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2.完全に行き遅れたようです


 ミラは自分の家――ハインズ伯爵邸へと戻ると、真っ先に父の居室へと向かった。もちろん、ジュダスから婚約破棄された件について報告するためだ。


 居室の扉をコンコンと叩くと、すぐに優しげな声が中から聞こえてくる。


「入りなさい」


 入室の許可を得て中に入ると、そこには父だけでなく母の姿もあった。どうやら仕事の相談をしていたようだ。


 両親は揃ってミラに視線を向け、柔らかな笑みを浮かべた。


「おかえり、ミラ」


「おかえりなさい、ミラ」


「ただいま戻りました」


 二人のいつもと変わらぬ優しい笑顔に、先ほどまでささくれ立っていたミラの心が少し安らいだ。しかし、これから婚約破棄のことを伝えなければならないと思うと、なんとも気が重い。


「お茶会は楽しかった? そろそろ結婚式の準備を始めないといけないわね。ああ、あなたのドレス姿を見るのが今から楽しみだわ」


 母はミラの結婚を誰よりも心待ちにしていた。それなのに、その期待を裏切ることになってしまい、心が締め付けられる思いがする。


「あの……そのことなんですが……」


 ミラは声が震えそうになるのを何とか抑え、覚悟を決めて二人に全てを話した。


 ジュダスがキャシーと浮気していたこと。

 

 ジュダスに婚約の解消を求められたが、今回のことは婚約破棄も同然だと考えていること。

 

 そしてジュダスは、頭が良すぎてつまらない女は気に入らなかったらしい、ということ。


 話を進めるにつれ、二人の顔がみるみるうちに青白くなっていった。そして全てを聞き終えた頃には、父は顔を激しく歪め、母は目に涙を浮かべていた。


「なんてことだ……ミラ、つらい思いをさせてしまったね。私の見る目がなかったばかりに」


「いえ、お父様のせいでは……」


 もし自分がもっとうまく振る舞えていたら、ジュダスの気持ちを繋ぎ止められていたのだろうか。

 しかし、言葉も表情も全て嘘だらけの相手に、どうやって上手く振る舞えと?


 そもそも今となっては、あんな男の気持ちを繋ぎ止めたいとは一欠片も思えなかった。


 すると、母が涙をこぼしながら声を荒げて責め立ててくる。


「あなたが研究ばかりしてきたせいよ! 女に学は必要ないから勉強よりも花嫁修業をしなさいって、散々言い聞かせてきたのに……! せっかくのご縁を自分で潰してしまうなんて……!」


 泣き崩れる母を見て、ミラの心はズキズキと激しく痛んだ。


 ここ、魔法大国ルミナシアは、魔法至上主義の国だ。


 この国では貴族のみが魔法を使うことができ、古くからその技術を守り、極め、進化させていった。


 そして、この国の貴族にとっては、その最高峰である王国軍魔法師団に所属するか、王家直轄のルミナシア魔法大学で研究員になることが、何よりの誉れなのである。


 しかし、それは男性に限っての話だ。


 魔法使いや研究者を志す女性も多少は存在するが、「女の幸せは結婚して子供を生むこと」という考えがまだまだ根強く残っている。


 ミラの母も例に漏れず、結婚が女の幸せだと信じて疑わない人だった。

 

 ミラは幼い頃から魔法の研究に明け暮れていたが、母からは口酸っぱく「勉強よりも花嫁修業」と言われていた。今からダンスの練習だと言って、勉強や研究の邪魔をされたこともしばしばだ。


 貴族学校を卒業後、ミラは誉れあるルミナシア魔法大学へトップ成績で入学したが、母だけはあまりいい顔をしなかった。入学当初は、結婚を先延ばしにして研究に明け暮れるミラを見るたびに、呆れ顔で説教をしてくることも多かったものだ。


(大学に行かず、貴族学校を卒業した時点でジュダスと結婚していればよかったの……?)


 母の期待を裏切り悲しませてしまったことに罪悪感を抱きつつも、あんな最低な男と結婚して幸せになれるとは到底思えないのも事実だった。


 すると、興奮して取り乱した母を、父が窘める。


「落ち着きなさい。ミラは何も悪くない」


「でも、あなた……! ミラはもう二十歳なのよ!? こんな年齢で、しかも婚約破棄までされて、貰い手なんて現れるはずないわ!」


「そんなのわからないだろう? ミラはこんなに可愛いんだ。次の相手だってきっと見つかるさ。それに、結婚が全てじゃない。仮に結婚が無理だったとしても、ミラには研究者の道が残されている」


 母とは対照的に、父はミラの研究をずっと応援してくれていた。ルミナシア魔法大学への進学も、「親として誇らしい」と泣いて喜んでくれたほどだ。


 これほどの理解があるのは、父本人がかつて研究者の道を志していたのもあるのだろう。それ故に父は、ミラの才能を見出し、常に背中を押してくれる存在だった。


「女の幸せは、結婚して子供を生むことよ! 女で研究者になったって、白い目で見られるのは目に見えているわ!」


 泣きながら叫ぶ母を諭すように、父は優しく穏やかな声で言う。


「何が幸せかは、ミラ自身が決めることだ。それに、ミラなら女性研究者として立派にやっていけると、私は思うよ」


 父の言葉が、ジンと胸に響く。


 この人は、たとえ自分が結婚せず研究者の道を歩んでも、絶対に応援してくれるだろう。味方がいてくれることの、なんと心強いことか。


 父に諭された母は、ようやく涙を収め、それ以上は何も言ってこなかった。


 対する父は、再び険しい顔に戻り、唸るように言う。


「とは言え、可愛い娘を傷つけられたんだ。クウォーク伯爵家には正式な抗議文を送り、金輪際取引はしないと伝えよう」


 我がハインズ伯爵家は大型船を数多く所有し、海路で他国との貿易を行っている。


 一方のクウォーク伯爵家は美術品を取り扱っており、ミラとジュダスの婚約を期に、他国へ美術品の輸出を始めたのだ。


 クウォーク家の海外進出はかなり順調だったようだが、新しく開いたその販路は、ジュダスの婚約破棄によって失われることになる。ハインズ家との関係が絶たれたクウォーク家は、相当な痛手を負うことになるだろう。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「迷惑なことあるか。ミラ、今日は疲れただろう。もう休みなさい。これからのことは、焦らずゆっくり考えていこう」


(これからのこと……)


 大学を卒業したら結婚するとばかり思っていたので、正直なところ、今は自分の将来を思い描くことができないでいる。


 母の言う通り、この年齢で良い縁談は巡ってこないだろう。完全に行き遅れだ。


 将来のことを考えると、自然と気持ちが沈んでいく。


「……はい、お父様。お母様も……期待を裏切ってしまってごめんなさい」


「いいえ。私こそごめんなさい。一番つらいのは、あなたなのにね。母親失格だわ。今日はゆっくり休んでちょうだい」


 二人から休めと言われたミラは、大人しく部屋に戻り、休息を取ったのだった。


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