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エピローグ/いいよ、お嫁に行って

 佐渡での戦いが終わり、皆それぞれの道に戻った。


 まず、まるぽ。

 彼女は兎小屋の興行の為に、新たな地へ旅立つ。

 兎小屋は純粋な殺し合いを見せるのを止めた。過度な下ネタを禁止し、男装させた耽美な女を追加した事で、女の見物客が増えたそうである。

 他、客が戦士に感情移入して心を熱くさせるような台本を作り、それを演じる形式に変わった。

 因みにその台本はまるぽが考えた。その話の元になっているのは、自分と八雲の戦い。勿論、八雲に似た主人公を演じるのはまるぽである。


 彼女は佐渡で八雲と別れる際、最後にこう言い残す。

 「必ずこの島で再戦しましょ。

 あ、浮気したら許さないから覚悟しといてね?」

 と、腰の刺身包丁をぎらつかせる。

 「……浮……気????」

 言われた八雲は、やはりどういう意味か理解出来ていなかった。

 まるぽが言う”浮気”とは、「自分の他に好敵手を作るな」と言う意味なのか、それともそのままの意味なのか、それは彼女にしか分からないのであった。




 次に天陽。

 彼女は大江行きの駕籠に乗る前に、ツンとした表情で八雲にこう告げた。

 「無事に戦いが終わって良かったですね。

 でも、羽を伸ばしているような時間はありませんよ。大江に戻ったら、学校がありますからね。遅れないように来るのですよ。」

 口煩そうにムスッとする八雲。

 「分かっているよーー。何なんだ?姉ちゃんみたいに小言多くなっちゃってさ。」

 「貴女は未来の酒呑童子としてはまだまだです。普段から危なっかしいですし、将来、全鬼の恥晒しとなっても困ります。

 ですから、貴女より教養のある私が、貴女を立派な女鬼に躾けて差し上げます。」


 そこへ、隣にいた曙光が割り込む。

 「全く。もっと素直になって誘えばいいものを。」

 万耀も感心したように頷く。

 「いいですね!姫はもっと気を楽にして、同い年の友達と対等に仲良く遊ぶべきです。」

 それを聞き、八雲はやっと理解する。

 「そうか、一緒に遊びたいのか!

 何だよーー、言ってくれれば休み時間とかに教室まで遊びに行くのにーー。」 

 「え、は?!な、仲良くなんて、する訳ないでしょう!

 それに、私は次代の酒呑童子になる事を諦めていませんから!い、いずれ再戦だって申し込むつもりです!

 覚悟してなさいっ!!!」

 顔を赤くして、そっぽむく天陽。


 大江に帰ったその後、ちょくちょく八雲の教室を訪ねるばかりか、彼女の家にまで訪ねてくるようになったらしい。


 


 次に、金斬。

 彼は「長として、島への愛を取り戻したら戻って来る」と告げると、銀雅に長を任せて旅に出た。

 単身で島民の人間や王鬼を助け、自然に触れながら、島中を放浪する。

 彼の名声は今まで以上に強くなり、直ぐに島民達から長に戻って欲しいとの声が集まる。

 そして銀雅の説得もあって、再び王鬼の長として君臨する事に成功。

 彼に守護され、島の平和は永く保たれたそうだ。


 また少し時を戻すが、珠が佐渡から発つ際、金斬は2人だけでこんな話をしていた。


 七浦の海岸で、肩を並べる。2人とも海の方を見ていた。

 「珠姫、どうか幸せに……。もう会う事はないだろう……。」

 踵を返そうとした彼に、顔を向ける珠。

 「まーー、キラキラの金髪に似合わない暗い顔!!

 あの偉そうな態度はどうしたの?私を傷付けて、自分自身にも嘘を付いてきたから気まずいの?……私は終わった事をいつまでも引きずるような弱い鬼じゃない無いんだけど?」

 珠は両手を後ろで組んで、背中を向ける。

 「ねえ……、八雲が独り立ちして、貴方が兄上くらい強くなれたら……またお嫁さん選びの大会に出てもいいよ。」 

 彼女は無邪気に笑った。昔、彼が会った幼い彼女のように。

 彼は吹き出して笑った。

 「ははは、そんなもの、いつになる事やら!それでは、俺が先に歳をとって死んでしまうではないか。」

 「だから早く強くなってね……。その時はちゃんと本心で向き合って。」

 彼女は彼の背中に呟いた。

振り返らない金斬。

「……。さあ、行く時間だ。

黒の酒呑童子とその子孫に祝福あれ。」




 そして、家に帰った八雲はーー。




*** 



 大会から数週間後。

 八雲の住む村。その入り口。

 八雲はソワソワしながら誰かを待っていた。隣には珠もいる。


 やがて、山道の向こうからやって来る1人の男。

 クセのある白髪混じりの黒髪を腰まで伸ばしており、背中にかけた羽織から引き締まった体が見える。体の形は男らしくありながら、肌は女のように色白の柔らかい色。

 片方の瞳の色が黄金色、もう片方が栗色だ。怠そうな目が八雲に似ている。

 首には白く長い髪を巻き、その髪の持ち主である頭蓋骨を胸にぶら下げていた。

 尚、頭には何故かヒトデや大きな昆布が張り付いている。


 八雲の顔がぱあっと明るくなる。

 「父さん!!!!!」


 急いで走って来る彼女に気付き、男は口元に笑みを浮かべた。

 彼こそが黒の酒呑童子・夜光である。

 

 八雲は夜光の前で頬を染めながら息を整える。


 父へ飛び切りの笑顔で第一声を放つ。

 「父さん!頭になんか付いてるよ!!」

 夜光は頷き、昆布を取ってよく見せる。

 「これは昆布と言うんだ。お味噌汁の出汁になる……。

 こっちはヒトデ。」

 ニコニコしっぱなしの八雲。

 「そんなの知っているよ、お父さん!!

 それより、なんか磯臭いね!!」

 「うん。西の大陸からずっと海を泳いで来たから……。」


 その時、夜光がぶら下げている頭蓋骨が顎をカタカタさせて動いた。眼窩に青い光を灯す。

 「はーーっ!!お前らの会話ときたら!

 ツッコミ無しじゃ聞いてらんねえぜ!!」

 頭蓋骨は呆れたようにボヤいた。

 八雲は頭蓋骨の頭を撫でる。

 「『カムナ』もおかえり!」

 「おうよ。近くに来たから一旦家に寄るってなったんだ。」

 カムナは夜光の幼い時からの友であり、育て親のようなものである。


 その時、夜光は八雲の二の腕を見て嬉しそうに言った。

 「腕が太くなったな。」

 徐に、彼女を抱き上げて高い高いする。

 「それに重くなった。」

 「えへへへ♪」

 八雲は嫌がらず、されるがまま。

 溜息のカムナ。

 「はあーー。ようするに、『沢山筋肉が付いて、成長したんだな』って、言いてえんだな?

 重いって言われて喜ぶお前もお前だぜぇ、八雲。」


 離れた所で見ていた珠が、夜光に手を振る。

 同じく手を振って応える夜光。


 


 その夜は家族揃っての夕食になった。外で寝起きする いろは も中に呼ぶ。

 

 囲炉裏を囲んで八重の作った根菜汁を食べながら、夜光の旅の話を聞く。

 「ーーで、その大きな船が沈んで、『ぶりてん』って大きな島に流れ着いたんだ。

 そこで、高貴なお姫様に人探しを頼まれて、その途中で海賊の鬼と戦ったんだ。妖怪だらけの幽霊船の船長で、とても強かったよ。しかも奴の心の腑(心臓)は本体とは別の場所にあって、海の底に宝箱と一緒に沈められていたから、それに気付いて倒すのに苦労した……。」

 「へぇ!どんな技を選んで倒したの?!詳しく教えて、父さん!」

 八雲は食事を忘れて話に食いついていた。珠はそんな八雲を嬉しそうに眺めている。


 今度は八雲が父に大会の事や今まであった事を話す。

 夜光は食べる手を止めて、それを全部真剣に聞いていた。

 「……そうか。沢山の経験をしたんだな。どうりで、面構えが逞しく、大人になった訳だ。

 それに、その佐渡の長との戦いも……本当によく自分の信念を貫いたな。何より命が無事で良かった。」

 「……うん。あたし、父さんに近づけたかな?」

 「そうかも。でも、同じじゃなくていいんだ。八雲は八雲の道を行くんだ。」




 八雲がお手洗いで席を外した時、「所で」と、言い出す八重。

 「夜光、八雲ったら男の子の友達が出来たのよ。それもさっき話した王鬼の偉い子。

 八雲に気があるっぽいんだけどーー。」

 「ふーーん、そうか。また友達が増えて良かったじゃないか。」

 ムスッとする八重。 

 「ちょっと、意味分かってるの?

 もし結婚でもして佐渡へお嫁に行ったら、八雲と会えなくなるかもしれないのよ?!」

 夜光は根菜をもぐもぐしながら、1分ぐらい考える。

 そして、いきなり固まり、箸を落とした。

 猿のように顔をしわくちゃにして子供のように咽び泣く。

 「い、ぃやだああああああ〜〜!!!いっちゃやぁやぁぶぁあああああ〜〜っっっっ!!!!」

 呆れるカムナといろは。

 「鈍いなあ……オメエはよぉ。」

 「安心しろ、夜光。八雲もその手の話には鈍い。お前に似てな。」


因みに銀雅のその後だが、兄が長として復帰した後は、お忍びでちょくちょく八雲を訪ねて来るようになったらしい。親の八重達は2人の仲を快く思いつつも、八雲がいつ女として目覚めるか、気が気でないそうだ。


 さて、皆と一緒に笑っていた珠。

 彼女は、「ちょっと」と言って席を立った。




 珠は1人、外に出た。

 近くの原っぱに行って、春風の匂いを嗅ぎながら、夜空の星の柔らかい煌めききを見つめる。

 (八雲の巣立ちなんて、もっと先だと思ってたけど。

 そう遠くもないのかもね……。

 もし八雲が私の手を離れたら……私は……どうしようかな。)


 そこへ八雲が現れた。

 「姉ちゃん、こんな所に来てどうしたの?」

 「あ、ああ。何でもないわ。

 それより、折角貴女のお父さんが帰って来たんだから、今のうちにもっとお話ししときなさい。」

 「……うん。じゃあ、一緒に戻ろうよ。」

 八雲は「戻ろう」と言いながら、珠の隣に座る。珠の背中が寂しそうに感じたのかもしれない。


 「姉ちゃん……、あたしさ、佐渡から帰る前に金斬と話してるの聞いちゃったんだけど……。」

 「え?!……ああ、気にしないで。まだお嫁に行かないもん!」

 後ろから八雲の頭をギュッと抱きしめ、ほっぺたを両手でぷにぷにする。

 八雲が佐渡に行く前だったらその言葉で嬉しくなっただろう。だが、今の彼女は違った。

 「そうか……。

 でも、もし本当に結婚したいならさ、お嫁に行ってもいいよ。あたしはあたしで一人前になれるように頑張る……。母さんも自分で守る。

 ……姉ちゃんが居なくなったら、やっぱ寂しいけどさ。」

 成長した姪に、驚く珠。

 「……家族の事が大好きでも、いつかは独り立ちするものよね……。私も貴女や兄上達から独り立ち出来てない一人なのかも。」


 珠は立ち上がり、微笑んだ。

 「それでも、今現在私がしたい事は鬼の未来の為に戦う事と、貴女の成長を見守る事かな。結婚は今直ぐにって感じじゃない。これが私の本心よ。」

 何だかんだでその言葉にホッとする八雲。

 「そうか……。

 じゃあ、もうちょっとだけ待っててね。

 姉ちゃんよりも、いや、父さんや爺ちゃんよりも立派な鬼になってみせるから……。」

 「うん……。

 でも、少しゆっくりね。貴女が巣立った時、寂しくなるのは貴女だけじゃないから……。」


 八雲は珠の手を引く。

 「じゃあ、戻ろうか。父さんの所へ。」

 戯れに珠を背中に背負って、走って跳ぶ。

 「あもう、ちょっと、危ないって!こ〜ら!」

 2人は家の方へ向かった。




 乙女の時期とは雷の閃光のように、一瞬の出来事だ。その一瞬が、心奪われるほど美しい。

 大江の酒呑童女は、出会う者にどれだけの閃光を見せつけ、青春を駆け、大人になるのかーー。

 叔母離れしそうでしない辺り、巣立ちはまだまだ先のようだ。




 (酒呑童女・閃光の夜鬼姫 完)

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