魔力の香り
(本当に働くことになっちゃった……)
翌日用意されていたのは、落ち着いた印象の紺色のワンピースだった。その上に羽織るのはどこか騎士服を思い起こすような詰め襟のジャケットできちんと感がありながらもとても可愛らしい。
着がえた私を上から下まで真剣な表情で見つめたあとジークウェルト様が松葉杖を器用に扱いながら近づいてくる。
どこか犬のジークに似たその仕草に私は口元の緩みを押し隠すように口を開いた。
「どうでしょう、おかしいところはありませんか?」
「全てが可愛らしいに決まっている」
「褒めすぎると嘘っぽいですよ」
「俺はそんなに器用な人間では……ああ、一つだけ気に食わないな」
その視線は一点に向いている。魔石がついたネックレスだ。
長い指が私の首の後ろをくすぐるように掠めてネックレスの金具を外す。不思議に思っていると、今度は胸元にブローチがつけられた。
(でもこれ……)
胸元に輝いているのは珍しい白銀の魔石だ。そこには魔石の周囲の空気が揺らぐほどの強い魔力が込められていた。
これだけの魔力があれば、高位魔法陣ですら連続で起動できるに違いない。
「あの! これはいったい」
「……」
「あの?」
「あっ、ああ……騎士団では魔法陣の構築と起動について研究してもらおうと思っている。君は優秀だからな」
「なるほど、そういうことですね」
私は魔法陣を描くことは得意だが、魔力量が少ない。高位魔法陣を私の魔力だけで起動しようとしたら、起動には月単位の時間がかかるに違いない。
「騎士団からの支給品ですか……」
「いや、これは俺が個人的に君に」
「王都にお屋敷が建ちます」
「それなら支給品ということにしてくれ」
「そ、そんな」
しばらく押し問答したけれど、ジークウェルト様は頑として譲らなかった。
そして、その手に握りしめられたネックレス。それはミリスティア伯爵である父が、婚約の記念に珍しくも贈ってくれた品だ。
私をいないもののように扱っていた父だが、婚約の祝いだけは形式的にではあるがしてくれた。
そしてあまり魔力がない私のために婚約者だったロンデル様が魔力をつめてくれたのだ。それももう、犬のジークを助けるために使い切ってしまったけれど。
貸与された大きな魔石に比べると小さい上に質も落ちる魔石を見つめ、ジークウェルト様は眉根を寄せた。
「君が誰かの魔力の香りを纏っているのは嫌だ」
「魔力の……香り?」
魔力に香りなんてあるのだろうか。
強い魔力と魔法の才能を持つジークウェルト様にとっては、そのように感じられるのかもしれない。
「全てを塗り替えてしまいたくなる」
そうつぶやくとジークウェルト様は、小さな魔石を大きな手のひらで握りしめた。
指の隙間から漏れ出すのは眩いばかりの白銀の光だ。
ジークウェルト様の魔力は、淡いグリーンの魔石の色をいとも容易く白銀に塗り替えてしまった。
強い魔力の干渉を受けると、魔石の属性が塗り替えられて色が変わることがある。
資料の端に書かれていた事例を目の当たりにして思わず凝視してしまう。
「だが、この魔石からは君の魔力と良く似た誰かの魔力も感じられる。おそらく家族からもらったもの……だろう?」
「すごい、そんなことまでわかるのですね」
「鼻だけはきくんだ……」
冗談めかしていたけれど、魔力の香りを感じるというのなら事実に違いない。
なぜか満足そうに笑って、私に再びネックレスをつけてくれたジークウェルト様。
指先が微かに触れた首元から熱が広がるみたいで、私は思わず頬を染め、それを隠すために下を向いたのだった。
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