29.自信を持って、胸を張れ
クリスの予想通り、リュミナイトは素材として大当たりだった。
平民でも魔法が発動するレベルまで脳波を増幅することが可能な上、小さな石でも十分な効果を発揮するので、魔道具の小型化と軽量化も実現できそうなのだ。
リュミナイトのおかげで、ミラの研究は大きく進んでいた。まだ試作品の段階ではあるが、「魔法補助装置」を平民の大人から子どもまで試してもらったところ、見事全員が初級魔法を扱うことに成功している。
試作段階の「魔法補助装置」はヘルメット型だが、いずれはイヤリング型の小型な魔道具にするつもりだ。ミラは実用化に向け、装置の改良を重ねながら、安全性の実験も抜かりなく行っていた。
そして、月日はあっという間に過ぎ去り、季節は冬。
雪がちらつき冷たい空気が肌を刺すこの日、ミラはクリスとともに、とある街を訪れていた。毎年開催される国内最大規模の学会に、発表者として参加するためだ。
発表内容はもちろん、「魔法補助装置」について。まだ実用化に耐えうるレベルではないが、学会で発表できる十分な成果は出ていた。
学会への参加を勧めてくれたのはクリスだ。
研究者としてのタイムリミットが迫る中、ミラの在職中に少しでも多くの成果を形として残させようという、彼なりの心遣いだった。
学会期間は七日間。毎年開催場所が変わり、今年はルミナシア魔法大学に次いで二番目に大きい大学で行われる。
王都からその大学に通うには遠すぎるので、ミラとクリスは近くに宿を取っていた。宿と言っても、この街で一番の最高級ホテルである。クリスはこれまでに出張で何度もこの街を訪れ、そのたびに同じホテルに泊まっているらしい。
上位貴族しか泊まれない会員制のホテルだったが、クリスの連れということでミラも宿泊することができた。クリスと部屋を隣同士にしたホテル側の気遣いは、正直不要だったが。
「先生は、今日はどちらの発表を聞くおつもりなんですか?」
学会初日。ミラはクリスとともに、ホテルから徒歩で学会会場へと向かっていた。ミラの発表は最終日なので、それまでは他の演題を自由に聴講するつもりだ。
隣を歩くクリスは、学会のプログラムを片手に答えた。
「必須は『魔素の粒子挙動に関する数理モデル』だな。あと『異なる魔素同士の干渉とその影響』は聞いておきたい」
「あ、私もその二つは聞きに行こうと思ってました!」
「なら一緒に行くか」
この学会には、全国各地から多種多様な分野の研究者が集まってくる。それ故に、発表の演題数も膨大だ。ミラは今から、どんな研究に出会えるのかと胸を踊らせていた。
ホテルを出発して五分くらいだろうか。クリスと会話しているうちに、あっという間に会場の大学に到着した。
が、何やら大学の入口が騒がしい。同じローブをまとった人間が何人も、門の前で騒ぎ立てている。
「魔法研究、反対ー!」
「魔法研究は、神への冒涜だー!」
「魔法は神から与えられし神聖な力だー!」
「大魔法使いマナリア様を崇めよー!!」
彼らは大学の敷地内に入る様子はなく、ただ門の前で自分たちの主張を繰り返し叫んでいた。門には複数の警備員がいるので、入るに入れないのだろう。
一方、大学に訪れた研究者と思しき人々は、騒いでいる集団を冷ややかに横目でみながら、門をくぐっていく。
「うわ……なんですか、あれ」
「マナリア教団のデモだ。最近、学会会場で騒ぎ立てることが多くてな。無視しておけ」
マナリア教団は、魔法を神聖な力と捉え、魔法の始祖マナリアを崇拝している宗教団体だ。しかし、クリスの研究により魔法の発生原理が解明されて以降、彼らは衰退の一途を辿っている。
研究者と度々衝突を起こしていると聞いてはいたが、まさかデモまでやっているとは。
「なんだか少し怖いですね……」
ミラの研究が「誰でも魔法が使えるようにする」ためのものなので、マナリア教団の標的になる可能性があると、以前クリスから言われた。自分が攻撃対象になることは覚悟の上だったが、いざ彼らを目の当たりにするとほのかに恐怖心が湧いてくる。
「帰るときは俺に声をかけろ。一人は危険だ」
「わ、わかりました……」
ミラは鞄をぎゅっと抱きかかえ、ビクビクと怯えながら門に近づいた。
教団の人間はクリスが来たとわかった途端、声をさらに大きくして威嚇してくる。みな憎々しげな表情でクリスを睨みつけていて、恐怖と同時に不快感が強く込み上げてきた。彼の研究のせいで自分たちの立場がなくなってしまったと、逆恨みしているのだろう。
そっと隣を見上げると、クリスは今にも人を殺しそうな視線を教団の面々に向けていた。彼なりの意趣返しなのだろうが、教団よりも圧倒的に怖い。
クリスが味方にいるなら怖いものなしかもしれないと、ミラはかえって安心することができた。
無事に学会会場に入れたミラは、まずその規模に圧倒された。ほとんどの建物が発表会場となっているようで、どこへ行っても大勢の研究者で賑わっている。これは迷子になりそうだ。
その後ミラは、一人で気の赴くままに発表を聞いたり、時間が合えばクリスと会場を回ったりと、思い思いに学会を楽しんだ。自分の発表がない日は気楽なものだ。
大学の中ではクリスと別れ自由に過ごす時間も多かったが、ホテルへの帰りやその後の夕食は彼と一緒だった。マナリア教団のこともあり、極力一人にならないよう配慮してくれているようだ。彼の時間を奪って申し訳ないと思いつつ、一人になるのは少し怖かったので彼の優しさに甘えた。
そうした日々が続き、最終日はあっという間にやってきた。ミラの発表の日である。
「緊張してるか?」
「そうですね。これだけ大勢の前となると、流石に」
発表の直前、ミラはクリスと会場の控室で落ち合っていた。
学会発表は初めてではないが、今回は規模が違う。しかも発表する会場が大学最大のホールで、数百人相手に話さなければならない。緊張するなという方が無理な話だ。
失敗したらクリスの顔に泥を塗ることになる。それだけは避けなければと、ミラの胸中には不安と緊張が渦巻いていた。
気持ちを落ち着かせるべく深呼吸を繰り返していると、クリスが穏やかな声で諭すように語りかけてくる。
「お前は俺が認めた研究者だ。自信を持って、胸を張れ」
クリスの目を見る。その瞳の中には自分だけが映っていて、彼がずっと見守ってくれているのだと思えた。
(私は、天才クリス・ロイドに認められた研究者)
心の中でそう唱えると、自然と自信が湧いてくる。まだ心臓は落ち着かないが、不安は消え去った。
「行ってきます、先生」
ミラは彼の瞳を見据えて力強くそう告げると、会場の演壇に向かっていった。




