8話/父さんの涙・其の五
先に動いたのは八雲。
「よろしくお願い……しまっすっっっ!!!!」
お辞儀した後に、疾風を起こしながら全速力ダッシュ。
金斬と一定の距離を保ちながらぐるぐると外周を駆け回る。
(俺の『王の腐食』と体に纏うこの『腐食の風』を警戒して動き回る作戦か……。
だが、何秒持つかな?)
金斬は腕を振り上げ、鎌鼬を起こす。
腕の筋に沿って点々とある腺から金の液体が噴射。それが風に乗って鎌の形になり、八雲を狙う。
側転で避ける八雲。
だが、王の腐食は何発も撃たれる。
複数の曲刀が刃を光らせ舞うような鋭い煌めき。
砂や石に含まれる金属が溶け、辺りはその化学反応による煙が充満していた。
八雲は走ることで風を起こし、それらの煙にさえ捕まらない。
その風が腐食の風からも彼女を守る。
遠くで八重達と見守るいろは。
(いいぞ……!予定通りだ。
あの根っから生気を吸い取る黄金の風も、奴の吐いた息さえも吹き飛ばせ!)
八雲が起こす風は、やがて大きな竜巻になる。
それだけでは無い。暴風の中で青白い光がジグザグに走り、火花をあちこちから放っていた。
金斬は王の腐食を撃ちながら観察する。
(あれは……雷か?竜巻内部のあちこちに雷が走っている。
俺を痺れさせて、隙が出来た所を叩くつもりか?)
暴風のせいで王の腐食の狙いが定まらなくなる。
飛び散った酸が少量金斬にも当たるが、その皮膚が溶ける事はない。
八雲が地面を踏む度、足の裏からバリバリと雷が恐ろしい音をあげる。
彼女も彼を観察している。
(流石にあの金ピカの皮膚は自分の酸じゃ溶けないか。
だったらやっぱり、物理的に体に衝撃を与えるか、外傷を作るしかない!)
八雲は額の角の刀を2本抜く。
高く跳躍。空中で素早く刀を踵に当てる。
するとどうした事か、刀は切先を天に向けた状態で踵にくっついた。周りの皮膚が刀と癒着したのだ。
その瞬間、雷は風だけではなく、彼女の体にも走った。
今の彼女は雷の弾丸そのものなのだ。
嵐の中、金斬は体が雷で痺れるのも構わず、膝蹴りの構えをした。
「どんな芸をしようが、俺という城は崩せん!!
来い!」
夥しい数の雷がせめぎ合う。その音と光で気が狂いそうだ。
八雲は金斬の傍を抜けた。
金斬の膝蹴り。金塊の大砲だ。
八雲はその横へするりと身をかわした。
姿が消え、青い光の帯が見える。
そう思った瞬間、彼女は金斬の肩を飛び越え、更に跳躍していた。
「!!」
上を向く金斬。
彼女は大弓の如く踵を高く振り上げていた。
「春風嵐!そして、これが『落雷牙』だぁあっ!!!!」
踵落としの瞬間、踵に付いていた刀がばね仕掛けのように開いた。
切先が金斬に向けられる。
金斬はそれを咄嗟に片腕で受ける。
刹那、青白い閃光。轟く雷鳴と金属の高音。
金斬の腕の皮膚がガラスのように砕ける。
金斬は黒焦げの腕を抑えながら、口から王の腐食を発射し、八雲に距離をとらせた。
八雲は不敵に笑う。
「どんなに硬い皮膚でも、その酸が出る穴までは頑丈じゃない。
そこに衝撃を与え、雷まで流せばどうだ?これで片腕から腺は出せないはずだ!」
いろは達から声が上がる。
「良し!まずは片腕を潰した!もう片方もいくぞ。」
隣の射貫は顎を撫でてしたり顔。
「よおし、読み通り『風』と『雷』が効いたか。」
***
金斬と戦う前、まだ岳鬼の駕籠の中で療養していた頃。
八雲は寝床で傷を回復させながら、いろは達と作戦会議をしていた。
その中で射貫が手を挙げる。
『金斬の攻略で、おりゃずっと考えていたんだけどよお……。』
と、甕から酒を盃にひと掬いする。
『まず、金斬の属性だ。
八雲、陰陽五行説の「木・火・土・金・水」で言うとどれだと思う?』
『えっと、金ピカだから金?』
『惜しいな。
王鬼ってのが元々、土と縁のある「土鬼」の亜種だから土だ。それに金色や黄色は土の五行の色でもある。
五行説で言うと「土は金を生む」とあるから、土の力が備わっているから金を制御できるっていう事だな。
更に、この土の属性を細分化するとこうだ。
五行と同じ東の大陸の学問、九星術で現すと恐らく「五黄土星」だろう。』
『ごおう……ドセイ?何それ?』
『自然の万物に宿ると考えられている9つの気のうちの一つだ。
土の中でも腐敗した土を表し、他にも「帝王」や「腐敗からの再生」などを意味する。
金斬のあの偉そうな性格と、鬼の硬い皮膚を溶かして腐らせる攻撃が五黄に当てはまるだろ?(※酸による金属の腐食と有機物の腐敗は別物だが、ここでは両方を合わせたような技という事にしている)
あと、黄金の風の方は風にも見えるが、新鮮な空気ではなく腐敗の気で足元から腐らせる感じだな。』
射貫の話に、八雲達は黙り込む。
八重が恐る恐る声を掛ける。
『失礼ですが、射貫様……。頭でも打ったんですか?』
『射貫殿、休まれた方が……?』
と、いろはまで心配する。
盃を持った手を震わせてコケる射貫。
『お・前・ら!
俺はこう見えて元はそれなりの武家の生まれだし、ちいとばかしの学はある!
それに、角狩なら陰陽道や九星術は誰でも履修すんだろが!?』
一方、八雲だけは真剣だった。
『それでおじさん、金斬が五黄土星っていう属性なのは分かったけど、それは何か戦いの役に立つの?』
『おう!その通り!
まず、五行でいやあ土の相剋、つまり弱点に当たるのは『木』だ。
九星術だと「三碧木星」「四緑木星」。
これらの属性に関係する技が有効なんじゃねえかって思うんだ。』
『うーーん、木は言われれば分かるけど「三碧木星」「四緑木星」は例えば何なのさ?』
『そうだな。
簡単に一部を挙げれば三碧木星は「雷」、四緑木星は「風」かな。』
『雷と風……!
雷はあたしが母さんの方のお爺ちゃんから受け継いでる!そして、風は天陽との戦いの時、珠姉ちゃんが冠羽さんに化けてその雰囲気を教えてくれた!
あたしは既に弱点になる武器を持っているのか!』
そこへいろはが「待て」と割り込む。
『金斬の弱点になる技があっても結果はそう甘くなかった。
奴の体は角の刀が通らない程頑丈だったろ?他にも身体能力の差で、素早さや腕力の差でねじ伏せられる事も考えられる。』
『確かにそうだ。
あたしは弟の銀雅にすら腕力は敵わなかった……!
せめて得意な素早さで勝てれば!
天陽の時のように攻撃を避けながら、上手く雷の鬼術を当てて……!』
そこへ八重が入る。
『ねえ、いっそ雷と風を両方出すのはどう?嵐みたいに。同じ風で黄金の風を吹き飛ばして守りながら、雷を放つの。』
『いい案だけど母さん、雷は出せるけど風はどうすんのさ?』
『青鬼は天候を操る鬼術を使えるし、そして八雲はその血を少し継いでいるから出来るはず。ちょっと練習してみましょ。』
***
そして八重の名案通り、リハビリついでに風を出す練習をし、今に至る。
そうこうしているうちに、もう片方の腕の穴も破壊し終える。
嵐を隠れ蓑に、奇襲する作戦。八雲の鍛え上げた素早さがなければ叶わなかっただろう。
いろはが吠える。
「よおし!酸の鎌鼬は潰した!
あとは黄金の風に警戒しながら、頭部急所へ『落雷牙』、踵落としだ!」
八雲は先程と同じく竜巻の外側と内側を出入りして翻弄する。
金斬の背後から近寄り、跳躍。
金斬は振り向くと、口を開けた。
「ヒシャァアアアッッッーー!!!」
液体の水鉄砲。口からの王の腐食だ。
「!!」
八雲は咄嗟に雷を落としてそれを防いだ。
だが、一瞬の細い光では液体を全て防ぎきれず、細かい飛沫が体にかかってしまう。
腿や腕に、弾丸で蜂の巣にされたかのような傷ができた。
彼女は空中で後転跳びして竜巻の外に逃れる。
痛みで汗をかきながらも、次の攻撃に向けて走り続ける。
「……そう上手くはいかねえか!」
溶けた皮膚が黒い雫となって地面に落ち、点々と続く。
「王の腐食を潰せば後はどうにかなると思ったのだろうな……。」




