8話/父さんの涙・其の九
戦いが終わり、射貫達は喜びの歓声をあげる。
「凄え……!ちゃんと生きたまま奴を倒しやがった!!」
珠は金斬の家臣に解放された。人間の姿に戻る。
「行って下さい。奥方、いや、珠姫様……。
でも、これだけはどうか忘れないでいただきたい。金斬様は本当は心から貴女を愛してーー……。」
「……知っている。でも……だからこそ、黙ってないでちゃんと私と向き合って話して欲しかった。……卑怯よ。」
珠は八雲の元に駆け寄る。
彼女は人間の姿に戻っていた。勝ったというのに浮かない顔だった。血塗れで、傷だらけだ。
珠は八雲を前から抱き寄せた。
「生きてて……無事で良かった……!」
「姉ちゃん……。」
心の奥底の緊張や不安、張り詰めていたものが解れる。感極まり、叔母を強く抱き締め返す。
「姉ちゃん、手伝える?」
八雲は金斬に目を向けた。
2人は一個ずつ丁寧に岩をどける。いろは達も、金斬の家臣も手伝う。
彼の姿が見えると、手を取り、割れた地面から引っ張り出そうとする。
だが、彼は自分から起き上がった。
「よい……。自分で出来る。」
金斬は穏やかな表情をしていた。
「珠……。この無様な姿を見て気が晴れたか?足蹴したければすると良い。」
「八雲が私の分の倍をやってくれた。もう十分よ。」
珠は彼の傍に正座した。
八雲は彼に向かって跪く。
「あたしと戦っていただき、ありがとうございました……。」
「止めろ……。もう俺はそんな態度を取られるような男では無い……。
それより、何故俺を生かした。」
「あたしの目的は、勝ったら姉ちゃんを返して貰う。それだけでしたから……。」
「ならば、今からでも良い……とどめを刺してくれ。
俺は自分の欲や執着によって島を危険に晒した。復讐よりも、この島を守る事が亡き父の最後の願いだったはずなのに……。」
それでも、八雲は何もしない。
「気が楽になるか分からないけど……爺ちゃんとあたしの父さんについて話すよ。
……貴方が思う通り、緋寒・爺ちゃんは悪い鬼だった。
人間を沢山殺したから、人間にとっては勿論悪い奴だ。でも、鬼にも好かれていなかった。
鬼にとって強さは正しさだけど、爺ちゃんは純粋に戦いが大好きで、あまりにも強かったから同じ鬼や家族にも怖がられていた。
悲しいけど、生きてちゃいけない鬼だったんだ。
だから、最後には息子である、あたしの父さんに倒された。
でも父さんは……、爺ちゃんを殺した事に罪の意識を感じていた。
仮にも、父親だったから……ーー。」
八雲は心の中である事を思い出していた。
***
ーーあたしが小さかった頃。
ある晩、あたしは父さんと母さんがこっそり話をしているのを聞いた。
『八重、最近八雲に殺される夢を見るんだ……。大人になった八雲に……。』
父さんは悲しいような、満たされたような言い方をした。
『え?八雲に?』
『でもその時、俺は……嬉しく思った……。
俺に殺された父さんが最後どういう気持ちだったのかを理解してあげられた気がして……。』
『夜光!もう止めて!
確かに貴方は親殺しをしたけど、貴方が気を揉む必要なんてないの……!』
母さんが悲しそうに怒ったけど、父さんは続けた。
『あの子、八雲は父さんに本当によく似ているんだ……。戦いが好きな所や、笑い方が……。だから……俺はあの子に戦いを教える事が出来ない。最後の戦いで、満足そうに倒された父さんを思い出してしまうから……。』
『夜光……。どうしようもなかったのよ。彼は殺されなければいけなかったの。貴方のお父さんは既に鬼として、あまりにも沢山の命を奪ってしまっていたから。
貴方だって、彼を親に持つ事で沢山苦しめられたはず……。』
『確かに、そうだ……。俺も最初は父さんが心から憎かったよ。
でも、今思えば……父さんは俺を一番愛してくれていた。考え方がどうしようもなく鬼で、人間のように子供の気持ちを考えながら愛する事を知らなくて、「自分の子供に全力で殺して貰いたい」という歪んだ愛情表現しか出来なかったけど……。
そんな父さんも死ぬ前に、消えかけの命で俺を救ってくれた。初めて子供の為に何かしてくれた。鬼のあの人がだ。
だから余計に、何処かであの人を変える事が出来たんじゃないかって思うんだ。八雲を育てる時のように愛情を持って接すれば、父さんは罪を重ねずに済んだかもしれない……。戦って殺してやる事以外で、父さんを救えたかもしれない。』
母さんは優しく諭した。
『それは……、思い上がりよ。全部どうにもならなかった……。
貴方がそんな風に思い続けたら、それこそお父さんが悲しがるわ。』
***
父の姿を思い浮かべ、八雲は語り出す。
「それで、父さんはあたしによくこう言ってました。
『これからを生きる八雲には、多くの命を奪ってきてしまった父さんや、お爺ちゃんの分まで誰かを救って欲しい。悲しいだけの戦いじゃない、誰かを救う戦いを。
死でしかその人を救えないなんて、やっぱり悲しいからね。』と。
父さんはあたしを爺ちゃんと同じ、悲しい鬼にならないようにて育ててくれました……。
あたしも、ずっとその意志を守り続けるつもりです。」
そう言って、会釈した。
金斬は溜息を吐く。少し安心したような表情。
「『償い』とは、半鬼らしい……。だが実力のある者がそう言うならそれは正しいのだろう。
黒の酒呑童子とは、父親の緋寒とは違う信念を持った男だったか……。
その娘のお前に、俺が勝てぬ訳だ……。」
銀雅が金斬の傍で跪く。
「兄上、ここからです。生きて、今以上により良い未来を築くんです。島の民が貴方を待っています。」
金斬は目を閉じる。
「己を顧みた今、自分を長と呼んで良いのか分からぬ。
だが、今はどうしても頼まなければならぬ。
八雲よ、やってくれるか?俺が吸い取った地の力を島に返して来てくれ。」
「お受けします。」
八雲はもう一度黒鬼に変化し、角の根を差し出した。
金斬は根に触れた。
砂金のような黄金のキラキラとしたものが、根に流れる。
根は水を吸って潤ったように光り輝く。
刀の柄頭の辺りから、白い植物の芽が出て育ち、生い茂る。
刀身である根は栄養にされて無くなり、柄頭の生い茂った植物は白い翼のようになった。
八雲は曙光と銀雅に、空へ投げ飛ばして貰った。
2本の片翼を持って両手を広げ、島の上空を漂う。
八雲が羽ばたき通った場所からは雲が生まれた。
雲からは金色の雨が島中に降り注ぐ。
雨は大地の萎れた植物達や生き物に生気を与えた。
島は再び、美しい緑に包まれる。
先程いた洞窟も緑で満たされる。
あの大きな根っこは更に伸びて大きくなり、決して崩れる事がないように地面にしっかりと根を張った。
瞬く間に成長して大木となり、洞窟の外へと枝葉を伸ばす。
銀雅が呟く。
「あの子は、私達に春を呼んでくれたんだ……。」
八雲は上空から島を見下ろす。
「綺麗だ……。この綺麗な場所がずっと残りますように……。」
その時、声が聞こえた。
「大丈夫だよ。きっと。」
そう微笑むのは珠だった。淡い朱色の鬼に変化している。
八雲と同じ翼を持っていた。
「ね、姉ちゃん?!どうやって飛んでいるの?!」
「八雲の技を見て真似したの。少しの時間しか使えないけどね。」
2人の隣を朱鷺達が飛ぶ。
「あ、八雲!朱鷺だよ!」
「姉ちゃんの髪の色が朱鷺に似てるから仲間だと思っているのかも!」
2人は顔を合わせて笑った。
「お帰り、姉ちゃん!」
「ただいま。八雲。」
日が雲間から差し込み、空に虹がかかる。
島は今、空も大地も黄金の輝きに包まれていた。
(8話・完)




