知り合いのお屋敷
侍女はアメリと名乗った。
無表情だけど、テキパキとした動きから敏腕であろうことが察せられるし、先ほどの忍び笑いもあって怖くは感じられない。
「それでは、朝までゆっくりお休みくださいませ」
「……ありがとうございます」
「失礼いたします」
彼女は軽く礼をすると部屋を退出していく。そのあとをジークウェルト様がぴょこぴょこと三本脚で器用についていく。
私は部屋に一人取り残された。
眠気はすっかり消えてしまった。
私はすぐにベッドには戻らずに窓に向かう。空に浮かぶのは大きな満月だ。
「……それにしてもここはどこなのかしら」
普通であれば、もしかして拐かされたのではないかと疑う場面に違いない。
けれど、大きな犬のジークウェルト様を飼っているらしいご主人様が悪い人だとはなぜか思えなかった。
(それに、あのまま小屋に寝ていたらきっと風邪を引いてしまったわ……)
風邪を引こうと、義母がメイドの娘である私に薬を用立ててくれるとは思えない。
それにどちらにしてもあの家を出ようと思っていたのだ。
「今夜だけは……泊めていただこう」
私はもう一度フカフカのベッドに戻る。
こんなに柔らかいベッドで寝るのは初めてだ。
この部屋は森の中みたいな良い香りがする。私はいつの間にか眠りに落ちていた。
* * *
朝日が差し込んできて、薄らと目を開ける。昨晩のことは夢だったのではないか、と思ったけれど私はまだ豪華な一室のベッドの上だった。
起き上がると同時に気配を察したのか扉が叩かれた。
「どうぞ」
既視感を覚えながら応えると扉が開く。
そこには侍女、アメリさんが服を抱えて立っていた。
「あの……おはようございます」
「おはようございます。フィア・ミリスティア様」
「えっ、私の名前……」
「ええ、ご主人様とはお知り合いのようですね」
私にはそれほど知り合いはいないはずだ。ましてやこんなふうに泊めてくれる人なんて……。
(王立学園時代のクラスメイト……? でも、ほとんどの人たちは私のことをメイドの娘だと馬鹿にしていたわ)
そんな中、婚約していたロンデル子爵家のバール様は私のことを気にしてくれていたけれど、彼は運命の人を見つけたと私から去って行った。
確かに私は勉強ができて魔法陣を描くのが得意という以外には取り柄がない。
「こちらのドレスでよろしいですか?」
「えっ……ドレス?」
アメリさんが差し出したのは、淡い金色の髪に緑の瞳を持つ私に似合いそうな深いグリーンのドレスだ。
華美な装飾はないものの、ひと目で上質なものだとわかる。
「とても素敵だとは思いますが……」
「それでは、失礼いたします」
なぜか私の身支度を楽しそうに手伝い始めたアメリさん。
そして髪をハーフアップにして案内された場所にその人はいた。
「……ジークウェルト・サーベル侯爵」
「久しぶりだな、フィア嬢」
そこにいたのは、確かに知り合いだった。
サラサラとした茶色い髪に海の底のような青い瞳。その美貌は王都の女性全てを虜にするほど……。
彼とは王立学園時代の同級生だ。
(住む世界が違うと遠くから眺めるだけで会話すらほとんど交わしたことがないのに)
あまりのことに返事すらできず、私はただその美麗すぎる姿を見つめたのだった。
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