目覚めたら豪華な部屋
キョロキョロと見渡す。
おそらく真夜中なのだろう。カーテンの隙間からチラリと見える外はすでに真っ暗だ。
魔道具の柔らかい明かりがほのかに部屋を照らしている。
(こんなふうに明かりをつけっぱなしにできるなんて、強い魔力をこの家の誰かが持っているか、魔術師を雇うほどのお金持ちかのどちらかね)
すきま風がビュウビュウ入る小屋と違い、マントルピースも豪華なこの部屋はものすごく暖かい。
「ここは……」
『ワッフ!!』
「まあ……あなたもここに来たの? まさか、ここは天国なのかしら」
『ワフ〜』
昨日は冷え込んだから、もしかして天国に来てしまったのかと一瞬思う。
その割には軽い羽布団も部屋の中を漂う新緑の香りも妙に現実感がある。
そしてため息のようにも聞こえた鳴き声のあと、大きな犬が私にすり寄ってくる。
ふと犬の後ろ脚を見るときちんと包帯を巻かれて治療されていた。
「良かった……」
微笑むと犬がもう一度私にすり寄ってきた。もしかして、犬を探していた飼い主が私も連れ帰ったのだろうか。
「あなたの飼い主は?」
『ワフワフ』
ベッドから降りると、着心地の良い寝間着に着替えていたことに気づく。
確かに私のドレスはボロボロで裾も破いてしまった。
(でも着替えなんて、いったい誰が……)
立ち上がった私のあとをヒョコヒョコと怪我をした脚を上げて犬がついてくる。
そのとき、部屋のドアが控えめに叩かれた。
「どうぞ」
招かれているのは明らかに私の方だから、どうぞというのもおかしいかもしれない。
そう思いながら待っていると、お仕着せを着た侍女が静かに入室してきた。
「お目覚めですか……」
「はい、あのこちらのお屋敷はどちら様の……それにどうして私はここに」
「それについては、ご主人様がお戻りになったらご説明いたします」
「……わかりました。あの、このお屋敷のご主人様はこの子の飼い主ですか?」
「ぷっ……」
完全に無表情、そして感情の消えた声をしていた侍女が小さく吹き出した、気がした。
けれど瞬きしてマジマジと見てしまったけれど、やはり無表情だったので私の聞き間違いだったのかもしれない。
『グルル』
「失礼いたしました。ジークウェルト様」
その名前は私も知っている。
ジークウェルト様と言う名を聞けば、誰もがこの国の英雄、そして栄えある王立騎士団の団長ジークウェルト・サーベルを思い出すだろう。
そしてサーベル侯爵家は、王国でも有数の大貴族だ。私の生家であるミリスティア伯爵家とは格が違う。
ましてやメイドの娘である私とは、天と地の差だろう。
それにしても飼い犬まで様をつけて呼ばれるなんて、ご主人様はよほど地位の高いお方なのだろうか。
そんなことを思いながら、足下でやはり私にすり寄っている茶色い大きな犬に話しかける。
「同じ名前なのね。もしかして、あなたの飼い主さんは騎士団長様に憧れているの?」
『ワ……ワフゥ』
「くっ」
やはり侍女の忍び笑いが聞こえた。今度は聞き間違いではない。変なことを言ったから呆れられたのだと頬を赤らめる。
「……申し訳ありません。ただ、いつも威厳ある態度を自宅ですら崩さないジークウェルト様のお姿がおもしろ……いいえ、珍しかったものですから」
「ジークウェルト様は、威厳がある犬なのね」
「ええ、強面で冷徹で鬼のようだと言われております」
「まあ……」
その呼び名、騎士団長ジークウェルト様みたい、と私は首をかしげるのだった。
目の前の可愛い大型犬の正体を知りもしないで。
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