1話/閃光の夜鬼姫・其の三
急遽、座学の授業から『戦闘』の授業に変更という形になり、八雲達は校庭である見晴らしの良い原っぱに集まった。
八雲の組の生徒達が中央の八雲と曙光からじゅうぶん離れて取り囲む。他の組は本来の授業を聞きながら校舎の窓から見学だ。
珠は露草達と一緒に最前列から体育座りで眺めていた。溜息を吐く。
(ああ!自分に素直なのはいいけど、やんちゃが過ぎて叔母として恥ずかしい!)
軽く首と肩を回す曙光。腕を少し回しただけで、相手の骨を粉砕してしまいそうだ。
一部の生徒は頬を赤く染めて曙光の背中に見惚れている。怒った時の姿は恐れられているが、彼女の強そうな体は鬼女子達にとって憧れの的のようだ。
「見て、蟹の甲羅みたいな強そうな背中♡それに腿みたいな太い腕……♡」
「素敵……♡もし男の子になれるなら、先生に力強くお姫様抱っこされて『大丈夫か?』とか言われたい♡」
曙光は熱い視線を浴びながら八雲を指差す。
「貴様、八雲と言ったな?
時間無制限の一本勝負、鬼術の使用、急所攻撃、何でもあり。それでいいな?」
「勿論!」
「この試合、もしお前が勝ったら私はこの学校を辞める。だが、お前が負けたらこの大江ノ国と、この学舎に忠誠を誓え。
少しは賢くなれるよう、個人指導は私がしてやる。」
「ご自由に!」
八雲は柔軟運動を終えると、腕を組んで仁王立ちになった。曙光の巨体に睨まれているにも関わらず、不敵に笑う。
心配する露草達。
「ねえねえ!これ不味いよ!
曙光先生って赤鬼で一二を争う強さなんだよ!」
「赤鬼って、ただでさえ大きくて筋肉バキバキで体力・腕力・持久力、全部がお化けなのに!?」
「そのガッチガチの赤鬼の男の人だって倒しちゃうんだって!男顔負けの迫力だから『鬼王』ってあだ名も付いたとかなんとか……。」
そこに割り入る珠。
「おまけに曙光は大江の国主『陽光』の妹。」
「珠様、知ってるんですか?
って、そうか!陽光様のご親戚ですものね?!」
「曙光とは昔試合をした事あるんだ。何回かは負けちゃったけどね。
兎に角、あの子の攻撃は重いよ。それを繰り出せるだけの体格でもある。
八雲ーー!!貴女にはまだ早いから、今のうちに謝っちゃいなさい!!」
「やなこった!♪」
八雲は笑いながら、駆け出した。身を低くした狼のような走行。
翻弄するように曙光の周りをグルグルと走り回る。兎よりも速い身のこなしは、人間が見たら目を疲れさせる事だろう。
一方、曙光は腕を組んで仁王立ちするのみ。
(構えの姿勢が低いな。まるでいつも猛獣と戦ってるかのようだが……。)
タイミングを掴んだか、跳ぶ八雲。 例の白い雷を両手に纏う。
「先生、よろしくお願いしまーーっっっす!!!」
白い閃光を放ち、掌底を打つ。
「雷か……。黒鬼だけではなく、自然操作が得意な青鬼の血も交じっているのか。」
曙光は八雲を弾き飛ばした。軽いアッパーのみで無駄が無い。
咄嗟にかわしてダメージまでには至らなかったが、宙に投げ出される八雲。
「待った」はなく、もう曙光の拳が迫っていた。
動かぬ山が急に動いたその迫力たるや。魂を食らうかのような憤怒の顔。
だが、八雲は曙光の腕に逆上がりして跳んだ。
離脱して曙光の背後を取る。
だが、攻撃せず曙光の尻を手の平でパンっと一回叩いて逃げた。
「ヘヘ!でっかいお尻!」
「何触ってんだコラア!?」
あまりそういう経験がないのか、顔を赤らめる曙光。
八雲は挑発しながら走り回った。ふざけているように見えて、本当は距離を取って慎重になっているのだ。
一方、曙光はズシズシと地面を破壊しながら追いかける。分銅か何か重いものが走っているかのように地面にヒビが入る。
その地面の振動に生徒達は慌てふためく。
八雲は雷で仕掛けて、弾かれ、下がっての攻防を数十分耐えた。
(凄え……!あんなにデカイのに速く動けるし、柔軟性もあって技の返しも上手い。
先生と戦う為に色々粘って良かった……!)
「どうした?雷の鬼術を使い過ぎてバテたか?口ほどにも無い。」
と、言った瞬間、曙光は姿を消した。
(どこだ?!)
八雲は角に伝わる気配を頼りに、勘で身をかわす。しかし目の前は真っ黒にななった。
曙光が彼女の顔面を片手で掴み、大きく前に跳んでいた。
龍の尾のように熱風を背面から噴射しながら、突風の如く猛進。
近くの岩場に頭部を叩きつけ、更に割れた岩の下の地面に叩きつける。
飛び散る岩の破片。
煙幕のような激しい土煙が立ち込め、やがて曙光がその中から姿を現す。
片手で八雲の頭を持って引きずっていた。
八雲は頭が血塗れで、ぐったりしている。
「八雲ーー!!」
息を呑む露草達。
騒がず険しい顔で見守る珠。
(耐えたか……。弱い鬼なら頭を粉々にされてたところだね……。)
曙光は「立たんかオラァ!」と、八雲を無理矢理立たせる。
「『逆末広』いくぞっっっーー!!」
と、片腕を上げて宣言し、八雲の前面を天に向け、彼女の腿と首を左右の手でそれぞれ持って固定、首の後ろで担ぐ。
かわいい系の女子は「落とせ♪落とせ♪ぽい♡ぽい♡山山山山〜♪」とぴょこぴょこ跳ねて応援し、また硬派な女子は「そのままコロシちまえ曙光先生ゴラああ!!!」と中指立てて舌を出したり、首切りサインをしたりする。
珍しい大技なのか、校舎で授業する組も窓から身を乗り出し大いに盛り上がる。
冷静だった珠も、これには青ざめた。
「『逆末広』って……『逆末広落とし』?!
起きなさい八雲!!!!生半可な受け方じゃ、ただでは済まないわよ!」
曙光は近くの大きな岩を見据える。丁度ジャンプ台のような形でその高さ1メートル。
「戦用ならもう10倍高い所からなのだが、未来の担い手を殺す訳にはいかんからな。」
曙光は足跡で地面を砕きながら駆け出した。
助走を付け、岩の上に駆け上がり、足場が壊れる程強く踏み込み。
前へ高く跳ぶ。全身を纏う炎。
その巨体に四肢を固めた八雲を担いだまま、尻から落ちる。
岩雪崩のような轟音が鳴り響き、地面は深くえぐれ、草や石が舞った。
両脚をM字に開いて鎮座する曙光。
全身煤だらけの状態で、腰を異常に反って白目を剥いている八雲。
技が決まったその輪郭は、裾の広い富士山か、逆にした美しい末広(扇子)のようだった。
曙光が動かない八雲を地面に下ろすと、生徒達は畏怖を込めて静かに歓声を上げた。
その中で露草達は腰を抜かして身を寄せ合っていた。
珠は2人の頭に手をやる。
「背骨折り、首折り、腿の骨の脱臼……。
流石にあの子の負けよ。」
珠は八雲に駆け寄ろうとする。
だが、それを曙光が手の平で制する。
「まだ試合は終わっとらん。」
何と、八雲が四つん這いになっていた。
冷や汗をかきながらも、ケラケラ笑って立とうとする。
(あはは。痛えどころか、痺れて体の感覚が無くなったぞおい……!傷と骨が治んねえし、血も止まらねえ……。
でも、父さんが言っていた。
……怖くて、辛くて、苦しい時こそ、笑ってやるんだって!!
最後までビビらなきゃ、それが勝ちだ!!)
「八雲、流石にもう止めなさい!貴女は純血の鬼じゃ無いのよ!
僅かに『人間の血』が流れた混血の鬼で、普通の鬼より傷の回復が遅くて壊れやすいんだから!」
心配する珠だが、曙光がそれを寄せ付けない。代わりに八雲に手拭いを投げて渡す。
「そんな劣っている身でよく私の技を耐えた。
だが、ここまでだ。成人した鬼なら許さんが、貴様はまだ学ぶべき子供だ。負けを認めればここで試合を止めてやる。」
だが、八雲は歯を食い縛って手拭いを突き返した。
「誰が諦めるか……折角掴んだチャンスだ……!
まだまだ先生と楽しみ足りない……!」
「どういう事だ?」
「校則に書かれている事、全部破ってみても中々叱りに来てくれないから苦労したんだぜ?
外で赤鬼の組が先生と戦いの授業してるの見てさ、ずっと羨ましくて堪らなかったんだ……。」
「やはり、私と戦うのが目的だったか。
イカれた奴め……。」
八雲は額から流れる血を手の平で拭い、それを舌で舐めて飲みながら問う。
「先生は戦いにイカれてないのかい?
鬼ならさあ……頭の感覚ぶっ飛ぶまで強い奴とやりたくなるのが性ってもんじゃねえか?」
曙光は少し黙る。
「そうまでして戦おうとする貴様の意志は、鬼としてはある意味正しい。それは古来からの真の鬼の考え方だからな……。
だが、今の鬼の世のやり方はこうだ!個人の肉体も知性も鍛え、種族全体も鍛える!
成人するまでに、若者達に規則を叩き込んで絶対守らせる!!!鬼の未来の為に!!!」
曙光は「トドメだ!」と腕を振り上げる。
八雲は動こうとするが、目が霞み、意識が遠のいた。
それを自分の肩に爪を食い込ませる事で踏み止まる。
(駄目だ……。
もっと、楽しみたい。どんな技を捻り出してくるのか、相手から絞って、絞り尽くして、見て、角で感じて、沢山知って、一個しかないこの身体を、命を、楽しませたい……!)
八雲の視界が白くなり、負けたくない想いが雷となって体内を瞬時に巡った。
直後、生徒達がどよめく。
曙光の腕から血が流れていた。
「貴様……!気絶しながら私の血を!」
八雲は曙光の腕に歯を立てていた。
振り下ろされた曙光の腕を間一髪で掻い潜り、噛み付いたのである。
曙光は直ぐに八雲を放り投げた。
八雲は白目剥いて地面に叩き付けられ、同時に曙光の血を飲み込んだ。
(これで少し体が回復する……。
少しでも多く戦って、そして強くなる!
酒呑童子の、父さんの背中に触れる為に!!!!)
直後、八雲の体は群青の炎に包まれた。
繭のようになったそれが、青から白へ、蓮の花弁のようになって剥がれて舞う。
中から現れたのは妖艶な化け物。闇夜のような黒い肌の鬼だった。
背は八雲より少し高い。ほぼ裸で女性らしい丸みのある体付きでありながら、その磨かれた黒鉄のような皮膚は硬く、光沢が紫や群青に変わってゆらめく。
角は一撃の雷のような鋭い形をしていた。
「あの子が……『変化』した。」
呟く珠。手の届かない、尊いものを見るような顔をしていた。
露草や生徒達はそれに目を奪われた。神秘的な月光の美しさに酔い、物思いにふけるように。
「綺麗……。夜色の肌をしたお姫様だ……。」
鬼の少女達にとっての『変化』ーー。それは初経などと同じく、大人の女鬼への成長を表す兆しだった。蛹が蝶になるような憧れを含んでいる。
八雲は銀色の狼のような髪をなびかせ、黄金の目を虎目石のように鋭く輝かせた。
風に流れる炎の花弁を纏いながら、曙光の前に立つ。
曙光は大きくなった八雲を見据え、初めて胸の前で手の平を突き出し、腰を落として構えた。
(私も変化をするか?
否!わざわざ変化しなければ変化した生徒を止められない教師など、上に立つに値しない!
それにあの虚ろな目……。奴の体はまだ安定してない!今のうちに叩く!)
先に八雲が動いた。
俯き、何を思ったか自分の2つの角の付け根を左右それぞれの手で握り、何とそれらを引き抜いた。
付け根は刀の柄のようであり、そこから先端までは丁度刃の部分のようだ。
左右の手で角を回し、逆手持ちから順手持ちにする。
「角を刀にしただと!?
鬼の命である角をオモチャ(武器)にするとは!許せんっっっ!!」
曙光は姿を消して突進する。
八雲に鉄柱を突き立てるように拳を振りかぶる。
だが八雲は曙光の傍をすり抜けた。
刹那にジグザグの青白い線が見えた。そう思った時には既に遠くに移動していた。その速さは『雷の閃光』そのもの。
片膝を突き、角の刀を静かに下ろす。
同時に曙光の腕と背中からパックリと無数の傷が現れ、鮮血が飛び散った。
「んむぅ!」
一瞬だけ白目をむいて膝を突く曙光。
(咄嗟に腹を守らなければ危なかった!
丁寧に雷も混ぜて、体を痺れさせるとは……。面白い!)
急に劣勢の姿を見せた曙光に焦燥し、生徒達は静かに見入っていた。
それをよそに興奮気味の珠。
「あの子も『角を刀』にできるんだ!それも2本も!
あの子の父親、私の兄上と同じ……。」
八雲は憂いのある乙女のような表情で、刃に付いた血を舐めた。うねる赤紫の舌と黒い肌が艶っぽい。
再び曙光を睨むと、鋭くつゆ払いをして角の刀を十字にして構える。
「不意打ちの変化とは、久しぶりに倒しがいのある鬼に会ったものだ……!」
口元を綻ばせる曙光。
「ふん……ふふ。ありがとう先生。
あたしも死ぬほど楽しいよ。」
薄く開いた口は牙の輪郭と合わせると、艶っぽい唇のような形だ。
2人は角の刀と拳を激しくぶつけあった。
蹴りや噛み付きを交えながら、八雲の角の刀が空を切って舞う。生き物の角とは思えぬ鋼のような切れ味だ。その嵐のような斬撃に加え、順手から逆手ヘ投げて持ち替えたりしてトリッキーに攻める。
曙光はその猛攻で肌を切り傷だらけにしたが、血達磨になりながらも八雲を炎の拳で殴って吹き飛ばしたりした。
「んふぅ……アハハハハハハッ!!!!
先生も変化してよ!!そしたらもっと楽しいし、あたしももっと頑張って強くなれる!!」
「断る!!意地っ張りは私も同じなのでな!」
火の粉と白い閃光が散る。両者とも八重歯を見せながら豪快に笑っていた。
生徒達は息を飲んで勝負の行方を見守った。
<おまけ・変化した八雲デザインラフ>