百八回目の断罪は黒猫と共に
運命は予め決まっているものだ。私が今、百八回目の処刑台からの眺めを見ていることがそれを証明している。
「メリー・コーネリア、貴様を王妃殺人未遂で処刑する! あ、あとついでにそこの我が屋敷に盗みに入った盗人『黒猫』も」
「朝からご苦労なことですね」
「静かにしろ!」
この処刑をうるさく先導しているのは伯爵令息のマシアス・ディミトリアスだ。対する盗人「黒猫」は、丁寧な言葉遣いで軽くあしらっている。
転生先の男爵令嬢メリー・コーネリアは、どうしても破滅ルートから逃れられない人物だった。作為か無作為か、必ず冤罪で処刑へ持ち込まれてしまう。
私にとって幸せだったこと(不幸なことでもあるが)は、ギロチンの刃が首に落ちるたび転生した時点に死に戻りすることだ。この能力を使ってありとあらゆる回避方法を模索したものの、結局失敗に終わった。
「あのー、処刑するならさっさとしてくださーい。手縄って、結構疲れるんですよ」
「減らず口を叩くなコーネリア! いいだろう、処刑人を呼べ! 今すぐ処刑してやる」
また処刑が始まる。最初は感じた痛みも、今は感じない。だからもう諦めて受け入れてもいいのだが―――あいにく、私は簡単に死ぬつもりはない。まだ試していない方法を思いついたのだ。
「………『黒猫』」
声を押し殺して呼びかける。彼は静かな声で応じた。
「コーネリア様………貴方に声をかけて頂けるとは。ただの盗人である私も、来世への良い手土産ができました」
「来世ねえ………私はまだ死にたくないのだけど」
「と、言いますと?」
「私を逃がす方法はない? 何でもするわ」
「黒猫」は一瞬驚いた顔をした。が、その顔はすぐにプレゼントを貰った子供のようなワクワクした顔に変わる。何度も一緒に処刑された仲だが、彼の綺麗で気品がある顔立ちはドキッとするほど美しい。まるでどこかの高位貴族のようだ。
「もしかしたら………可能かもしれません。コーネリア様は、とにかく時間を稼ぎ、聴衆の気を引いてください。私にはこれがありますから」
そう言うと、「黒猫」は服の袖から小型のナイフを滑り出させた。気づかれないよう、後ろ手に手縄を切る作業を始める。
「………任せなさい。………………この処刑会場にお集まりの皆々様! 私、メリー・コーネリアから重大なお話があります! 冤罪事件の証人になりたくない方はよーくお聞きください!」
一段と声を張り上げる。このよく通る声だけが、私の強みだ。聴衆のどよめきが収まるまで間を取り、ゆっくりと話す。
「私の王妃殺害の咎は、事実無根でございます。私が彼女を殺そうとした事実はありません。報告書によれば、私が毒林檎を王妃に食べさせようとしたとか。これは、大きな矛盾を持ちます」
側の者に林檎を取りに行かせる。そして、素手で林檎を触り、口に含んだ。途端に蕁麻疹が触ったところから大量に現れ、呼吸が困難になる。一通り症状が治まったところで、再び話し始める。
「この通り、私は林檎を食べることはおろか触れることすらできないのです。つまり、報告書の『メリー・コーネリアは毒をつけていない部分を食べ安心させると、手づから毒林檎を食べさせた』という部分は間違いということになります」
ようやくただならない事態を認識したのか、マシアスが興奮気味に口を開いた。
「それは演技ではないのか!? 本当は食べれるんじゃないのか!?」
「自分の一存で蕁麻疹や呼吸困難の症状をマシアス様が起こせるというのなら、その指摘も受け入れますが」
「ぐぬぬ………処刑人は何をしている! 即刻この二人を処刑しろ!」
そろそろ潮時か? 「黒猫」を横目で見ると、もう彼は縛られているふりをしているだけだった。この後どうするかは聞いていないから、彼に任せるしかない。「黒猫」はわざと大きな咳払いをした。聴衆の目が彼に向く。
「………お立ち会いの皆々様! 疑心暗鬼になっている頃でしょうか。実はコーネリア様は陥れられたのではないか、と」
まばらに、そうだそうだという声が上がる。だが、多くはまだ答えを出しかねている最中のようだ。
「盗人『黒猫』が盗むのは綺麗な宝石だけではありません」
彼は袖から一封の封筒を取り出した。厚さから見て、手帳のような物が入っているような感じだ。
「これはディミトリアス家の裏帳簿………貴方たちから集められた税の不当な使い道が書かれています。マシアス様がカジノで散財した、愛人との秘密旅行に使った云々。………どうでしょう、これでもまだディミトリアス一家を信じられますか?」
集まった聴衆たちの怒りは火を見るより明らかだった。まさに一触即発、といった雰囲気である。
「は、早く殺せ!! 処刑人は何をしている!?」
処刑人たちも、どちらにつくか決めかねているようだ。マシアスの言葉は空虚に響く。
「………私はこの辺りで退場しましょう。では、よい革命を」
そう言うなり、「黒猫」は大きく腕を振って手に持った仕掛け玉を四方に投げた。煙や音が充満する。それは、群衆を革命へと駆り立てるには十分なパフォーマンスだった。
「ではコーネリア様、縄をお切り致します」
手縄は切れ、私は自由の身となった。が、こるからどう生きていくかを考えていなかった。
「ねえ、『黒猫』………?」
「何でしょう、コーネリア様」
「貴方に、ついていってもいい?」
それは、大きな危険をはらむ道かもしれない。だが、きっとエキサイティングな道程が待っているはずだ。
「勿論、よろしいですよ。………何故だか貴方とは、とても深い間柄のような気がするんです。それこそ、何度も生死を共にしたような」
………勘がいい。そうと決まれば、もうここに長居する必要はなかった。
◇◇◇
事件から数日後、私達はある山道の中にいた。少しずつ道が開けてきて、大きな城か何かに突き当たることが予想される。まだ手帳を持っている「黒猫」にふと疑問を投げかけた。
「その手帳は発表するのでしょう? 誰か権力者の助けが必要そうね」
「それは心配ありません。私、こう見えても結構お坊ちゃんなんですよ」
そう言って「黒猫」は悪戯っぽい笑みを浮かべた。道理で品が良い喋り方をするわけだ。先に目を向けると、城の方から黒い服に身を固めた老紳士が走ってきた。執事かなにかだろうか。
「フェビアン様………! 勝手に出ていかれては困ります………あれ、お連れの方はどちら様ですか」
「亡国の姫を救い出してきた、てところかな。この方はメリー。メリー・コーネリアだ」
「『黒猫』………? これはいったい………?」
「ふふふ………盗人『黒猫』は仮の姿なんだ。僕はフェビアン・マーガレット。この国の王子だよ」
突然の展開に声が出ない私を、フェビアンは優しく抱き寄せた。
「フェビアンと呼んでくれるかい、メリー」
「フェビ、アン………」
「やっと僕の名前を呼んでくれたね。………さあ、行こうか。君に見せたい物がたくさんあるんだ」
そう言って優しく手を引くフェビアン。この瞬間、盗人「黒猫」は私の大切なものを盗んでいったことを確信した。
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本日短編二話投稿します。