深く、研究員は広く浅く魔法が使える者が多い。戦闘を主とする魔法使いはひとつの属性を極めたほうが強くなるし、研究員はなるべくたくさんの属性を扱えたほうが研究に便利だからだ。


 クリスも例に漏れず全属性を扱える魔法の使い手で、その上、ほとんどの属性を極めているという脅威っぷり。この人なら余裕で魔法師団に入れるだろう。それも特級で。


 対するミラは、大技を使えるほど何かの属性を極めているわけではない。


 やはり自分には誇れるほどの才能があるとは思えず、ミラは訝しげな顔をした。すると、それを見たクリスも渋面になる。


「お前……なんでそんなに自分に自信がないんだ」


「なんでと言われましても……天才の隣で『自分には才能がある!』なんて言えませんよ」


 ミラが「何をわかりきったことを」と言わんばかりにそう伝えると、クリスはわずかに寂しそうな顔をした。


「……わかった。これからは事あるごとにお前を褒めることにする」


 初めて見るクリスの表情に驚いたミラは、もっとよく見て彼の心情を確かめようとした。しかし、次に瞬きしたときには、いつもの仏頂面に戻ってしまっていた。気のせいだったのだろうか。


「話を戻す。お前の元婚約者は、お前の才能にプライドをへし折られたんだ。自分より魔法の才があり、頭も、おまけに顔も良いお前の隣にいるのがつらくなったんだろう。だから自分より能力の劣った女を選んだ」


 顔が良いという部分においては、ミラもある程度自覚していた。社交界デビュー後にはたくさんの縁談が舞い込んできたし、夜会ではよく男性陣の視線を集めていたからだ。

 

 淡い紫の大きな瞳が印象的で、ゆるくウェーブがかった薄紅色の髪は春の花畑を連想させる。そして、細すぎず太すぎず、女性らしい柔らかな体つきだ。


 ジュダスも、容姿はよく褒めてくれた。今となっては、それも本心だったのかわからないが。


 しかし、美丈夫のクリスに「顔が良い」と言われるのは、素直に嬉しい。


 そんなクリスが、至って真面目な顔で言う。

 

「だが、それで浮気をしていい理由にはならない。お前は何も悪くないんだ。だから、そんなつまらん男のために、これ以上お前の貴重な涙を使うな」


 ――慰めてくれている。


 いつも仏頂面でぶっきらぼうな彼だが、それは表面上そう見えるだけで、やはり中身はとても優しい人なのだ。


 彼の優しさがジワジワと胸の中に広がり、心が温かくなる。


「ありがとうございます。元気出ました」


 ミラがふわりと笑うと、クリスはわずかに口角を上げ、「ならいい」とだけ言った。


 クリスの仏頂面以外で見たことがあるのは、苦笑か嘲笑か冷笑くらいだ。しかし今の表情はかなり「笑顔」に近かったのではないだろうか。研究室に入った当初はこんなに話してくれることもなかったことを考えると、今では随分と気を許してくれているらしい。


 元気が湧いたところで実験に戻ろうとすると、すぐにクリスに呼び止められた。


「ミラ。もうすぐ卒業だが、その後の当てはあるのか?」


「……残念ながら、全く」


 苦笑して答えてから、ミラはわずかに俯く。


「母は『女の幸せは結婚して子供を産むことだ』という考えの人でして、私に結婚して欲しいようなのですが、今はとてもそんな気にならなくて……」


 ミラにとって、昨日の婚約破棄はまあまあなトラウマになっていた。また裏切られるかもしれないと考えると、次の相手を見つける気も起きない。


「なるほどな。ではここに残るか?」


「え? いや、留年はちょっと……」


 ミラが丁重にお断りしようとすると、クリスは思いっきり渋面になった。眉間のシワがいつもの倍だ。


「馬鹿。学生としてじゃなく、研究員としてだ」


 思っても見ない提案に、ミラは一瞬呼吸が止まった。


 研究員として、ここに残る。それは、天才からの正式なスカウトだった。


「……良いん、ですか?」


「ダメだったらこんな提案しない。お前さえ良ければ、ここに残るといい」


(私がここの研究員に……? そんなの……そんなの、最高に決まってるじゃない!!)


 嬉しくて舞い上がったミラは、教授室の執務机に勢いよく両手を付き、クリスに向かって身を乗り出した。


「良いも何も、そんな光栄なことはありません! ぜひよろしくお願いします!!」


 自分がスカウトされた事実に、天才に認められた事実に、そして、憧れの先生の元で研究が続けられることに、ニヤケが止まらなくなる。


 胸の中が、希望に満ち溢れてくる。


「ああ、なんだか、婚約破棄されて良かったとさえ思えてきました……! 私、先生の元で研究ができるなら、一生独身でもいいです!」


「それは……理解ある夫を見つけろ」


 クリスの苦言を既に聞いていなかったミラは、淑女の嗜みも忘れ、満面の笑みで喜びの舞を踊るのだった。


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