表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つまらない女だと婚約破棄されましたが、浮気男はこっちから願い下げです〜行き遅れた秀才令嬢は、天才侯爵に溺愛されるようです  作者: 雨野 雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/45

37.最後まで抵抗することを選んだ

※この回にはストーカー・性的暴力を想起させる描写が含まれます。ご自身の体調に応じて読み進めてください。


 クリスの研究を盗んだあの男――ギズリーが連行されていった後、ミラはいつものように夜まで実験をしてから、大学の寮に帰ろうとしていた。


「本当にひとりで大丈夫か? うちに泊まるのに気が引けるなら、せめて寮まで送る」


「心配しすぎですよ。犯人はもう捕まったんですから」


 ミラの元に届いたあの刃物入りの手紙も、おそらくはギズリーの仕業だ。彼が捕まったというのに、クリスは依然としてミラがひとりになることを不安がった。今朝、ミラが怪我をしたことが余程(こた)えたらしい。


「寮は大学のすぐそこですし、この時間でも大丈夫です」


 時刻は二十二時近く。今日は比較的帰りが遅くなってしまったが、大学から寮は目と鼻の先だ。寮に着くまでに何か起きることはないだろう。クリスは思った以上に心配性で過保護なタチらしい。


「いや、やはり送ろう」


「先生、まだ仕事が残ってるんでしょう? 寝不足で倒れられては私が困りますから。それでは先生、また明日」


 渋い顔のクリスに無理やり別れを告げ、ミラは研究室を後にした。ただでさえ今日は迷惑をたくさんかけたのに、これ以上多忙な彼の手を煩わせるわけにはいかない。


 研究室と同じフロアにある更衣室で着替えを済ませてから、階段で一階へと下りる。そしてそのまま研究棟を出ようとしたところ、その入口に一人の男が立っていた。


 この時間の研究棟はすでに照明が切られていて、入口の扉から入ってくる月明かりだけが、ポツンと佇むその男を照らしている。しかし、月明かりが逆光になっていて顔がよく見えない。同じ棟の研究員かと思ったが、似た体格の人物に覚えがなかった。


 ミラが思わず立ち止まったところ、男がこちらの存在に気づき、ゆらゆらと近づいてくる。


「ミラ」


 その声を聞いて初めて、ミラはようやく男の正体に気づいた。ほのかな恐怖心が湧き上がり、声が震える。


「ジュ、ダス……?」


「会いたかったよ、ミラ」


 嬉しそうに口角を上げて笑う男は、間違いなく元婚約者のジュダス・クウォークだ。しかし、以前の彼とはまるで別人のように見えた。


 目の前に来てようやく彼の顔をはっきりと視認できたが、頬は痩せこけ、目には覇気がない。髪は艶を失いボサボサで、唇もひどく荒れていた。


 ミラはジュダスが今ここにいる事実にそこはかとない恐怖を覚え、思わず一歩、後ずさる。


「どうして、ここに……?」


 ミラが恐る恐る尋ねると、ジュダスはにこりと微笑んだ。


「君と僕は結ばれなきゃならないんだ。神から魔法の力を授かった君と僕なら、きっと上手くいくはずだよ」


 その笑顔と言葉に、ゾクリと悪寒が走る。何かが致命的におかしい。


「……ごめんなさい。ジュダスが何を言っているのか、さっぱりわからないわ。あなたは何をしにここに来たの?」


「君はあのクリスとかいう男に騙されてるんだ。魔法は神の力なのにそれを解き明かそうとするなんて、きっと天罰が下るよ。ミラもこのまま研究なんか続けていたら、身も心も穢れてしまう」


 話が全く噛み合わない。


 どうやらジュダスは、こちらの話を聞くつもりがないらしい。それとも、聞ける精神状態にないのか。


 彼の目はどこか焦点が合っておらず、夢現(ゆめうつつ)の状態に見えた。


「だからさ、ミラ。大学なんて辞めて、僕と一緒になろう、ね? ああそうだ、あの男との婚約も破棄しないとだめだ。そのあと、僕達の結婚式の準備をしよう。やることがいっぱいだね」


 支離滅裂な事を言っているジュダスに、ミラは本能的に距離を取った。この場にいては危険だと、脳内に警鐘が響く。


「近づかないで。警備員を呼ぶわよ」


「君がいなくなってから、すべてが上手くいかなくなったんだ。魔法師団をクビになり、キャシーにフラれ、親には勘当され、行く当てを失った。僕には君が必要なんだよ、ミラ。それが神の思し召しだ。思し召しなんだよ。うん、そうに違いない」


 ジュダスはそう言いながら再びミラに近づき、ぬっと手を伸ばしてきた。ミラは反射的に身を引き、思わず叫ぶ。


「触らないで!!」


 ジュダスの手は止まったが、彼はひどく傷ついた顔をした。そして段々とその顔が歪み、怒りと憎しみが混ざりあったような表情に変わっていく。


(……逃げなきゃ)


 本能的にそう思ったミラは、すぐに身を翻し、鞄を放りだして一目散に走り出した。


 クリスの元までたどり着かなければ、どんな目に遭うかわからない。後ろから近づいてくる足音を聞きながら、その確信だけが脳を支配していた。


 最初はそれなりの距離があったものの、階段を登るにつれ、どんどんジュダスが近づいてくる。一気に二階まで駆け上がったのに、そのときにはすでにジュダスが背後まで来ていた。


 しかし、二階まで来れば、あとはクリスに気づいてもらえばいい。


 ミラは大きく息を吸った。できる限りの大声で叫んで、クリスに助けを求めるために。


 しかし、叫ぼうとしたその瞬間、ミラはとうとうジュダスに捕まり、背後から口を抑えられてしまった。


「んんー!!」


 後ろから抱きつかれたミラは、必死の抵抗も虚しくズルズルと引きずられていく。そしてジュダスがミラを連れ込んだ先は、先程までいた女子更衣室だった。


 この棟に、女性研究員はミラ一人。つまり、ここには誰も来ないということだ。


 そしてたった今、ジュダスが遮音の魔法をこの部屋にかけた。これでいくら叫んでも、クリスに声は届かない。


 絶望と怒りとやるせなさが、ミラを支配する。


 ジュダスが家を追い出されたのは知らなかった。行く当てを失い、確かに大変だったのだろう。彼も周囲の人間に振り回された被害者なのかもしれない。


 しかし、ミラを捨て、キャシーを選んだのはジュダス自身の選択だ。魔法師団と大学の懇親パーティーで騒ぎを起こしクビになったのも、彼が自分で取った行動のせいだ。


 そう考えると、彼の自業自得である部分も多いのではないだろうか。少なくとも、自分がこんな事をされる(いわ)れはない。


 ミラは言いようもない感情に任せて、口を塞いでいるジュダスの手を思いっきり噛み、彼の拘束から逃れた。


「ジュダス! こんなことをすれば、あなたの人生は本当に終わってしまうわよ!? それでもいいの!?」


 叫びながら距離を取る。だが、扉側にいるのはジュダスだ。ミラの逃げる術は、もはや窓から飛び降りる方法しか残されていなかった。


「警告の手紙、届いてたよね? 穢れるから研究をやめろって。なのにどうして続けてるの?」


(今朝のあの手紙の送り主は……ジュダスだったの……?)


 恐ろしい真実に、ミラの心臓がより一層早鐘を打つ。頭から血の気が引いていき、体の震えが止まらない。


「あなたは私を傷つけたいの? 自分のものにしたいの? どっちなの?」


「傷つけたいなんてまさか! 自分のものにしたいに決まってる!」


 ジュダスは心外だと言わんばかりにそう叫んだあと、何かに気づいたようにハッとした表情になった。


「自分のもの……そうだ、既成事実を作ってしまえばいいんだ……」


 歪んだ笑みを浮かべながらズンズンと近づいて来たジュダスに、ミラはあっけなく両手を掴まれた。


「ジュダス待って、話を聞いて……!」


 振りほどこうと懸命に抵抗するが、男の力に勝つことなど当然出来ない。ジュダスの歪んだ顔が目の前に迫る。ミラは恐怖のあまり、パニックに陥った。


(ま、魔法……魔法、使わなきゃ……でも、何の魔法? どうすれば逃げられる?)


 ミラは戦闘員ではない。そのため、当然魔法の対人戦の経験など一度もない。


 昼間にギズリーを魔法で縛り上げられたのは、彼への怒りで無我夢中だったからだ。恐怖に支配され、冷静さを失った今のミラに、「イメージが全て」である魔法を正確に使うことなど不可能だった。


 結局ミラはろくな時間稼ぎもできず、ジュダスに組み敷かれてしまった。自分の上に馬乗りになった彼の顔が、月明かりでぼんやりと青白く浮かんでいる。その目は大きく見開かれ血走っている一方、口角だけが上がっていて、なんとも恐ろしく見えた。


 そしてジュダスが不意に刃物を取り出したので、ミラは「ひっ」と短い悲鳴を上げる。キラリと光った切っ先は、まっすぐにミラに向けられていた。


 恐怖のあまり、言葉もまともに出せなくなった。


「や……!」


「動かないで。怪我をさせたくないんだ」


 ジュダスの手はまっすぐにミラの胸元に伸び、彼は迷いなくミラの服を縦に引き裂いた。


「ああ、綺麗だね、ミラ……」


 腹まで服が割かれたことで、ミラの白い肌が月明かりに照らされる。幸い胸はまだ隠されているが、ジュダスの行動次第では、すぐにあらわになってしまいそうだった。


(そうか、彼は……)


 先ほどジュダスが発した、「既成事実を作ってしまえばいいんだ」という言葉を思い出し、ミラはようやく彼が何をしようとしているのか理解した。


 しかしそれは、何とも受け入れがたい事実だった。好きでもない男に好き勝手されるなど、到底受け入れられない。


(そんなの絶対に……嫌!!)


 ミラは恐怖心に打ち勝ち、最後まで抵抗することを選んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ