3話/戦乙女達は黄金の風に導かれ……・其の三
開会の時刻間近。
八雲といろはは観客席で待っていた。
「あの子、行儀良くしてるかしら?珠ちゃんが付いてるから大丈夫だろうけど……。」
その時、誰かが声を掛けた。
「おう!八重じゃねえか。
珠の応援に来たのかい?」
見ると、束ね髪の人間の男が後ろに立っていた。
歳は50くらい。無精髭と髪に白髪が交じっているが、着崩した小袖からは筋肉質な胸板が見え、目付きは鋭く、老人と呼ぶにはまだ早い。
着物の片腕部分が不自然に下がっている。片腕が無いようだ。
不思議な事に、彼の頬や身体中には、口紅の跡が沢山付いていた。
「『射貫』様!どうして都からこちらに?」
「『角狩衆』の任務でな。
珠からウチの頼光の大将に話が入ってさ。鬼の生態を知るのに丁度いいから、食われず中に入れるよう珠に話を通して貰った。」
角狩衆とは鬼や妖怪を研究し、その脅威から人間の民を守る組織だ。
人間と赤鬼の戦争中、夜光と八重はそこに所属しており、射貫は彼らの上司のような存在だった。
射貫は片手に紐を括り付けて吊った甕の酒をクイっと飲む。
「俺はこの通り隠居間近の暇なジジイだし、忙しい奴らの代わりに来たって訳だ。
あとは……ーー。」
いろはが遮る。
「当てて差し上げましょう。女好きの射貫殿の事ですから、女の鬼が大勢集まると聞いて自ら名乗り出たのでは?」
「……そのつもりだったんだけどな」と、萎れたような様子の射貫。
「俺が粉かける前に、筋肉達磨の厳つい女鬼達に熱い歓迎を受けた。」
「それでその口紅の跡ですか。」
「身包み全部ひっぺがされて、暫く女に興味が湧かない程度には色々されたわ……。
……思い出しただけで腰痛が悪化してきた。」
「相変わらずですね……射貫隊長。」
呆れたようにジトっと見る八重。
そうこうしている間に、太鼓と笛の音が聞こえ始めた。
「あ、始まるみたいね。
実は珠ちゃんと一緒に娘も出るんですよ。」
暫くすると、2つある入場口のうち1つから、女鬼達の行列が現れる。
皆、清らかな純白の打掛を羽織って、赤い口紅と爪紅の化粧をし、頭には白い薄布が垂れ下がった笠を被っていた。
襟に対になって付いている、逆さにした小菊のような純金の飾りがシャラシャラと鳴る。
腹の辺りで両手を揃え、ゆっくり歩む。
これから戦うというのに、武闘場は清らかな雰囲気に包まれた。
皆、淑やかな花嫁のようだが、1人だけ異様にイライラしている女がいた。
八雲だ。顔に影を落として歯軋りしている。
八雲は前の珠に言った。
「珠ねえぢゃん!着物がグッッッッッゾ動ぎにぐいじ、暑いんだげど?!
帯もぎづぐで、吐ぎぞう……!」
珠は小声で嗜める。
「もうちょっとだから、我〜慢!」
今度は後ろの女に裾を踏まれる。
「あら、ごめんあそばせ☆」
前に進めず体を後ろに引っ張られる。
「っっっ〜〜〜!!!!」
八雲の怒りは頂点に達した。
「こんなん着てたら死・ぬ・わ・馬・鹿・野・郎っ!!!!」
八雲は襟をグイッと広げて開いた。
笠を脱ぎ、帯も解き、打掛も脱ぎ、それらを景気よく投げるようにして肩に担ぐ。
「ふいーーーー。暑かったーー……。」
着崩した着物から肩や脚が見えるようになると、会場の男鬼は一斉に八雲を凝視した。
珠は慌てて襟を閉じさせた。
「おバカ!!何やってんの!」
「何って、これから戦うってのに、こんな窮屈なの着てられるか!」
彼女の粋で勇ましい(?)パフォーマンスに男鬼達から歓声が上がる。
「き、筋肉だぁああああぁあああーーーー!!!!可愛い女の子の生の筋肉だぁああああぁあーーーー!!!!」
強さを重んじる鬼故に、見て喜ぶ所が人間と若干違う。所謂、筋肉フェチが多いのであった。
一方、女鬼達ははしゃぐ男達を見て、「あらあら、あんな方々に好かれるようでは育ちが知れますこと。仮に強くても、金斬様の候補からは外れますわね。」などと、高みの見物だ。
親の八重は恥ずかしさで顔を覆う。
「あの子ったらもう!
父親に似てそう言う所、異性に無頓着なんだから……!」
「夜光は女の前でも気にせず裸になる奴だったからな……。」
と、いろはが慰める。
一方、主催の金斬もひいていた。
「何だあの小娘は……。次回からああいうのは外せ。
……って、おい、銀雅?」
隣を見ると、銀雅がマジマジと八雲を見ていた。色白の頬が真っ赤だ。
「……っえ?
な、なんですか?!兄上!」
呆れたように背もたれに寄りかかる金斬。
「ここでは女の天鬼を滅多に見んし、20歳以上も若い弟ならこんなものか。」
銀雅は物思いに耽る。
(あれは昼間一緒に舞をしたあの女の子じゃないか!
私は……品が無いのだな……あの子の肌を見て顔が熱くなったのか?おまけに胸の音が暴れて止まらない……。)
そうこうやっているうちに、八雲はまた気が遠くなったように止まった。
もう一つの入場口から別の行列が現れる。
朱色の長い髪を揺らして歩み寄って来る先頭の少女。
それを見て八雲は唾を飲んだ。
(やっぱり同じ妖気と匂い!!
前のように変化してないが、間違いない!
あの時の天女の天鬼……!『天陽』だ!!)
八雲は天陽に歩み寄る。
天陽も八雲を見ていた。彼女は臆せず真っ直ぐ進む。
纏め役の金鬼が戻るように止めに入った。
「おい戻れ!」
八雲と天陽は互いに間合いに入った所で止まった。
自分より背がある天陽を見上げる八雲。
「まさか、ここで会えると思わなかったぜ。
待っていろ天陽!!あたしはお前を倒す!!」
彼女はニヤッと笑う。
天陽は睨んだ。
「持ち場に戻ったらどうです?
貴女は場を乱して自分の親や先祖に恥をかかせるの?」
静かな口調だが、全身から放たれる覇気は重い。
気持ちが昂り、瞳が黄金から翠玉のような緑色に変わる。
(あの目!また、あの殺意がこもった言葉を流し込まれる!)
八雲は「絶対やられない」と念じ、強く睨み返した。
気を張ったまま、重ね着した着物全てから片腕を抜いた。
生肌の肩と腕を見せつける。
「これだけ鍛えた」と言う意思表示だ。
「に、ニトウキーン(二頭筋)ーー!!!!」
生の肌と筋肉美に盛り上がり、客席から吠える男鬼達。
八雲が天陽に顎を向けて煽ると、天陽も着物を脱ぎ始めた。
帯をしたまま上半身をはだけさせ、さらし姿になり、背を向けた。
パーツが綺麗に分かれ、彫りが深い背筋が露わになる。
「ハイキーン(背筋)!!!!」
ガッツポーズでまた吠える男鬼達。
「戦いはもう始まっているというの?!
私達も負けられないわ!!」
2人の戦いに触発され、なんと他の女鬼達も着物を脱いで、背筋や力こぶを晒し始めた。
男鬼達は席から立ち上がり、地球が割れるほど吠えた。
熱狂の中、八雲と天陽は両手を合わせて組み合った。
拮抗した力の中で、歯をむき出しにして押し合う。
纏め役の金鬼が力尽くで引き剥がそうとしたが、どっちも引かなかった。
2人は体を青い炎で包み、変化した。
朱色の天女の鬼と夜を纏った黒鬼は、その肉体から蜜のような艶とむせかえるような熱を放つ。
地下は瞬く間に、溶鉱炉の内部のようになる。
「腕力だけはつけたようね!黒鬼!」
「まあな!!お前ともう一度顔を合わせるのが楽しみで、鍛える事以外手に付かなくってな!!」
天陽は八雲を親の仇のような目で睨んだ。淡麗な顔が鬼らしくなる。
「……甘い!戦いを遊びだと思っている貴女には武闘の場に上がる資格は無い!
己の天命と一族の重みを背負えない奴が……酒呑童子の娘を名乗るな!!!」
「天命!?一族の重み!?何の事だ!」
突然の前座に、会場の盛り上がりは最高潮となる。
その時、金斬が立ち上がって叫んだ。
冷ややかに彼女達を見下ろし睨み付ける。
「これが最後だ!!!
……鎮まれ。」
黄金の突風が吹く。
その瞬間、八雲と天陽は腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
その時、側で見ていた珠はある事に気付く。
(何これ?草の根が腐って根本から倒れるこの感じ……。)
纏め役の王鬼にも「失格にする」と言われ、八雲と天陽は渋々離れた。背を見せず、睨み合ったまま静かに持ち場に戻る。
2人は思った。
(待っていろ……!)
(必ず……。)
((アイツを倒してみせる!!))
(3話・完)
<おまけ 射貴 デザインラフ>