8話/父さんの涙・其の七
いろは達や珠は喜びの表情を浮かべる。
珠が「八雲生きて……ーー!」と言いかけた瞬間、彼女の顔が血で真っ赤に汚れた。
血は金斬の首の横、頸動脈の辺りから噴き出していた。
八雲はいつの間にか金斬の首に腕を回し、もう片方の角の刀を突き立てていた。
(奴め、珠が俺の腕に乗って死角になっている間に残りの角で……!)
金斬が噛む力を緩めた瞬間、八雲は金斬の口に手を突っ込んだ。
角の刀を銃に変え、素早く発砲した。
金斬の口の中から眩い閃光。雷鳴が轟く。
程なくして、金斬は目を上にぐるりと回転させ、て白目になった。口から黒い煙と、おびただしい血が流れている。
彼はフラフラした後、仰向けに倒れてしまった。体内に直接雷を流されたので流石に麻痺したのか、痙攣したまま動けない。
八雲は彼の呼吸を邪魔するように、彼の喉仏にどっかりと尻を落として座った。
引き笑いをしながら興奮したように語り出す。
「イヒッ!教えてやんよぉ〜。あれだけ腹刺されたあたしが何故無事かを。
それはその角があたしの体の一部だからだ!
あたしが角の刀を抜く時ってのは、完全にくっついている刀の柄と額の肉が組織がキレ〜に離れるだなこれが。痛み一つ無く、あたしが意識しなくても。
それと似た感じで、金斬が刀をあたしの腹に刺した瞬間、角はあたしを傷付けないよう、肉に馴染むように柔らかくなったんだ。
だ・か・ら、肉は多少抉れたけど、内臓まで刺さらなかったって訳。でもって、まだ生きてルゥっ!!!!」
彼女は目を満月のように大きく見開き、口角を目の近くまで上げて、にぃっと笑っていた。
珠やいろは達は八雲の無事に安堵したもの、変わり果てた彼女を見て別の意味で青ざめる。
呟く珠。
「あの子、痛みと恐怖で我を忘れてる!極度の恐怖が喜び以外の感情を生存の為に消しちゃったんだ……!」
八雲は金斬の口が閉じないように、角の刀でつっかえ棒をした。
「アハハハ!!ヒャッ〜!!
さ〜て、お前はどうかな?自分が出した酸で、口の中は溶けるのかどうか試してやるよ!!」
八雲は彼の口に手を突っ込んで、黒焦げの喉の上部にあるピンクの膨らみを掴む。
遠目からよく見えなくても、銀雅には兄が何をされるのかよく分かった。震えて青ざめる程に。
「まさか……!八雲は王の腐食が出てくる腺を搾る気か?!
多少は自分の唾液で酸を中和できるが、大量に流されたら……!!」
八雲は膨らみにポツンとある穴を金斬の喉の奥に向けながら、握り潰すようにして腺を搾った。
酸が水鉄砲のように溢れ出す。溢れたそれは喉の奥に流れる。
金斬は痛みで悶え、暴れ出した。
「ぁおっ!!あふあああっっっ!!」
八雲の手を噛んでやろうとするが、つっかえ棒の刀が邪魔をする。
八雲はゲラゲラ笑って喜ぶ。
「お〜っと!痛がってるって事は、口の奥は自分の酸で溶けるのを防げないようだな!」
「ッオッァオオオオッッーー!!!」
金斬は堪らず、無理矢理口を閉じた。刀が上顎と下顎の肉に貫通するのも厭わず。
八雲は噛み千切られる前に手を引っ込めた。
「おっとあびゅな〜ぃ!」
金斬から一旦跳んで離れる。
金斬は口に刺さった刀を抜いて投げた。
四つん這いになり、飲み込んだ酸と一緒に血を大量に吐き出す。
「ゲボッゴボッ!!」
胃や食道からの出血である。
八雲は金斬の血が付いた刀拾うと、端から端まで舐めた。楽しげに彼が苦しむ様を眺めている。
金斬は残虐な八雲の姿から緋寒の姿を垣間見た。
(緋寒……緋寒めぇっっっ!!!
この俺までも殺しに来たか!!父上を殺した時のように!!)
父の最後を思い浮かべる。
***
夜の波打ち際。
巨大鬼の黄金の体と瞳が闇夜を照らす。
壮年らしい髭は皮膚と同じく硬化して刺々しい。
彼は金斬の父、王鬼の前長だ。
変化したその姿は黄金の巨城のようであり、その存在感で足元の鬼を潰すが如く迫力がある。
それを見上げるは朱色に輝く妖美で立派な鬼。
体は熊より大きく、幹の様な硬い皮膚に覆われた筋肉は人間の武芸者よりも力強く、銅より鮮やかで、そして強い光沢がある。
炉のような輝きを放つ髪は獅子の鬣のように猛々しく、瞳は虎目石のような幻想的な輝きを放ち、二本の立派な角は太刀のように長く、太さがあった。
彼は先代酒呑童子・緋寒。
2人は日が高かった頃から組み合い、鬼術を撃ち合った後だった。
長い戦いの末、金斬の父が体に纏っていた『腐食の風』で緋寒を弱らせ、地面に叩き付ける。
長が足で何度も踏み付け、更に拳を叩き付けたので、緋寒は地面に埋まっていた。血を流し、その体を更に真っ赤にし、頭も骨も割れる寸前だった。
だが、緋寒は血を吐き出しながら笑っていた。潰されかけて飛び出しかけている目を見開きながら、長の攻撃に恍惚の表情。
彼は叫ぶ。
『いいぞっ!!!もっと痛みを寄越せっ!!
こんなに死が見えたのは久しぶりだ!!』
それから緋寒は数時間も粘り続けた。
何度潰されても立ち上がり、驚くべき速度で骨や傷を回復させ、果敢に攻撃を仕掛ける。
反対に長は妖力を使い果たしてしまう。
緋寒の得意とする肉弾戦に持ち込まれ、緋寒の角で腹を突き刺れた。
***
(最後、緋寒は父上の喉から王の腐食が出る腺を引っ張り出し、それを父上の腹の傷口に流して傷を再生不可にして苦しめるという、惨たらしい方法で止めを刺した。
あの時の父上の断末魔……。強かった父上が泣くように悲鳴を上げていた……。
一方で奴は最後まで笑い続け……最後に恍惚の表情で父上を食った……。硬い皮膚を砕いてひっぺがし、血まで残さず……。
正々堂々挑まれた決闘だと分かっていても、俺は奴がした事を認めないっっっ!!)
金斬は震える片目に、恐ろしい黒鬼を映す。
「その目、その顔だ!追い込まれる程強くなる……!緋寒と同じ!!
消さねばなるまい……お前の存在を!!」




