8話/父さんの涙・其の六
遠距離攻撃中心だった金斬。
今度は自分から駆けて八雲を追う。その巨体と重さ故に、洞窟中が揺れ、天井の一部が崩れて石や土が落ちる。
土は竜巻のせいで砂嵐のようになり、そのモヤの中で黄金の輝きが乱反射する。
八雲は後ろを振り返った。
(重さの割に何て速さだ!)
金斬はあっと言う間に距離を詰めて、彼女の首に手を伸ばした。
2人は数秒の間に跳びと緊急停止と方向変換を繰り返す。
そして、金斬は遂に八雲を捕らえる。
彼女の後ろ首を掴んで引き寄せ、膝蹴り。
八雲は咄嗟に鬼術で雷を落とす。
閃光。彼女の腹に膝が深く入る。
前のめりで痙攣しながら血を吐く八雲。
「カッッッッ……!!!」
(……雷で体を痺れさせ、多少の威力は落としたけど……!
それでもこの威力!)
金斬は崩れた彼女に馬乗りになった。彼女の両腕を押さえるように膝を乗せ、動けなくする。その巨体に乗られては、技を返して抜け出すどころでは無い。
金斬は非情の眼差しのまま、彼女の額を何発も殴る。
八雲は頭蓋骨がひび割れていく音を聞きながら、頭を揺らされ目眩を起こしていた。それでも彼に雷を落とし続ける。
絶え間ない閃光の中、頭が血まみれになる八雲。
腕を痺れさせながらも、吠えながら腕を振り下ろす金斬。
いろは達が不安に騒ぎ出す。
「八雲、しっかりしろ!!
……くそ、雷が効いていないのか?!」
いろはに答える曙光。
「いや、効いてるはず!それ以上に、感覚が麻痺していながら金斬が無理矢理にでも動くのだ!」
八重と射貫も叫ぶ。
「八雲、何があっても雷を撃ち続けなさいっ!!!」
「止めたら最後、仕留められるぞ!!」
いろは達の隣で銀雅は奥歯を噛み締めてた。八雲の方へ駆け寄りたいのを堪える。
(分かり切ってはいたが、やはり相手が悪すぎる!
兄上はずっと佐渡の島を狙う外敵と戦ってきたんだ……!
見知らぬ海の向こうから来る海賊の鬼達。奴らがどんな技を持っているのか情報は0。それでも相手を初戦で確実に殺さなければならない。
そんな状況下で兄上は島を守ってきた!それも無敗のまま!)
銀雅は兄が海賊と戦う姿を思い出す。
***
夜の日本海。吹雪の僅かな明かりが、荒れ狂う波を照らす。
暗闇の海を泳ぎ、肉食獣のように黄金の目の光を光らせながら続々と島に集まる異形の鬼達。
岩場からそれらを見下ろす金斬。
金塊の鬼に変化し、王の腐食で鬼達を次々と切り裂き溶かしていく。
一方、同行していた銀雅も変化して一緒に戦うが、1匹の若い鬼に泣いて懇願された。
思わず手を止めてしまう銀雅。
だが、演技だったらしく、若い鬼は銀雅を殴り飛ばして馬乗りになる。
その時、金斬が鬼を殴り飛ばした。
頭を両手で掴んで膝蹴りすると、鬼の頭は血や脳の破片を四散させながら砕けた。
金斬は銀雅から背を向け、移動を始める。手を貸さないのは弟に強くなって欲しいからだ。
『銀雅、絶対に躊躇うな。言葉も通じず、先に仕掛けてくるような相手だ。
確実に手早くやらねば、こちらがやられるぞ。』
『すみません、兄上……。』
『ここは鬼には小さな島だ。1匹でも侵入者を入れれば被害は直ぐに広がる。特に島の人間達は戦う術を持ぬ故、一晩で食い滅ぼされる。』
その後、彼は夜が明けるまで戦い続けた。
浜辺は臓物や血の溜まり場になっていた。それを片付ける家臣の王鬼達。
金斬は血塗れのまま、何も知らぬ島の漁師達が起きて漁に出るのを笑顔で見送った。
***
銀雅は後悔の念を抱いて項垂れる。
(兄上に勝とうというのはこういう事だ、八雲……!)
一方、金斬は雷の痺れで手の感覚がなくなりながらも、八雲を殴るのを止めなかった。
八雲の髪や黒い肌が血で赤く染まっていく。視界は定まらず、呻くのもままならない息。
珠は堪らず祭壇から下りた。
「金斬、もう……止めて!!殺さないで!!」
駆け寄ろうとするが、八雲が怒鳴り付ける。
「来るな!!勝負は終わってないっっ!」
そういうが、身じろぎすら出来なくなる八雲。
金斬は彼女の首を絞めた。飛び出そうな程見開いた目を近付ける。
「お前の祖父、先代の酒呑童子・『緋寒』は危険な存在だった!奴と同族の赤鬼さえ怯える程!
奴は一族の名誉などどうでもよく、強い鬼と出会って勝つ事しか頭に無かった!
そんな奴の戯れの為に、我が父も死んだ!」
「やっぱり……アンタが恨んでいる赤鬼って、あたしの爺ちゃんだったのか……!」
「貴様は珠と違って顔立ちが緋寒によく似ている!!その怠そうな目付きと笑い方!
緋寒の危険な血は後世に残してはならない!俺がここで絶つ!!」
「あたしを殺して復讐したいのか……!でも、あたしは、あたしだ!!爺ちゃんと同じ過ちはしない!!
アンタだって、殺さずに倒して見せる……!!」
それを聞き、金斬は腹を抱えて笑った。目が据わったまま。
「殺さずにだと?!弱者のクセに慈悲のつもりか?
余計に腹立たしいっっっ!!!!」
金斬は八雲の片方の角を無理矢理抜いた。
彼女を地面に組み伏せると、角の刀を逆手持ちの滅多刺しにする。
「どうだ!?これでもまだ殺さずにとぬかすか?!本性を現せ!!」
腹にザクザクと何度も刀が刺さる。飛び散る鮮血。
「あっ!ぐぁぁああっっっ!!」
顔を青くする、いろはや八重達。
(いくら自己再生が利く鬼でも、重要な臓器を損傷すれば死に至る!!)
金斬は刀を捨て、今度は彼女の腹の傷に歯を立てた。
膝立ちになって横抱きにして持ち上げ、横腹から齧り付く。
体の痺れがあるので、一思いにはいかず、ジワジワと顎を閉じていく。
「ぐっ……!!!ォォオオオオっっっーー……!!!!」
八雲は断末魔のような声を上げ、動かなくなった。
手足がだらんとなる。
いろは達の顔が凍り付く。
母の八重は口を押さえて固まり、まるぽなどは「逝かないで!」と、泣いて取り乱している
誰より先に、珠が駆け寄る。
「八雲ーーっっっ!!!!!」
審判である天陽も八雲の死が頭を過って冷静さを失い、「勝負の最中だ」と珠を止める事が出来なかった。
珠は涙を溜め、金斬の肩に跳び乗る。
「八雲を下ろして!!もう十分でしょ?!気は晴れたでしょ?!」
彼の腕に乗って、「八雲を離せ!」と彼の牙の一本を掴んで口を開けさせようとするが、びくともしない。
「この子を殺すなら、私も一緒に殺してっっっ!!」
珠の白無垢は八雲の血で真っ赤になった。
耐えかねた金斬が珠を退けようとしたその時ーー。
笑い声が聞こえた。”八雲”のだ。
「アハッ……!アハハハ……。」
八雲の目に、再び光が灯る。




