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夜会の帰り道


 ――それは惨めすぎる夜会の帰り道。


 私は少々酔っていた。それもそのはず、幼い頃から10年間の婚約を経て結婚間近だった婚約者に婚約解消を言い渡されてしまったのだ。


 なんでも【運命の人】に出会ってしまったらしい。


 彼が肩に手を回した女性は『魔法陣を描くことだけは優秀』と評されても色気があると言われたことは一度もない私と違って、美しく可愛らしかった。


「……もう良い!! 仕事を探して仕事に生きる!!」


 貴族女性が仕事をするなんて……と周囲から白い目で見られるとしても、婚約破棄をされた今、家にいたところでつらい思いをするだけだ。


 仕事を見つけて何とか生きていこう、私は心に決めていた。


 そのとき私は大きな何かに足を取られて倒れ込んだ。ぽすんっと軽い音とフワフワの感触。まったく痛くはなかった。


『――わふ』


 それは毛足の長い茶色い大きな犬だった。けれど、元気がない。


 そっと撫でてみると、手のひらについたのは真っ赤な液体……大きな犬は怪我をしていた。


「っ、大変!!」


 私は犬を抱き上げた。重くて持ち上がらない。しかたがないので緊急手段を使うことにした。


 胸元に光るネックレスは婚約のときに記念にもらったもので、高価な魔石が輝いている。

 

 物の重さに干渉する難解な魔法陣。

 魔力が低い私は、魔法陣を書くのは得意なものの、基本的に難解なものは発動できない。


 これほど難解な魔法陣を発動したら、魔石に込められた魔力はゼロになってしまうだろう。

 けれど、大きな犬の苦しそうな様子を見ればそんなこと惜しくも何ともなかった。


 犬が知的な青い瞳で私を見つめていることに気が付くこともなく魔法を発動すれば、案の定魔石は光を完全に失い、代わりに大きな犬の重さが風船のように軽くなった。


「ねえ、あと少しガマンしてね?」


 私は走り出した。

 夜会用の靴はかかとが高くて走りにくい。けれど必死だった。


 家に帰り着く。

 自分の部屋に行こうとすると、醜悪な形相の義母が私を待ち構えていた。


「フィア、あなた婚約破棄されたそうね」

「……お義母様」


 婚約破棄ではなく解消であるという言葉は呑み込む。言ったところでますます怒らせるだけだろう。


「なにその汚い犬は」

「……道に倒れていて」

「良いご身分ね……さあ、価値のないあなたはここで十分ね」

「せめて治療を」


 懇願は聞き入れられず、私は庭道具を入れるための小屋に押し込まれてしまった。

 かんぬきを閉める音がして、小屋の中は暗くなる。


「……ごめんね」

『ワフ』

「せめて止血しようね」


 私はドレスの裾をビリビリと破いた。

 そして小さな魔法陣を発動し、手元だけを明るくすると怪我をしている部分を探し出す。


「ここね……足をケガしたの」

『ワフ……』

「ちゃんと治療してあげたかったのに」

『ワフ!』


 そのとき、大きな犬の鼻先が私の鼻に当たった。ヒンヤリ冷たい鼻先……私を慰めてくれているのだろうか。


 その夜私は、いつもみたいに寒い思いをすることはなかった。


 婚約解消されたのだから、働きながら大きな犬と一緒にどこか遠くで暮らすのも素敵……そう思いながら眠りにつく。


「……君はこんな場所にいたのか」


 途中からフカフカの感触は消え、太くたくましい腕に抱き締められたのはきっと夢だったに違いない。



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