聖獣と本当の姿
それは王立学園時代にも見せてもらった書物だ。白い手袋をポシェットから取り出す。
いつも持ち歩いてしまう白い手袋。それは学生時代からの私の習慣でもある。
先ほど二人で検討しているとき、私の手袋を見たリアス先生は『研究熱心でよろしい』と満足げに笑った。
「……さて、先ほど見つけたこの部分」
王国の上層部のことは、私が首を突っ込んだところで何一つお役に立てない。
私は私が今、出来ることを探していくしかないのだ。
パラリ、と古い書物特有の少し堅い紙がめくれる音がする。
破損しないように慎重に確認していけば、そこに現れたのは大きな犬と美しい女性の姿だ。
知らない人がこの挿画だけ見たなら、きっと犬は女性に飼われていると思うだろう。
けれど違う……犬は聖獣様で、二人は恋人同士なのだ。
(私たちみたいに?)
余計なことを考えてしまった。
熱くなった頬をそっと手で押さえて、もう片方の手でパタパタと仰ぐ。
「今は……それよりも」
高位の存在である聖獣は、とても長い時を生きる。だから、運命の乙女と出会うまでこの人に好意的な聖獣は、何度も物語に現れては人々を救ってきた。
「あるときは犬の姿……あるときは人の姿になって」
そこまで読んで、ふと思う。どちらのすがたが本物かわからないけれど、やはりジークウェルト様と聖獣様はとても似ているのではないかと。
長い長い周辺諸国との戦いに終止符を打ったジークウェルト様。もちろん彼は軍神と言われるほど強い人だ。
けれど、平和的解決方法があるのなら迷わずそれを選んできた。
(……まるで書物に記された聖獣様みたいに。それに大型犬の姿もとても可愛いのも同じ)
だから、どちらの姿が本物であっても、運命の乙女もとても聖獣様が好きだっただろう。
そんなことがとりとめなく浮かんでは消えていく。そして私はある一つの魔法陣を見つけた。
「……そう、これは魔力が強い人だけを蝕む毒」
聖獣様にしても騎士団長様にしても、常人と比べようがないほど強い存在は豊富な魔力を持ち、それを駆使する能力が高い。
魔法の力を使わなければ、人とはとても脆く弱い。
弱かった人が今こうして文明を築くことが出来たのは、魔力を魔法として扱う術を手に入れたから。
古代の魔法陣と魔法薬。
それはとても原始的で、それを見つけたのはきっと偶然だっただろう。
「魔力が流れる魔脈。その流れが乱されれば、魔力が強い人ほどその影響を受ける」
(けれど、魔力が乱れて姿が変わるのなら、それこそが本当の姿なのでは?)
その仮説によれば、ジークウェルト様の本来の姿はモフモフ大型犬で、聖獣様の本来の姿は人型だったということになる。
けれどそれは、検討しても答えが見つからない類いの問題だろう。
(……それに私は、どんな姿でもジークウェルト様のことが大好き。それは抗いようがない真実よね)
学生時代からの淡い恋心が確かにはっきりとした好きという気持ちになっていることを自覚しながら私はペンを手に取った。
目の前の書物に記されているのは、稚拙で大胆で荒々しく芸術的な魔法陣。
私は歪んでいながらもどこまでも美しい魔法陣を少しの狂いもないように真剣に模写し始めたのだった。
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